こしあんルーレット
「少年、少年。饅頭は好きですか」
突然、シルクハットのオジサンに話しかけられた。新手の誘拐か何かかと思ったが、今どき饅頭でほいほいと付いていくような無垢な少年はいないし、第一俺は少年という年でもない。友達が待合わせ時間になっても来ないので暇をもて余していた俺は、面白そうなので答えてみることにした。
「好きですよ。つぶあんが特に」
一瞬オジサンの表情がパッと明るくなったかと思えば、直ぐに豹変し、怒気に満ちた顔になる。
「何を言っているのですか。つぶあんなど汚らわしい。最後まで潰さずにあんな中途半端なところで止めてしまうなど、製作者の怠惰な心が透けてみえるものです。少年よ、こしあんを食べなさい」
「そんなこと言って。つぶあん食べたことないだけじゃないですか? 食わず嫌いはダメですよ」
冷やかすように返すと、オジサンはハットの鍔に手をかけて少し考える素振りを見せ、ポケットから何かを取り出した。
「ここに、つぶあんが一つ、あとは私の愛するこしあんの饅頭があります。順番に引いていって、つぶあんを引いてしまったら己の好みを変えることとしましょう」
「いいですよ」
「では、まず私から」
オジサンは一つを選び、小分け袋から取り出して、優雅な手つきで口へと運ぶ。
「ぶりりあんと。やはりこしあんは素晴らしい」
「じゃあ俺ですね」
俺は少し迷ってから、選んだ饅頭を食べた。噛んだ瞬間にこしあんではないと分かる。あれ、なんだこのつぶつぶ……
―――「すまん遅れた!お詫びにそこでこれ買ってきたんだ。つぶあんとこしあんどっちがいい?」
息を切らしながら友人が走ってきた。右手にはビニール袋をぶら下げている。俺は何も言わず中身を取り出すと、こしあんの饅頭を掻き込むように頬ばった。
「あれ? お前つぶあん派じゃなかったか?まあ……いいけどよ」
友人は少しひきつった笑いを浮かべながら突っ立っている。
「食べないのか?」
「ああ、ちょっとね……」
つぶあん好きの彼の手に握られた饅頭は最後まで食べられることがなかった。
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