第2話「悲しみの中で」

 長い1日を終えてカーサスはヴィクトリア傷の手当てをしてもらい孤児院に戻った。そこでカーサスは再び悲しんだ。

 孤児院は荒らされ孤児たちは無惨にも殺され、エミーはレイプされて死んでいた。

「カーサス……」

 声を掛けようにも掛けられずそのまま時間が過ぎ、午後になって彼が墓を作りたいとヴィクトリアは穴を掘りカーサスは遺体を外に運んだ。そして彼は院長から教えてもらった弔いの言葉を思い出しながら小さく盛大な葬式をあげた。

「逝っちまった。みんな逝っちまった」

 カーサスは大木の下で嘆き悲しんだ。自分が無力だったから皆が死んでしまったと後悔し、崖から身を投げてしまおうとも思った。しかしヴィクトリアはそれすら止めず腕を組んで彼を見守っていた。

 暫く経つと馬に乗った男たちが大木の近くにやってきた。カーサスは身構えるがヴィクトリアがそれを制止させ白のマントを身に付けた男に近寄り何かを話している。

「あっ」

 カーサスは流石に気付いたようで彼らは連邦正規軍だった。話が終わった彼女がカーサスに彼らについて話した。

「到着が遅れて申し訳ない、だそうだ。政府軍と口論になったそうだって」

 連邦正規軍と政府軍は同じ軍隊だが政府軍は国土を守るための軍隊であり、政府軍とはアーク連邦の政府機関を守るための軍隊である。階級的には正規軍の方が政府軍より高い位置にいるが首都に近いところでは政府軍の方が強いこともあるそうだ。

 昨夜に打ち上げた信号弾は近くを歩いていた従軍記者に偶然発見され最寄りのヒースロー正規軍駐屯地に報告されるが、運悪く政府高官が視察に来ており中々救援に行くことが出来なかったという。高官らは正規軍が駐屯地からいなくなってしまうことで自らの危険が生まれると考えたのだろう。

「結局、この村はあってもなくても良いんだな」

「カーサス……」

 ヴィクトリアは彼の肩を叩いて村に行こうと誘う。今行けば軍が生存者を捜索している頃だろう。カーサスは頷いて山を下りるのだった。

 村では正規軍がキャンプを開いて食事を作る班と捜索する班とで役割を決めて各班動いていた。カーサスたちがやってくるとふたりにパンと温かいスープを差し出した。

「ありがとう」

 ふたりはお礼を言って畑の隅の方に座り食べ始めた。思えば1日ぶりの食事だ。カーサスはスープを一口啜ると涙がこぼれる。

「美味しい。こんな美味しいもの久々だ」

 ヴィクトリアは自分の分もわけ与えると彼は凄い勢いで食べた。そして食べ終わると後ろに倒れ眠ってしまった。

「無理もねぇな」

 彼の寝顔に安心するヴィクトリアに向かって男が言った。彼は彼女の隣に座ると挨拶がてら手を差し出し握手を求める。

「俺はこの部隊の隊長のゲンだ。デンの父親だ」

「すみません、守れませんでした」

 気が付くと彼の隣でヴィクトリアが深々と頭を下げている。ゲンはやめるように言ってデンの死に様を訊ねてきた。本当のこと言って欲しいと言われたが困惑した。言うべきか言わざるべきか。

「デンは……あなたの息子さんは――」

「ワインかぶって火炙りにされた」

 ふたり一斉にカーサスの方を向いた。彼は起きていた。事情を訊いたゲンは近くの木に頭を数回ぶつけて悔やんだ。もっと早く到着すれば救えたかもしれないと思ったのだ。しかしその後に信号弾を放ったため結果は変わらなかった。

「カーサスくん。デンの為に命を捨ててまで敵と立ち向かってくれて感謝する。ヴィクトリアくん、まだ聞きたいことがある。ここではなんだ、私のキャンプまでご足労して頂けないか」

 彼女は頷くとカーサスを近くのキャンプで休ませることにした。彼は医者の手当てを受け今度こそゆっくりと休んだ。

 一方でヴィクトリアはゲンから敵をどう撃退したのか聞かされていた。また彼女の素性知りたくて色々と質問されていたが旅人であることとカーサスの友達であること以外は教えることはなかった。取り調べではないため追及することは出来ないゲンは渋々諦める。

