勅使河原くんと村長さん Ⅳ
「こんなに優しい人が魔王な訳が無いじゃないですかっ!」
マリアは烈火の如く怒っていた。
今までに聞いた事もない様な憤りを彼女の大きな声から感じる。
そして彼女は興奮したのか……ムフーッ!……と鼻息を荒くしながら両手を腰に当ててドヤ顔をしていた。
僕は何故かホブゴブリン達を追い払った時に……お許しください、大魔王様!……と土下座をしていた彼女の事を想い出していた。
「監視を付けていたなら御存知の筈ですっ! マサタカさんは生け贄にされそうだった私をホブゴブリンから助けてくれたんですよっ?!」
ホボス司教がデモス司祭に小さな声で尋ねる。
(おまえ、そんな前から監視を付けていたのか?)
(……いや、存在すら知らないのに付ける訳ねーだろ? 村長から、あらましは聞いてはいるが……。)
デモス司祭は首を横に振った。
「上手に精霊魔法が使えないレアちゃんの悩みだって、真摯に相談に乗ってあげて解決してくれたんです!」
(……知っていたか?)
(いいや……。悩んでいたという話を聞いた憶えはあるが、小僧が解決したってのは初耳だ。以降の報告で思い当たる節が無い事もないが…。)
「毒矢に倒れたテミスちゃんの命だって助けたんですっ! デモス司祭! あなたが
「おい、投げてねーよ! 解毒が間に合わなかったんだよ! 人聞きの悪い言い方をするなよ!」
マリアの発言にデモス司祭が突っ込んだ。
「あ、あのマリア? あれは……ホボス司教が回復魔法を唱えてくれていた、おかげもあるから……?」
「マサタカさんは黙っていて下さいっ!」
「あ、はい……。」
僕は彼女の剣幕に押されてしまった。
「闘技大会に出たかったイアちゃんのゴーレムを大きくする……その為の、お手伝いだって徹夜でしてくれたんですっ!」
(そうらしいな……。)
(ああ、確認済みだ。まさかドワーフの皇女様が、第三の
「イアちゃんは魔姫なんかじゃありませんっ! こそこそと失礼な事を話し合わないで下さいっ!」
「あー、はいはい。」
デモス司祭は面倒臭そうな顔をして返事をした。
「悪い人に虐められていたドラゴンだって助けた上に、暴れているドラゴンから街を救ったんですよ? 竜神様にだって感謝されたんですっ!」
(竜神か……厄介だな。)
(ああ……そこだけが、どうにも解せないな。竜神は一体なにを考えているのやら……。)
……竜神様が、どうしたんだろう?
僕は質問しようとしたが、マリアの演説の続きに遮られた。
「そんな優しい人を神様が死んでいいだなんて見捨てる筈がありませんっ! そんな簡単で基本的な事も分からないから、貴方達は神様を信じられなくなってしまうんですっ!」
ビシイィッ! と、マリアはホボス司教達に向かって指を差した。
……あれ?
……人に向かって指を差すなって、親から言われてるんじゃ?
