カセノガレ

 私達は逃げている。何からかというと関所の兵からだ。

 この辺りの関所は通行料が高いことで有名だ。少し前に商人から聞いた裏道を通ったのだが、おそらくはそうやって稼いでいるペテン師だったのだろう。私達は上手く嵌められたというわけだ。


 とはいえ此方にはリィンもいればそれなりの麻法もあるわけで、息が上がりきる前には兵を振り切ることができた。おまけに私達を見た記憶は綺麗さっぱり消してある。


 上手いこと入り込んだこの街では長く秩序が維持し続けられているらしい。金砂の塗り壁が印象的なこの街はやたらと兵が警らとやらをしている。

 荷物の薬を怪しまれる前にこの街を抜けようと人目のない排水路のような路地裏を歩く。湿った足音が二人の他に後ろから付いていることに気づいてはいたのだが、振り返って確認するとまだ小さい娘が簡単な麻法を使っていた。


 ひとまず小橋の下に身を隠し話を聞く。

「ねえ、お姉ちゃんたちあの警備兵たちどうやって撒いたの」

「お嬢さんにはわかると思うけど麻法の類だよ」

「……よく分かんない」

「そっか、お嬢さんはどうしてその、人に気付かれない服を持ってるの?」

「変なおじさんに貰ったの。それよりその麻法っていうの教えてよ。牢屋にいるお母さん助けたいの」


 仕方がないのでお嬢さんの手伝いをすることにした。

 どうやって牢の母親を逃すか相談していたのだが驚いた。お嬢さんはこの歳にしてある程度の鍵開けができるらしい。自前の見つからない服、というより認識を薄める薬香のついた服がすでにあるため母親をうまく逃す手段さえあればいいようだ。私達はそこを手伝う形になる。


 より人を逃がしやすい日暮れを待って私は牢の見える高台に待機している。リィンは私より牢に近い家屋の屋根に、お嬢さんも時機を見計らって入る準備をしている。

 大まかに母親奪還の流れはこうだ。お嬢さんは例の服を着て物音を立てずに牢へ侵入。兵の目を掻い潜って母親を解放。それと同時にお嬢さんは窓から合図の爆竹を、リィンはそれに合わせて火炎壺を投げ込む。壷の爆発で寄ってきた兵達を惹きつけてリィンは私のいる高台まで誘導、無事たどり着けば私の焚いている煙で記憶は曖昧になるという運びだ。

 もし途中で見つかりそうになればリィンに持たせた眠り草の束に火をつけて牢へ投げ込み二人掛りで無理やり奪還することになる。まあリィンが真剣な目つきの時は何が起きても大丈夫だ。そんなリィンから目配せがきた。


 お嬢さんがすっと牢に入っていく。辺りの兵に動きはなく、見つからずに母の元へいっているだろう。それから間もなく入った位置の反対側から合図の爆竹が、リィンはそれにあわせて火炎壷を投げる。ばりんと音を立てて火のついた油が飛び散る。綺麗に兵を釘付けにしたリィンは囮となり牢から離れて行く。が、逃げる先はこちらではない。何か別の問題が起きたのだ。私は牢へ走る。


 兵の払われた牢はすんなりと入り込めた。いや、入り込んで分かったのだがここは牢ではない。金庫だ。やっと理解した。いやに爆竹が早かったのも納得がいく。

「お嬢さんにはその小切手束はまだ早いと思うな」

「お姉ちゃんは自分の心配しなよ。お母さんは外にいるの。どういうことかわかるでしょ」

「人と話すときはちゃんと目を見て話すんだよ」

 お嬢さんには酷だが幻覚を見せておいて背後から気絶させた。話に出た母親が虚勢だといいのだが、もし本当に伏せているならある種やり手だろう。リィンの合流を待つ余裕があるわけでもないし、最悪の場合を見据えてちょっと派手な演出をしてやることにする。


 建物を出て慣れない小さい歩幅で歩く。おそらく隠れるなら建物の裏手の方だろうとゆっくり歩いていく。腰の右に括ってある得物をすぐ抜けるよう神経はよく冴えていて、暗くよく見えない物陰のほうを見て目を慣らす。

 暗がりからこちらへ歩く音がする。大きな影からの視線は私を向いている。直感で分かる。母親だ。


「上出来ね」

「そう?」

「……っ!!」

 母親の表情が引き攣る前にはナイフの柄で顎を突いていた。軽い脳震盪の間に胸骨を力一杯打つ。呼吸を乱したら暴れる腕を締めつつ背後へ。素早く足の腱を刺し前に倒す。両手の小指側も同じように刃を入れ、左の腕足の関節を蹴り外す。

 ここまでやって一安心。認識を歪める煙を纏ってみたのだが上手くお嬢さんに成済ませたようだ。嘘を見抜けない嘘吐きは惨めなものだ。

 大柄なその母親の背荷物を漁ると小ぶりのエストックが仕込んであった。調理に使っているこれでは相手にならなかっただろう。新しい得物として頂いていくことにする。

 それから程なくしてリィンが駆けつけてくれた。うまくやったかと聞くと兵の地理感を狂わせて迷子にさせたらしい。多分朝まで迷子だろう。可哀想に。


 結局、騒動の悪役を全部あのペテン師親子に擦りつけて立ち去った。この街は秩序を維持するだけで、それを悪用する者を生かしている。それでこそ人なのかもしれない。ただ、嘘で生きる者は嘘で死ぬだけだ。


「リィンこれなんだと思う?」

「なにその紙ぺら」

「これ一枚で半年は食べていけるよ」




Auf:ligature | 2017.04.11 - 11.23

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Auf: 耳ふさぎ @mimi_husagi

★で称える ヘルプ

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