「惜しいな。君は強い。アーク連邦は生まれたばかりのまだまだ未熟な国だ。他の国に侵略されたらと思うと果たして太刀打ち出来るのだろうかと思う」

「ボクが加わっても変わるかどうかなんて分かりませんよ。それに争いごとは嫌いです。人の死ぬところは見たくはありませんから」

 最後にゲンはもう一度聞いた。軍に入る気はないかということを。だが答えは『いいえ』である。

「人間同士でどうぞ解決して下さい」

 そう言い残すと彼女はその場を去った。ゲンは一礼し見届けた。

 夕刻時、ヴィクトリアは軍からお礼に数十枚の金貨などを受け取ったが全てカーサスにあげることにした。元々所持していたお金で軍から布を購入すると彼の眠るテントへと足を運んだ。

「寝ているな」

 彼の隣で着ていた服を脱いで裸のまま、破れた箇所などを買った布で継ぎ接ぎしているとエミーや院長を呼ぶ声が聞こえる。うなされているようすではなかったので起こさないでいたが、自分から起きて裸になっていたヴィクトリアに驚きベッドから落ちた。

「な、なんで裸なんだよ」

「繕ってるからだよ」

 繕い途中の服を見せると彼は納得するが目のやり場に困った。ベッドのシーツを剥ぐと彼女に渡して代わりにするよういった。

「ありがとう」

 一応ヴィクトリアはシーツを身に纏いカーサスはやっと彼女に視線を向けることが出来る。彼は繕う姿を見て、よくエミーが拾ってきた布や院長が買ってきて布で服を作ってくれたりしたことを思い出した。

「なぁ、お前には家族はいないのかよ」

 彼女は手を止めて暫く考えて口を開いた。

「そうだねぇ、いるよ。だけどボクは異端児だからね」

「不老不死……」

「やっぱり化け物かな」

 その言葉に首を横に振るカーサスは食いかかる。

「化け物なんかじゃない。俺の命の恩人だ」

「そう思ってくれるの?」

 当たり前だとはっきり伝えると今までにない笑顔でお礼を言い、彼は胸がときめいてしまった。

「……っ」

「出来た」

 彼女は立ち上がるとシーツが床に落ちて肌が露出し再び裸の姿となった。カーサスはまたか、と思って視線を逸らそうとしたがヴィクトリアは自分を見るように言った。ドキドキしながら彼は彼女の裸体を見つめた。

 その体は人間と同じように出来ている。何処からどう見ても人間そのものだ。

「これでも私は化け物じゃないのね? 不老不死だと分かっていても」

「くどいな。お前は人間。少なくともひとりの女の子だ!」

 すると彼女は突然彼を抱き締めた。じたばたするカーサスだったがヴィクトリアの胸の中から聞こえる心臓の音で次第に落ち着いていった。

「不老不死……でも心臓はあって、血も流すんだな」

「そう。けど君は“私”を人間って言ってくれた。ひとりの女の子とも。ありがとう」

 次第に彼女の鼓動が早くなっている気がした。何も言わずに引き離すと深呼吸をして胸に残った布を晒し代わりに巻き、繕った服を着ると初めて赤面した顔で、

「ハグ苦手なんだ。でも君となら……いやなんでもない」

 そう言って結んでいた髪をおろすと少し横になると言ってベッドに入った。カーサスは今頃になって赤くなり床に落ちていたシーツを拾い上げるとベッドに敷き毛布に包まった。そうしてふたりは深い眠りにつく。

 長い長い1日が終わり、生存者は無い状態で捜索は打ち切られ、正規軍は村から引き揚げる日がきた。

 ヴィクトリアはゲンにお願いしてカーサスを引き取るように言った。しかし当の本人はそれを拒み彼女と一緒に旅をすると言っていた。それに孤児が一般人と一緒にいても迷惑が掛かるし逆に奴隷として扱われるのが嫌だという。

 しかしながらゲンの計らいによって彼を孤児から一般人へと昇格し、この村の村民権を与え、また英雄として讃えた。そしてカーサスを正規軍の少年兵によって構成される部隊の隊長に任命しようとしていた。