「……だが大司教様の号令によって神罰は発動される。貴様らも、エンダの村も、エルフの森も、ドワーフの国も、何れ滅ぼされる事が決められるだろう。魔王に関わったという罪でだ。」
「……なんじゃと?!」
ホボス司教の告げた、とんでもない事態に流石に村長さんも気色ばんで大声をあげた。
「おいっ、ホボス! それはまだ……!」
「そうだ、まだ決まってはいない。だが遅かれ早かれ伝えられる事だ。今か後かの違いだけだ。」
僕は言葉が出なかった。
まるで自分は強力な伝染病か何かのような扱いじゃないか……。
「あ、貴方がたは! その指示に何の疑問も感じないのですかっ?!」
マリアの怒りが、また一段と激しくなった。
詰問されたホボス司教の表情が歪む。
彼も苦悩している様子だ。
「人として最も神に近い大司教様の
「神様が、その様な指示を出す筈がありませんっ! ホボス司教! あなたが信じているのは大司教様なのですかっ?! 神様の筈でしょう?!」
息を切らせて叫んでいたマリアだったが、胸に手を置いて呼吸を整えると一転して静かに語り始める。
「神様は私達よりも遥か高みに居られる御方です。無限の高みにいらっしゃる神様から見て、恐れながら大司教様と私達平民との間に
……そうだ。
aとbの値の間に、どれだけの差があろうとも……。
xの値が無限の場合には、a-bをxで割るとゼロになる。
……神様から見れば僕達は、みんな平等なんだ……。
「ホボス司教……貴方の耳は大司教の権威を恐れる余りに塞がれてしまっています。真実の神の声が聞こえなくなっています。」
胸に手を置いたままマリアは、瞼を閉じた。
「私は神様を信じます……マサタカさんを信じます……二つの優しさを信じます……。彼の、これまでの行為を見てきた私の記憶が、この世に災厄をもたらす魔王と魔姫でない事への
僕の頬に
……ああ、本当に……。
……僕は
心の底から、そう思った。
「貴様……教会を愚弄するのか?」
ホボス司教の顔に怒りが露わとなった。
彼は拳を強く握り震えている。
しかし……。
「はっはっはっはっはっ! これは……こんな嬢ちゃんに一本とられたなっ?!」
反対に楽しそうにデモス司祭は笑った。
そしてまた、ゆっくりと階段を降り始める。
「神罰は、そう簡単に発動しないと言ったからって言い逃れをする訳じゃないが……まだ全てが発動するには至っていない。」
僕達と同じ高さの地面まで降りると、そこで止まった。
「だが、そういう動きがあったのは事実さ。それだけ今回の出来事と教典の予言……そして、お前達の存在が俺たち教会には恐ろしかったのさ。」
デモス司祭が微笑む。
「実際、大司教様はエンダの村とエルフの森に関しては神罰を発動済みだ。俺達は軍隊をもって、これを滅ぼさねばならない……。」
「デモス司祭っ!」
マリアはデモス司祭を睨むが、彼は涼しい顔だ。
「まあ、聞け。……だがな、そこまで話し合っていた所に何処から聞きつけたのか思わぬ邪魔が入った。」
僕は心当たりをデモス司祭に問う。
「竜神様ですね?」
「……当たりだ、流石だな。その通りだ、竜神様が大司教様に待ったを掛けた。……マサタカは、この世を滅ぼす様な事をするつもりは無い……とね?」
……竜神様……。
……ありがとうございます……。
「人外を含めれば大司教様よりも神様に近い竜神様の御言葉だ。俺達は従わなければならない。そこで大司教様は……マサタカは魔王では無いのですか? ……と竜神様に尋ねた。ところが竜神様は……今は分からない……と、答えやがったんだ。だから結論は宙ぶらりんのままさ。」
……ちょっと?
……竜神様?
「さらにシュリテ国王からの……本物の本人からの書簡まで、竜神様は持ってきやがった。そして、そこには……その様な理不尽には正規軍を持って、これにあたる……とまで書かれていやがった。」
……シュリテ国王まで?
僕は胸が熱くなった。
「だが、それが逆に不味かった。あの
……そんな?!
「それが今や竜神様と大司教様の話し合いの結果次第では、ユピテル国正規軍と教会軍全ての戦争に成り掛けているんだよ? まあ、そうはならないとは思うがね?」
「デモスっ!」
ホボス司教がデモス司祭に向かって怒鳴った。
どうやらデモス司祭は、わざとかも知れないけど口を滑らせたらしい。
「だが、より確実に大きな戦争を回避したいホボスは、ある考えを実行する事にした。なんの話だか分かるか、小僧?」
デモス司祭の呼び方が小僧に戻ってしまった。
僕はデモス司祭に顔を向けて答える。
「神罰が先に発動されてしまったエンダの村、エルフの森、そして僕と四人の
「……その通りだ。残念だが一度でも神罰が出てしまった以上は、その対象は全て滅ぼすか封印するしかない。」
デモス司祭は頷いた。
そして僕らに伝える。
「悪いが死んでくれ。」
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