囚われし夜の還りみち

卯月 幾哉

本文

「私を、ここから連れ出してほしいの」

 監獄に囚われた少女は、会ったばかりの僕に懇願した。


 村外れの森の奥に佇む古城。大人たちの誰もが恐れて近づかない城だが、悪友たちとの遊びに負けた僕は、一人でその中に忍び込むことになった。「入れば、生きては出られない」そんな、いわく付きの城に。

 どこをどう歩いたのか。城の奥に迷い込んだ僕は、ある一角で鉄格子の向こう側にいる少女と対面した。

 金髪の美しい少女だった。齢は、見たところ僕とそう変わらない。さらさらと伸びるブロンドは腰まで伸びていた。服装は、まるでこの城のメイドのようだった。

 理由はわからないが、少女はずっとこの牢獄に捕えられているらしい。何ヶ月か、あるいは何年か……。

 牢獄を開く鍵は、庭の物置き小屋にあるはず。彼女はそう言った。

「伯爵様に見つからないように気をつけて」

 きっと鍵を持ち帰る、と僕は言った。


 庭に出て、その物置き小屋を見やると、〈伯爵〉らしき人物はいなかった。その代わりに、見るからに獰猛な黒狼が番犬さながらに立ち塞がっていた。

 しばらく思案した僕は、門の前で待っていた連中に頼みごとをした。塀の外側から、小屋の西の茂みの辺りにクキイチゴの実を投げ入れてほしい、と。

 作戦は上手く行った。黒狼がクキイチゴに気を取られている隙に、僕は小屋に入り込むことができた。

 しかし、鍵を手に入れた直後、黒狼が小屋の前に戻って来てしまい、出るに出られなくなった。僕は、しばらく小屋に閉じ込もる形になった。


 二刻ほど経ったかと思う。

 夜も更けた頃、僕は物置き小屋をそっと抜けだした。黒狼の姿は消えていた。

 一緒に来た悪友たちは、とっくに村に帰ってしまっただろう。

 この夜は満月だった。月明かりを頼りに、僕は監獄の少女の元に戻った。


「ありがとう」

 監獄を出た金髪の少女は、僕の肩に腕を回し、頬に口づけた。ふわりと花の香りがした。僕は胸が高鳴るのを感じていた。

 行きましょう。彼女は言った。



「こっちよ」

 少女が示した道は、僕の村へは続いていなかった。

 どうして、と問うと彼女はこう答えた。

「伯爵様と鉢合わせるかもしれないでしょう。大丈夫よ。森の先に、私の生まれ故郷の村があるわ」

 〈伯爵〉は満月の夜になると、僕の村の方面へ出かけるらしい。

 僕は彼女の言葉を信じた。


 それから、二人で森の中を歩き通した。

 歩き続けるにつれて、少女の足どりは重くなった。長く歩くことに慣れていないようだ。僕も相当に疲れていたが、彼女の手を引くことで気力を保った。彼女の手はひんやりと冷たかった。

 数刻は経っただろう。

 いよいよ森の縁に達しようとする頃、夜の闇はだいぶ薄らいでいた。夜明けが近かった。


 そして、遂に森を抜けた。

 だが、その先にはただの荒れ地が広がっていた。どこを見渡しても、人の住む家があるようには見えなかった。

 僕は、隣の少女に訊ねるべく、口を開いた。

 ――その村は、どこに?

 その時、東の山々の間から、燃えるような太陽がその姿を垣間見せた。わずかに残っていた夜の闇は、暁に灼かれて霧散した。

 今まで手をつないでいた少女は、ふわりと灰になって風にさらわれ、二度と姿を現すことはなかった。


(了)

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囚われし夜の還りみち 卯月 幾哉 @uduki-ikuya

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