 軍に入隊すること以外は彼にとってこの上ない名誉なことであるがヴィクトリアと共に旅をすることがよほど良いらしい。そこで彼女は一つの提案をした。

「君が17になった時、ボクと一緒に旅をすることにしよう。それまでゲンさんの元で世界を知り、腕を磨いて修行するように」

 そう言って彼の頭を撫でた。カーサスは絶対に約束を守るよう何度も彼女に言うと、

「じゃあ17歳になったら、君の大事なところで待ってるよ」

 ゲンに別れの挨拶をして世話になった隊員たちにも会釈をすると最後にカーサスと握手をして村を去っていく。彼は大声で彼女の名を繰り返し叫ぶ。見えなくなるまでずっと叫んだ。

「ヴィクトリア、ヴィクトリア! 待ってるからね!」



 月日が流れ、6年もの間に3つの紛争が起きた。争いは絶えないがアーク連邦の勢力は日頃に増し、また情勢も変化していった。6年前に壊滅した村も今では駐屯地を構えるほどの街になり人々の活気が絶えない。その街の名は『カーサスタウン』である。

 この街の英雄にして駐屯地の副司令官だ。まだ16歳にも関わらずこの地位まで上り詰めたのは皆、彼が貴族か何かで足元がしっかりしていたからだと思っているが、孤児院育ちだと聞かされると口々に驚愕される。正に英雄なのだ。そして今日、彼は17歳になる。待ち望んでいた17歳になるのだ。

 カーサスは司令官であるゲンに辞職することをお願いした。彼はカーサスに辞めて欲しくは無かった。彼のおかげで昔のようにこの街も国も平和になったようなものだからだ。

「どうしても行くのか」

「はい。俺はあなたに感謝してもしきれません。ですが約束したのです」

「もしいなかったら」

「いえ、絶対にいます。そのために生きてきたのですから」

 ゲンは辞表を手に取り深呼吸をすると、

「そうか――」

 カーサスの背中を呼吸困難に陥るほど思い切り叩き、

「行ってこい、俺の“せがれ”よ。達者でな」

 彼を心の底から見送った。カーサスは別れ際に、

「あなたがピンチになった時、必ず助けに来ます。例え俺が死んでたとしても亡霊となって来ますから、お元気で」

 涙が頬を伝うのを感じた。ゲンは男が気安く泣いていけないと言うが自分も泣いており説得力が全くなかった。

「それじゃ、行ってきます」

「あぁ、行ってらっしゃい」

 ふたりは別れ、カーサスは思い出の場所に向かった。

 思い出の場所は自分の中でも大事なところであった。そこは皆と遊び、将来を語り、別れ、旅立つ場所、そうあの大木のある崖の上だ。今でもあの大木は身を構えて街の様子を見ている。

 カーサスは坂を登り草木を掻き分け、昔、孤児院のあった建物の前で立ち止まった。すると中から院長がやってきた。

「大きくなったのぅ」

「はい、今から行ってきます」

 院長の後ろから子供の頃のエミーが現れた。彼女の手には花がある。

「これ、受け取りなさい。旅の無事を祈ります」

 ありがとう、と言って彼はその場を去った。彼の後ろにはただただ一本の桜の木が植えてあるだけだった。

 森林を抜け、遠くに大木の頂上が見える。引き返すなら今である。そう言う気持ちもあったカーサスだが、一歩また一歩と近付いていく。そして大木の根本まで見えるとひとりの青年が立っているのに気が付いた。

 ワインレッドのポニーテールに継ぎ接ぎだらけのコート、腰には刀を差し、男の姿のようにも見える。彼は気付けば駆け出していた。そうして青年の前に立つと、

「約束通り来ましたよ、ヴィクトリア。着いていっても良いですよね」

 そう訊ねると彼女は小さく頷いた。そして、

「ボクの名前はヴィクトリア・ギャラクシー。一応17歳だよ。不老不死だけどね」

「俺はバーン・カーサス。今日17歳になったばかりだ。この街の英雄らしいが、本当の英雄はお前だよ。ヴィクトリア」

 ふたりは互いに名乗り上げると街を去っていった。

 大木はいつまでも、いつまでも、この街を見守っている。

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