第6章 真・神様のテスト

第91話 メフィストフェレスの館にて その1

 悪魔メフィストフェレスは館で机に向かっていた。机の上にはさまざまな書類や手紙やらが所狭しと散乱している。窓の外では夜の闇の中に雷鳴が響き渡る。

 そのわずかに残されたスペースで、彼はなにやら手紙を書いていた。スラスラとペンは進み、最後に自身の署名がしたためられた。


「ふう。ようやくひと息つけるわ」


 メフィストフェレスはゆっくりとペンを置いた。そして両の腕をググッと上へと伸ばした。どうやら手紙をすべて書き終えたらしい。彼は右手で額の汗をぬぐいながらほおっと息を吐いた。ろうそくの炎がゆらっと揺れた。


「やはり魔界の意見交換会の幹事など引き受けるのではなかったわ。手間ばかり取らせおるくせに、こちらのメリットたるや微々たるもの」


 小声でブツブツ言いながら今書いたばかりの手紙を三つ折りにし、魔界専用の封筒へと差し入れる。そして机の上にあるほかの何通かの封筒といっしょにすると、その全ての宛先をもう一度確認した。

 確認が終わると彼は右手を伸ばしそばにある紐を引いた。なんともいえぬ不協和音が館に響く。


「ご用でございましょうか、メフィストフェレス様」


 ひとりの女悪魔が扉を開けて入ってきた。全身が灰色。メイド服のようなものを着ている。


「うむ、ゾルゲよ。これらの手紙を明日の朝一番に出しておくように。それからドラキュラ邸への訪問の用意はできておるかの」

「はい。そのことでしたら万事とどこおりなく」


 ゾルゲと呼ばれた灰色の女悪魔がひとつ礼をして封筒を受け取る。


「今日はもう遅い。下がって休むがよい。あとの細々こまごましたことはわしがやっておくゆえのう」


 メフィストフェレスはそう言うと再び机に向かい直った。読まなくてはならない書類がまだ2、30枚ほど残っている。

 しかし彼は気づいた。下がって休むようにと言いつけたはずのゾルゲが、まだこの部屋から下がろうとしないことを。


「どうした。用はもう全部伝えた。早く休め。……それともまだなにかあるのか?」


 メフィストフェレスは不審そうな声を発した。そして椅子をゾルゲのほうへと回して向けた。彼女のなにやら態度を決めかねているようなようすが目に入った。嫌な予感がする。


「はい、実はついさっきこれが届けられましたので……」


 ゾルゲがおずおずと一通の封筒を差し出した。先ほど渡したのとは明らかに違う封筒だ。

 メフィストフェレスは不審そうな面持ちでそれを受け取り一瞥いちべつする。


「うぬ? なんじゃこれは。魔界の封筒ではないな。かといって人間界のものでもない。こんなものをいったい誰が……」

 そう言いながらメフィストフェレスは封筒を裏返した。


 しかしその裏側に書かれた名前を見た瞬間、彼の顔色がさっと変わった。そして大慌おおあわてで封を切ると、ろうそくの明かりを手元に引き寄せて中の手紙を読み始めた。

 と言っても手紙は署名も含めてたったの3行しかなかったのだが。


“親愛なる悪魔メフィストフェレスよ


 明日の朝10時に我が寝所に来られたし。面白いものをみせてやろう。


 神”

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