勅使河原くんと二人目の魔姫 Ⅹ
テミスの心臓が止まった。
彼女は死んでしまった。
そう聞いた時に、僕は瞬時に叫んでいた。
「ホボス司教!彼女に蘇生魔法を!」
生き返りの呪文。
ファンタジー世界なら、当然あると思っていた。
「何を言っているんだ小僧?一度死んだ者を生き返らせる魔法なぞ有りはしない!」
デモス司祭が無慈悲に僕に告げる。
…なんで、そういう所だけリアル寄りなの?!
「気持ちは分かるがな少年…デモス司祭の言った通りだ。
…生き返り無いのにアンデッドは、いるの?!
…どんだけ?
魔法で生き返らせる手段が無いと知らされた僕は、一つだけ人を生き返らせる方法を思い出した。
いや正確には、それでも死者は生き返らない。
でも…。
僕は診察台のベッドの上にいるテミスに急いで近付くと、彼女の胸に両手を重ねて置いた。
そして、急いでいる僕の今の脈拍よりも少し速い感じで、彼女の胸を押し続ける。
「何をしている?!やめろ!」
ヨアヒムさんが僕の手首を掴んで引き上げた。
「気でも狂ったのかっ?!」
デモス司祭も怒鳴りながら、僕を抑えつける。
「違う!心臓マッサージです!まだ心臓が止まってから、そんなに時間が経っていない!今、彼女の心臓が動かせれば助かる可能性があるんです!」
驚いたヨアヒムさんの力が緩む。
でも、デモス司祭が振り
「馬鹿を言うな!魂は心臓と共にある!たった一度でも心臓から離れた魂が戻るわけが無いだろうがっ!」
…そんな世界設定なんですか?!
「そんなのは迷信だ!十分!いや五分でいい!僕に!僕に時間を下さい!」
「貴様!言うに事欠いて神の教えを迷信だと?!」
デモス司祭の掴む力が増してくる。
物凄く痛い。
でも諦めるわけには、いかなかった。
「お願いします!ミランダさん!」
僕は
ミランダさんは僕を冷ややかに見つめる。
そんな表情をしたミランダさんを見るのは、初めてだった。
「テッシーくん…今なら冗談だったで済ませてあげる…。でも、もし君の言う通りにして娘が
ミランダさんは僕を睨んで言った。
「…あなたを殺すわ。それでも良いと言うなら続けなさい。」
「構いません…。」
僕は不思議と即答できた。
デモス司祭とヨアヒムさんが離れるとマリアが駆け寄ってくる。
「マサタカさんっ!私にも何か手伝える事は、ないですか?!」
…一人でも出来るけれど彼女にして貰った方が良いかもしれない…。
僕は診察台のベッドの枕をテミスの首の下に入れて気道を確保するとマリアに言った。
「いい?一回しか見せないから良く見ててね?」
僕は大きく口を開けて息を吸い込むと、テミスの口に自分の口を重ねて息を吹き込んだ。
「やめて…。もう、やめて…。」
レアは呟いて泣き崩れる。
ミランダさんとヨアヒムさんは、顔を背けていた。
マリアは…彼女だけは僕の行為を真剣な眼差しで見ている。
「いいかい?僕が合図したら今みたいにテミスの口の中へ自分の息を送り込んで欲しいんだ。そして五つ数えたら、もう一度だけ吹き込んで次の合図を待って?」
「分かりました。」
僕は改めてテミスの胸に自分の両手を重ねて置いた。
そして早めのテンポで彼女の胸を垂直に肘を伸ばして押し続ける。
診察台の固いベッドと僕の両手に挟まれて、彼女の肋骨がバネの様に弾むのを感じた。
一、二、三…。
静かだった。
でも気持ちは焦っていた。
テミスが助からない。
自分が殺される。
今頃そんな考えが僕の心を縛ってきた。
…二十八、二十九、三十。
「今だ!」
マリアは思い切り息を吸い込んで、テミスの肺に吹き込む。
友人を助けようとする懸命な、その姿を見て、僕の心を縛る何かが解けていった。
僕は心臓マッサージを続ける。
昨日見たゴブリン達の火葬が、なぜか脳裏に浮かんだ。
まるでテミスは、その代償だとでもいうかの様に…。
「マリア!」
僕はマリアに二度目の合図を送った。
…代償?
…これが?
そうだとしたら、あんまりだ!
彼女は…テミスは、あのゴブリン達とは関係無い!
殺したのが彼女の婚約者だったからだとでも言うのかっ?!
それが神様の決めた運命だというなら僕はっ!
…僕は、どうすると言うのだろう?
僕は神様が憎い。
でも…それでも…彼女が助かるなら…。
どうか、どうか、お願いします。
テミスを助けてっ?!
神様っ?!
「もう一度!」
僕がマリアに三度目の合図を送った直後だった。
とくん…。
遠くて聞こえる筈の無い、鼓動の音が聞こえた。
僕は慌ててテミスの胸に耳を近づける。
今度は、はっきりと聞こえた。
テミスの心臓の音が…。
「んむー!?むむむむむ!」
頭の上から誰かの
顔を上げて見ると、テミスが起きた事にも気がつかないで、必死で彼女と人工呼吸という名の熱いベーゼを交わしているマリアが見えた。
テミスはマリアの頭を掴むと、自分から引き剥がして横に投げる。
「女同士で何してくれてんのよっ?!この変態っ!」
彼女は首だけを起こして、手の甲で唇を
そして、僕と目が合った。
次に彼女は、自分の胸の辺りを見る。
そこにはシャツ越しに彼女の胸に触れている僕の重ねた両手があった。
「いやああああああああああああっ!変態その
僕はテミスに殴られた。
殴られた頬を片手で押さえながら、僕は笑って考えた。
…今、僕は誰に、お願いしたっけ?
神様だった。
自分でも
あんなに嫌っていたのに結局、最後に頼るのは、そこなんだな。
そういえば美恵に告白する直前も、高校受験の合格発表の時も、結局は祈っていたような?
…いいさ。
テミスは助かった。
今なら本当に…心の底から神様を信じられそうだ。
ホボス司教やデモス司祭に、この世界の神様について詳しく教えて貰おう。
そんな気分で僕は、デモス司祭に笑いかけた。
きっと彼も笑ってくれている。
そう思っていた。
でも、デモス司祭は厳しい表情で僕を睨んでいる。
ホボス司教もだ。
何でだろう?
やがて、デモス司祭の口から出た言葉は、僕の想像を遥かに超えていた物だった。
「貴様…悪魔だったのか…?」
…えっ?
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