マホウツカイ

 駆ける。幼い息は絶え絶えに。寂れた農村の石造を縫ってくぐって、丘まで。きっと丘の宿屋に居るから。魔法使いがきっと助けてくれるから。父さんを魔法で救ってくれるから。

 

 リィンが宿の外を気にするものだから、つい私も気になって埃まみれの窓をそろそろと覗き込んだ。

 窓枠に頬杖ついた肘が灰色の粉で滑らせて、がたんと音を鳴らした。外の子供に気づかれてしまった。あぁあと、そんな顔をしてきた。

「お姉さんたちが魔法使い?」

布切れを身に巻きつけた風な子供が、目をまんまるにして聞いてきた。

 どこか焦っている子供を落ち着かせながらに話を聞いていると、どうやら村に噂が立っているようだ。

 魔法使いが村に来た、と。

「先に言っておくけどね、私たちは僕の思ってるような魔法を使ったりできないよ」

「……じゃあ、村長さんの病気をなおしたのはどうやったの。絶対なおらないってみんないってたのに」

「それは私たちの持ってた薬が効いたからだよ」

 布袋から五角形が特徴的な薬の包みをつかんでぱらぱらと同じ袋に落としてみせた。甘いような薬の香りがどこか説得力をもったのか、その子の疑い深い眼差しは解けた。

 勿論それは嘘で、私たちは使っていたのだ。魔法とは言わない。私たちが麻法と呼んでいる、幻覚を使った術の類だ。

「それじゃあ、その薬ってなんでも治せる?」

「そう上手くはいかない。なんでも治せる薬があったら」

「あったら?」

「いや、そんなものは無いんだよ」

 夕暮れで薄布のカーテンが橙になっていた。火にかけていた飯盒を擦り、穀物蒸しを一口かじる。おいしい。その子が帰ろうとしないもので、夕食を一緒することになったのだ。

 私とリィン、それとあの子の三人でテーブルについた。椅子が一つ足りなかったからと割るまえの薪を置いてやったのだが、少しぐらぐらと揺すっている。

「僕は早く帰らなくていいの」

「ニールっていう」

「ニールね。帰らなくていいの」

「……うちに帰ってもだれもいないし。お姉さんたちは?」

「私はコルネット。それとこっちはリィン。旅をしてる。」

「ふぅん」

「さっき、魔法使いって言ってたよね。それとそのお父さんと何か関係ある?」


 ニールと名乗る六つか七つの子は黙りこくって、麦の蒸し物をちびっている。猫舌なのか、よく水を啜りながら黙々と食べ続けた。

 無理に話しかけることはしなかった。特に気遣いすることもない。

悪戯に、苦い木の実をリィンに一粒齧らせた。拗ねた頬を見せる。仕返しといわんばかりに私に残りを押し付けるものだから、私まで水をたくさん飲む始末になった。

 食事が済んでもニールは帰ろうとしなかった。私が水場で食器洗いをしているあいだ、あの小さい二人でなにやら話しこんでいた。

 木をくりぬいて作った器を置いて、部屋にもどった。

「この子のおとうさん、イゾンショウなんだって」


 洗物で湿った古布を折りたたみながらニールの方を見てみると、悲しそうではなかった。そう、と頷いて腰掛けた。

「おうちが薬屋さんで、おかあさんが死んでからおかしくなったんだって」

「……うん。もうどうにもならなくって困ってたんだ。どうにかできない?」

「できなくはないと思う。けどね、ニール。僕の言う魔法使いが、ただで解決してくれると思う?」

 もう遅いから、と子供を帰した。踵を潰した靴を引き摺って帰る音が、不思議としばらく聞こえた。


 寝る支度と、日記を付けて硬いベッドに横たわった。リィンも真っ黒のマフラーを引っ掛けて、私の横に入り込んできた。


「そういえば、さっき何話してたの」

「ああ、あの子。死んだおかあさんが好きだったんだって」

「それで?」

「そのおかあさんが薬屋とは思えないくらいの暢気らしくって、その真似をしてたんだ」

「あの子が?」

「わたしがだよ。少し見てきた」

「それでへとへとなわけだ」

 こくん、と既に寝息をかいていた。私には分からないけど時間を、空間を少し遡るのは大変だろうに。

 少し違うか。時間の矢が飛んでいないだけだったか。リィンに言わせると、一方向に進む時間に流されてるみんなの方が大変だって言われてしまいそうだ。どこか違うところで私が変なことをしてなければいいけど。

