えぴそ~ど60 「~With you Forever~」


「うわっ、何これ、ひっどーいっ!」


 私はその惨状を見て、思わず口を覆った。

 

 二十畳ほどの広い居間。

 そこには横長の大きなテーブルがあるのだけど、その上と下に私が作った料理が散乱していたのだ。

 まともな形で残っているのものが見当たらない。

 私は悲しさのあまり、再び泣き崩れそうになった。


 その横で胡桃子くるみこさんが言う。


「本当にひどいわよねぇ。あの大きな豚さん。あたしの作ったサプライズ料理も全部おいしそうに食べちゃったのよぉ」


 グッジョブよっ!

 豚の魔将軍、そこはグッジョブよっ!!


「ううう、アラモの送別会が台無しなのです。別にロゼリアさんの“年増の味”はどうでもいいのですけど、これでは気持ちよく天界に帰れないのです」


 そしてアラモードは、いちいち余計なことを口にする。


「せいぜいお袋の味にしてくれるっ!? いや誰のお袋でもないけどもっ! ……はあ、本当にどうしようかしら。っていうか、まずはここを片付けなきゃだね」


 そして始まる、悲しき自作ご飯の廃棄作業。

 でもアラモードが悲しそうな表情を浮かべて、「でも、なんかとってももったいないのです」と言ってくれたことに、(なんだ、年増の味とか馬鹿にしたくせにそう思ってくれてるんだ)と、ちょっぴり救われた気が――


 「こんなに回収袋を三枚も使ったらもったいないのです」


 しねええええええええっ!

 削ったろかっ! そのペチャパイ、絶壁になるまでっ!!


「おい、終わったのか」


 そこで凡介が現れた。

 そう、突といなくなっていた凡介が現れたのだ。


「ちょっと凡介、あなたどこに行ってたのよ? こっちは自分の料理を廃棄処分するっていう悲しさに打ちひしがれながら、掃除しているっていうのに……」


「ちょっと部屋に忘れ物をな」


「忘れ物?」


「ああ、これなんだが――アラモード」


 凡介がアラモードを呼ぶ。

「はい? なのです」とアラモードがやってくると、凡介はポケットから取り出した小さな紙袋を渡した。


「なんなのですか、これは?」


「送別祝いのプレゼントだ。開けてみろ」


 ソウベツイワイ ノ プレゼント?

 え? 送別祝いのプレゼントォっ!?

 ちょっと気使いすぎじゃない、凡介……。

 で、何を買ってあげたのよ、何を――。


「あ、開けるのですっ、凡介様からの送別祝いのプレゼント……わくわく」


 嬉々とした表情で小さな袋を開けるアラモード。

 すると紙袋の開いた口から、プレゼントとやらをてのひらの上にポトリと落とす。

 それは、リボンの形をしたペンダントだった。


「それで合っているか? 間違っていたら悪い」


 凡介のそれに無言のアラモード。

 驚き、そして魅入られるようにペンダントを見つめていたアラモードはゆっくりと顔を上げると、ようやく言葉を発した。


「なんで知っているのですか? アラモがこれを欲しがっていたことを」


「良かった、合っていたか。いや何、大通りにある雑貨屋『は~とふる』のショーウインドゥで、アラモードがそれを眺めているのを何度か見かけてな。欲しいのだろうと思って買ってみた。喜んでくれるといいのだが」


「すごい、すごい嬉しいのです。欲しいけど高くて買えなくて、だから眺めてばかりで……だから本当に嬉しいのですっ」


「そうか。それなら良かった」


「そ、それと――」アラモードが頬を上気させて両目を潤ませる。「アラモのことをも、とっても嬉しいのです」


「……」


「アラモは凡介様のことが大好きです。だからこそ凡介様の気持ちがアラモに向いていないことが悲しくて切なくて、辛かったのです。アラモは多分、凡介様の視界には入っていても、道端に落ちている石ころくらいにしか思われていないのだろうなって」


「……」


「でも、凡介様はちゃんと見てくれていた。その凛々しい瞳でアラモのことを、じっと、じいいっと、じいいいいいっとっ。……ああ、そんな凡介様を想像したら下腹部が熱くなってきたのです。もっと上から下まで丹念に舐め回すように見てほしいのです。だから――だからアラモは


 ……ん?

