ハナカグヤ

 何かを信仰したことはあるだろうか。

 豊穣に太陽を崇め、平穏を月に感謝し、平等を我ら分かち合う。彼らは自らの信念の元それらを信仰している。それに救われ、またそれに殺されていく。

 信仰の無い者も同じだ。信じないことを良しと信じているのだ。


 信仰というのはあるべきだと思うんだけど、今回のはちょっと困っている。

 歳が二十になるというのに振る舞いはまだ子供のままの者が居ると聞いてやってきた。それもたくさんいるらしい。

 他の国とも離れ特別何もないこの街には若い人が多い。というより年寄りを全く見ない。噂の通り子供のまま体が大きくなった人をたくさん見かけた。私らの腰より小さい子供の方がよっぽどしっかりしている。


 ふらふらと大きな通りで彷徨っていると子供が寄ってきた。

「おねえちゃんたち大人っぽいね」

「こんにちは。お世辞が言えるなんて僕はえらいね」

「ううん。大人になるの嫌じゃないの?」

「嫌じゃないけど、どうして?」

「だって今の僕は死んじゃうから」


 それから住民のほとんどが信仰する教本を一冊借りることができた。街の子は小さい頃から寝る前に読むよう教えられているらしく、借りた一冊も相当に使い古されていた。

 教えの内容はおおよそ子供の精神に神が宿るというもので、各々の中の子供が死なないよう大人から守るというものだ。大人になることを酷く嫌う者が出るような内容なのだが、問題はそこではない。

 使い古されたそれからは手垢ではなく微かに鼻を刺す薬香がしていた。リィンもツユクサっぽいと言うから間違いないだろう。そのページ一枚一枚に染み込んだツユクサの香りは、他の地域でも一部洗脳に使われているものだ。無理矢理に信じさせることは信仰とは呼べないはずだ。


 私達は教本の出元を辿り、それを使っての洗脳について問いただそうと扉を叩いた。部屋の中から返事はない。そもそも小さな製本工場だろうに何も音がしていない。

 鍵のかかった扉を蹴り開けると、死人の臭いで噎せ返った。玩具で散らかった部屋には中央に広い寝床と机があって、もちろん死臭の原因も横たわっている。これが主犯だろうか。


 机には書き置きがあった。

「教本の製造はもう止まっている。私達の非道を止めようと来たのなら悪かった。もうしない」

 おそらく主犯が自害したのだろう。無責任さも子供のままということだろうか。


 なす術もなく街を出た私達は後から知ったのだが、元々は他国から逃げ出した奴隷が集まって作った街らしい。

 支配から逃れたはいいものの資源が乏しく、過酷な労働をしなければ生きていけないような環境で自殺者が絶えなかったらしい。おそらくあの信仰は街全体の安楽死のような仕組みだったのだ。


彼らはきっと知っていたのだろう。

神はどこにもいないことを。




Auf:ligature | 2017.04.11 - 11.23

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