Auf:ligature | 4th works

ヒトヨノフデ

 リィンと二人、難儀な仕事をしている。冬を越すだけの金が足りないからと仕事を選ばなかったのもあるが、小間使いというのは相当に大変な部類だろう。唯一の救いは報酬が割高でリィンが張り切っていることぐらいだ。


 難儀というのは館の主人のことだ。父親を亡くし年若くして主人となったらしいが、ある時から毎日記憶を消すようになったという。不思議なことに自分が主人だということ、館のこと、生活に関することは忘れることなく覚えているようだ。


 リィンと私は別行動をとっている。リィンは館全般の掃除と洗濯の類をやらされていた。私はというと調理の手伝いと食器洗いが主な仕事だ。寝るときは用意された空き部屋に二人揃って寝ている。空き部屋でもいい値の宿ぐらいの部屋で、こういう暮らしを続けるのもいいかなと思ってしまう。


「今日ね、ご主人が言ってたんだけどコルのこと昔からいる小間使いだと思ってるらしいよ」

「それって手慣れてるってこと?」

「なんだか懐かしい感じがするんだって」

「褒められてるのかと思ったのに。それにしてもリィンは主人に気に入られてるよね」

「ご主人だいたい暇そうだから悪戯してるんだけどだからじゃない?」

「頼むから変なことしないでよ」

 生返事と一緒にもぞもぞと布団に入ってきた。

 リィンを嫌う人はそうそう居ないだろうな、と顔がにやけるのを誤魔化してため息をついた。


 それから何日か後になって館は大騒ぎになっている。小間使いの又聞きから察するに主人の記憶が戻ったらしい。みんなが混乱していて仕事をしているような場合ではないからと二人とも廊下でうろうろしていた。

 品のない足音と共に私達を呼ぶ声がしたと思えば、手首をむんずと掴まれて引きずられている。薬を扱えることを伝えていたこともあって大至急主人の元に駆り出されているらしい。


 主人の部屋に入るなり他の小間使いは追い出され三人になっている。おそらく聞き耳も立っていないのだろう。

「君たちは秋口から入った、薬を扱える子って聞いているんだ。相談に乗ってくれるかな」

「ええ、私達にできることであれば」

 そうか、と言って話し出したのは記憶を消し始めた経緯だった。

 元々この館には現主人の父と母、現主人とその妹の四人が小間使いと一緒に暮らしていたそうだ。

 兄妹は仲が良く裕福な環境でそれなりの普通を生きていた。ある時から父は古物商から怪しげな物を高額で買い集めるようになり、生計が立たなくなり始めた。母は狂った父との争いごとに精神を病んで早くに他界。父は現主人を跡取りに残して妹を奴隷商に売り払おうとした。そこで現主人は父を殺め、妹と館に残った怪しい骨董品を売って生活をしたらしい。

 その後は館に残った小間使いと協力しなんとか生計を立てられるまでになった。けれどそれも束の間、妹は不治の病に侵されてしまう。小麦のような金色だった髪は白く枯れて痩せ細ってしまった。遠方の名医にかかるだけの費用を作れず苦悩しているうちに妹は館のためにと遺言を残し自害してしまった。

 それから主人は毎日悪夢を見るようになり、記憶を消す習慣をつけたらしい。耳の裏から後頭部あたりまで電気で焼けた跡が点々と残っているのが長い時間を窺わせる。


「相談というのはその、君に妹になって欲しいんだ」

 私はぽかんと口を開け、咥えてもいない煙草を落としたかとあたふたしてしまった。

「君たちはけっこう危ない薬も持っているんだろう。皆から聞いたよ。だから僕の記憶を完全に消して妹として生きてくれないか。君は、コルネットは妹に似ているんだ」

「駄目だよ。コルは私と一緒に旅するんだから」

「リィン君も一緒に暮らせるようにしよう。そうすれば働く必要もないし、幸せなはずだ。不自由ない裕福な暮らしを約束しよう」

「……分かりました」

「えっ」


 それからかなり濃く調合した記憶を壊す薬を主人に飲ませ、主人に好意を寄せていた小間使いを一人妹に仕立てた。

 本当に妹になるのかと思ったよ、とリィン。

 お世話になった小間使いに事を説明すると、約束の報酬を貰って館を後にした。主人は生まれ変わり、また一からやり直せるだろう。


「ねえコルネット」

「ん、どした」

「もしコルが私を忘れてもずっと隣にいるからね」




Auf:ligature | 2017.04.11 - 11.23

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