 んんっ!?

 ぬわぁんですとおおおおおおおっ!!?


「ち、ちょっと黙って聞いていれば何を言っているのよ、あんたっ! 送別するからって凡介があげたのに、それじゃ送別詐欺みたいなものじゃないっ。それと高いって言ってたけど、そのペンダント値段いくらするのよ?」


「一万五千円なのです」


「一万五――はあああああああああっ!? なんでよっ、おかしいじゃないっ! 私の誕生日は百均のキッチンスポンジだったのに、おかしいじゃないっ! ちょっと凡介、これ一体どういうことよっ!?」


「どうもこうもない。アラモードが欲しがっていたものを買っただけだ。それとお前に買ったキッチンスポンジは百二十円だ」


 いや、どっちでもいいわっ!!


 腹の虫の収まらない私は、ずいっとアラモードに迫る。

 そしてその手に持っていたペンダントをひったくった。


「あっ、何をするのですっ、ロゼリアさん――ッ!?」


「地球に残るなら凡介に返すのが道理でしょ。ペンダントを返して欲しかったら、さっさと天界に帰りなさ――はがっ!?」


 頭を万力で挟まれたような痛みが走る。

 凡介に頭をつかまれたようだった。


「その後の決断がどうであれ、俺はアラモードにペンダントをあげたのだ。お前の一存が介入する余地などない。今すぐアラモードに返してやれ。そうすればモンゴリアンチョップは勘弁してやる」


 モンゴリアンチョップ。

 四魔将軍の長であるゲキシードをたった二行でほふった、凡介最強の技。

 食らったら確実に――


 どす黒い恐怖の色が全身に塗りたくられる。

 アラモードへの憤りはきれいさっぱり消えていた。


「わわ、分かったわよっ。返すから一旦下ろしてーっ」


 そして地面に下ろされた私は胸に抱いていたペンダントをアラモードに――。


 あれ? 体が動かないんだけどっ!?


「おい、何をしている? ペンダントを返すんじゃなかったのか?」


「かっ、返したいけど動かないのよっ! 体が本当に――ッ!!」


「ふん、この後に及んで見え透いた嘘を。あと十秒のうちに返せ。でなければモンゴリアンチョップが貴様の両肩を粉々に粉砕するだろう」


「いや、嘘じゃなくってマジで動かないのよッ!! でもなんで――はっ!」


 私はアラモードにキッと視線を打ち込む。

 そのしたり顔を見る限り、腹黒い意図を胸に抱いているは明らかだった。


「何を見ているのですか? 早く大事なペンダントを返すのです。ププ」


「笑ってんじゃないわよっ! あんたが『カナシバリー』の魔法を掛けたんでしょッ!? 早く魔法を解けーっ、こんのクソガキいいいいいッ!!」



 

 ――同棲を始めたそのときに恋は始まっていたのかもしれない。

 

 ――なんでなのだろうと思う。本当になんでなのだろうと。


 ――それは今も分からない。だけどそれが本物の恋の条件なのだとは思ってる。




「魔法? ナニソレ? 魔法なんて架空のゲーム的小道具にすぎないのです。存在するわけないのです。ねー、凡介様」


「その通りだ。――あと五秒」


「でろーっでろーっ、今度こそ女神のクソぢからああああああッ!!」



 

 ――恋は理屈じゃない。そんなもので説明できる恋は恋じゃない。


 ――とにかく好きで、大好きで、死ぬほど好きで、ずっと一緒にいたい。


 ――そんな最高に素敵な恋をしている私は世界一の幸せ者だ。


 


「一秒…………〇。よし時間だ。そのペンダントはくれてやる。あの世で後生大事にするがいい」


「ま、待ってっ! もう少しでクソぢからが出るから待ってーッ!!」


くそなら、あの世ですればいい」


「いや、“力”が抜けてるからっ!」


 

 

 ――だからいつか、凡介も私のことを大好きになってくれるって信じてる。


 ――なってくれるよね? 凡介。


 ――……もしもなってくれたら……そしたらそのときは――



「モンゴリアン……」


「まっ――」




 ね? お願いだから――……。












くぱおわり?」

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