 その日の日記にはリィンの描いた桜の絵があった。根元には墓が二つ立っている。


 冷たい水を顔に浴びて目が覚めた。

「……」

「今日はランタンの油と食べものを買い出しに行くんでしょ。干し肉と煎った大麦はぜったい。干し葡萄と苺はちょっとだけほしい」

「……それと少しヨミサガシが切らしてる」

「じゃあはやく着替えないと」

 宿主に出ると伝えて鍵をかけた。あまりに錆びていてリィンには抜くのがやっとだった。

 綺麗な秋晴れの朝だ。空気もそこそこにおいしい。小高い丘をゆるりと下っていった先の村まで買い出しに行くのだ。麦の段々畑とぽつぽつと建っているコンクリートの打ちっぱなしが似合わなくって、妙に寂しげに見えた。あのコンクリートはきっと、旧文明のものだろう。

 しばらく後、村の入り口が見えてきた。村の方は見渡す限り赤土のレンガ造りと煙突屋根だった。よく見ると大きな獣が荷車を引いている。他の村との交易もしているのだろう。市場が楽しみだ。


「すみません、旅の者です。二人、入れますか」

どうぞ、と一礼をされて石造りの門から村へ入った。

「なにか気になるものがあったら覚えておいてな」

「すぐにいうからだいじょうぶ」


 肉屋がすぐ目に入って、とりあえず干し肉を求めた。そこでいきなりに魔法使いかと問われることになってしまった。

「あんたら魔法使いなんだろ?ちょっとばっか聞いてくれよ」

「干し肉をこの袋いっぱいに欲しいんですが」

「釣れねえなあ、いい肉は売るよ。負けてやるからさあ。ちょっとだけ聞きたいことがあるんだよなあ」

「まけてくれるって」

「……先にお代だけ払いますから、それからでいいですね」

 話し方の風からはあまり想像のつかない丁寧な封をして干し肉を渡してきた。いい匂い、とリィンが覗いた。

「でよ、魔法ってのを一目見たいんだよな。簡単なのでいいからさ、ぱぱっとやっちゃってくれよ」

「肉屋さん、私たちは魔法使いじゃないんで魔法を使ったりできないんですよ」

「もったいぶらなくていいんだって。あんたらだろ、村長の病気治したっていうの」

「そうですけど、それはこの薬を飲ませただけなんですよ」

「おっかしいなあ、確かに魔法を使ってたって聞いたんだよな」

「期待に答えられなくてすみません。こちらも一つ聞いてもいいですかね」

「ん、ああ」

「その噂、どなたから聞きました」

 買ってすぐに干し肉を齧りはじめたのがいる。袋につめてもらった時から欲しそうにするからと、渡してしまったのがまずかったのか、作物売りに話しかけるまでに二切れも平らげている。

「こらリィン。夕食へらすよ」

「……はーい」

「じゃあ次はリィンが買ってね」

 メモをリィンに渡した。特別にそういうものを渡さないと、とても通常の感覚では分からない会話になるのだ。有り体にいって、常識がないのだ。まあ私も無いほうだが。

「すみません。大麦と干しぶどうと干しいちごがほしいです。えと、いくらですか」

量り売りのおばあさんが私の方を見てふふっと笑いかけた。やさしい人で助かる。

「そうね、どれくらい欲しいのかしら」

「えと、大麦がこの袋三つ分です。あと干しぶどうと干しいちごはこの袋一個ぐらいずつほしいです」

「じゃあ全部で銅貨8枚ね」


 はい、とお代を支払う。ひどく曲がった腰を叩いて袋に詰めはじめた。

「そういえば、あなたたちよねえ」

「魔法使いっていうならちがうよ」

「あら、お見通しなのね」

 おかしいわねえ、とあえて深く考えなかったのか、それ以上聞いてくることはなかった。

「はい、おまちどうさま」

一つだけ、誰に噂を聞いたのか、聞いた。どうも、と一礼して去った。

 その後、ランタンの油とガラスの小瓶を買い漁った。どこへいっても魔法使いか、と問われた。


「あといるのは薬だけでしょ」

「でもなあ」

薬屋には昨日の子供がいるのだろう。多少会いたくない。

「ニール?」

「そう、できれば会わずに済ませたい」

「じゃあわたしがお使いいってくるよ」

 行かせるべきか悩んだが、結局メモを持たせてお使いを頼んだ。私はというと、先に宿へと歩いている。先に帰って、干しておいた洗濯やら、最近さぼっている刃物の手入れをするという建前で、逃げたのだ。

 かなりゆっくりと活動するものだから、買い物だけで既にお昼を過ぎてしまっている。寄り道を少しだけと思いつつ、行きに見たコンクリートのうちっぱなしを眺めて帰った。


 宿の前にリィンがいた。

「リィン遅くなったごめんよ」

「うん。そんなに待ってない」

 それから、普通に過ごした。夕食にはリィンの好きな肉切れを一つ多く盛り付けて、贖罪のつもりかといじられた。

 宿の浴場を借りて、二人ゆっくりと湯に浸かった。やや温い湯に浸かりながら、寄り道のことを一言リィンに謝ろうしていた。少し考え込んだところで言ってきた。

「あの子がこんどのオルタだよ」


「いらっしゃい……あ」

「こんにちは」

魔法使いの人がきた。話しやすいほうだけがきたみたいだ。

「昨日は迷惑かけてごめんなさい。ええっと、何がいりますか」

「新しめのヨミサガシってある?」

「えっ……えっとごめんなさい。ヨミサガシは切らしてて……」

「ふうん。薬好きがいるのかな」

 リィンって人はすぐに出て行った。どうしてヨミサガシなんて切れてるのか、と聞かれると思ったけど聞かれなかった。


 それよりあとには誰もこなかった。暗い薬屋の部屋にずっと一日座っていた。母が亡くなってからここに来た人なんて、両手の指で足りる。一日中暇で、やることといったら薬棚に貼ってある母が書いた品名とか注意書きを指でなぞって読むことくらいだ。


 夕も暮れて、店を閉めようとしたときに、父が帰ってきた。

 僕は怯えて固まっていた。

 父はしばらく前にここを出たときよりもずっと痩せ細っていた。それに、もう、常人には戻れないような顔つきになっていた。

「父さんもうやめて。売る薬もなくなっちゃうよ」

 僕がどれだけ声を絞り出しても、父は僕を睨みつけて幻覚薬を探した。もう、どこにもないのに。


 ヨミサガシ。一口噛むだけで普通の人はおかしくなってしまうものなのに、ここを出る前に父はもう四瓶も吸ってしまっていた。ここにあるヨミサガシを使い切って、気が狂って出て行ったと思ったのになんで帰ってきたんだ。僕はあんたみたいな父親なんて、いらないんだよ。

 ヨミサガシが見つからなかったからか、疲れきったのか、父は薬棚の足元に倒れこんだ。

「ニール。母さんが好きだった桜。覚えてるか」

「……」

「父さんなあ、見えるようになったんだ。母さんと毎年みてたあの桜が」

 僕は声を殺して泣いた。あのあと、父さんがどこかへ誘われるように出て行ってから。


 今日の日記当番は私なんだけど、リィンが先にメモ書きをしていた。そこにはニールの事情を覗いてきた旨が書いてあった。

 多分また時間を行き来したんだろう。リィンはもう寝ていた。


「すみません。魔法使いですが」

薬屋の戸を引き開ける。居た。冷えた床に伏して、死んでいるように見える。

「おい、ニール起きろ」

半ば強引に起こした。目尻は赤く、泣き明かしたみたいだ。

「おい起きろ。魔法使いがわざわざ出向いてやったんだ」

「……あ、コルネット……さんとリィンさん」」

「この前はごめんね。実はあの後になってニールの父さんのことで力になろうと思いなおしてさ」

「でも、魔法つかえないって」

「まあ、少し使えるんだよ」


 奥の部屋に入って、食事を用意した。ニールは着替え、顔を洗ってきた。

「ところで、魔法ってどんなものだと思ってる」

「えっと、火の玉を作って撃ち出したり、どんな傷でも治したり……」

「わかったありがとう。それは、実際に見たの?」

「……絵本だけど」

「そう。まぁ一回見せるから。それでニールの父さんが助かるかもしれない」

 ニールが期待しているような、疑っているような、中途半端な顔持ちで覗いてくる。ニールには解毒の煙草を咥えさせた。

 私はいつものように、部屋を閉めきる。薬瓶からヨミサガシを匙に取り、薬瓶の蓋にあける。ニールが厭な顔をするのを、厭わずに。


「リィン」

 手を、リィンの右手と繋ぐ。私が落ちないように、しっかりと。片目、左の目を閉じて、決して開かないように。

 匙に火を灯す。冷たい煙を肺に深く吸い込む。段々と恍惚してくる。繋いでいる手が、何と繋がっているか忘れそうになる。どちらの目で見ているのか、分からなくなる。その前に、見つけて帰らないといけない。

 暗い部屋を歩く。黒い影がたくさんみえる。きっとこれはニールと母の記憶。母と子、普通の暮らしをしていたのだ。食卓では決まって隣に座っている小さい影。店番をしているときも、小さい影は背高の影と一緒にあった。

 ふと、外から薄桃色が見えた。一昨日リィンが日記に描いていたのと似た桜だ。少し違うのは根元に墓がたっていないことか。

 二つの影も桜を見ていた。少しして、もう一人の大きな影が部屋に入ってきた。桜の枝を持っている。それを散らして、きれいだろうと、笑いかけているように。

 私は落ちた花弁を手にすくって、幻から覚めた。


 目覚めた私は窓をあけてニールに咥えさせた薬棒を受けとった。苦い顔をしている。

「桜、好きだったのか」

握った手をひらいて、花弁をふらせた。薄桃色のそれは床にたどり着く前にぼろぼろとくずれて光になった。ニールは花弁のあとを追って泣き崩れた。

「麻薬吸って、おかしくなっちゃうかと思った。よかった。それが魔法だっていうの?」

「そう」

「でも、それが何になるの」

「……お父さんが何か言ってたんじゃない?お母さんが好きだった桜のこと」

ああ、と震える口をあけて話してくれた。ヨミサガシを喰っておかしくなった父がその桜を見ていたこと。そして、昨日そこへ行ったのかもしれないこと。


 それから、桜の見えた方へ向かった。ニールに聞くと、その桜はずいぶん前に倒されているらしい。今では切り株も残っている程度だと、泣かないよう我慢して話している。

「お父さん、その桜に呪われてるかもしれない。それを止めれば解決するかも」

頷くニールについてしばらく歩いた。


  遠くに人影がみえたところでニールは走り出した。

「父さんなにをしてるの」


 桜の立っていたところに着いた。ニールの父はその桜の腐った切り株の根元を啜っていた。

「……なあニール。もうすぐ母さんに会えるんだ。お前も会いたいだろう……」

私の後ろにニールを抑える。できればニールの父を元に戻してやりたい。

「お父さん。気づいていますよね。夢をみていること」

「……ああ。わかってるさ」

「この子のお母さんが帰ってくることはないし、桜の花が見えることもない」

「ああ……」

「今、その桜に食われていることも」


「……わかってるよ……。だけどよ、気づいた時には遅かったんだ……。夢を見ているときがこんなに楽で、生きるのがこんなにも苦しいなんて、思ってもいなかったんだ」

「だから自ら夢をみていたと」

「ああ……夢の中だけでいい、そう思った。夢を見るだけで俺は満たされてたんだ……。だからもう俺の目を覚まさせないでくれ……」

「でも、あなたの子は独りになりますよ」

「ああ、ニール。こっちにおいで」

「……」

「ニール。お前もそのうち気付く。生きていた、なんて夢を見ていたんだと」

 それから、ニールの父は冷たくなった。おそらく完全に食われてしまったのだろう。


 私とリィンで墓を作った。簡素な木を立ててやるだけの。どこかでみたことのあるような墓を。

 ニールに名を刻ませ、信仰の形を書いた。

 使いかけの蝋燭の火で慰めていた時に、ニールが墓を燃やしはじめた。

「ニール、いいのか」

「いいんだ。死んだわけじゃない。やっと、やっと悪い夢から覚めたんだ」


 それから私たちは村を去った。

ニールの父を助けることはできなかった。あと、ニールには特殊な力はなかった。


「力のないオルタなんていたんだね」

「ううん。力に気付いてないだけなんじゃない」

「そのまま気付かなければいいけど」

 それから次の宿のこと、国のこと、夕食のこと、靴に穴があいたこと、それから日記のことを話した。

「そういや、最初から全部わかってたんでしょ」

「うーん、ちょっとはずれ」

「じゃあ、リィンが噂を流して、ニールを引きつけたっていうのはどう?」

リィンはしらないふりをする。今回も大体リィンの作った通りのお話になってしまった。


桜の根元にある墓はいつも春を待っている。

夢みた灰が花と成り、花弁降るは二つの墓標。




Auf:witchcraft | 2016.10.15 - 14.12

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