ツキノスナ

 動物の住めない高山地帯には、過酷な環境に住む部族がいる。古くは外敵に襲われないために住み始めたそうだ。もちろん、良いことばかりではない。外敵から守るために、捨てたものもあるのだ。

 そんな高山へと、二人はとぼとぼ歩く。


 ふもとにある都市のゴシップによれば、この山の上に「月に渡る者」がいるというのだ。特に夜長の時期を見計らって渡るそうで、おそらく半月後あたりで月にわたるらしい。

 リィンが珍しく興味を持った次第、大規模な寄り道というものをしている。

「リィン、非常食がもう二日分しか残ってないけど、ちゃんと着くと思う?今からでも降りた方が長生きできたりしない?」

「……そもそも。ここまで四日も掛かっているのに、進む以外の選択はないよ」

「分かった。分かった。無事着いたとしよう。見事、無事、我々は集落に辿り着いたのだが、高山地帯ゆえの貧しさで食料を買えなかったとする。その時はどうする?」

「いっしょに月行きだね」

今日もリィンは冴え渡っている。

 結局の話、非常食をまだ残して集落へと到着することができた。危惧していた食料については、この地からどう育てたか見当も付かないほどの作物を買うことができた。ゆるい観光をさらさらと眺め、空き家に宿を取り一晩を過ごした。


 聞くと、月に渡った者が月の砂を持ち帰るのだという。そうして持ち帰った砂を枯れた田畑に蒔くことで高山地帯でありながら月の恩恵に授かり、豊かな実りに恵まれているのだとか。

 月に渡るのは希望した者の中のなかから年長者にひとりだけ選ばれる。

 私が気になっていた「月への渡り方」というのは山頂にあるという旧文明の廃墟の装置を使うとのことだ。詳しくは限られた人しか知らないし、もちろんそれを見ることは叶わない。が、持ち帰った砂を見せることはできるそうだ。月の砂というものを見るだけでもまあ来た甲斐というのはあっただろう。


「あの赤い塔だろうね」

「ずいぶんと背高の廃墟がきれいに残ってるもんだ。ああいう高度文明の廃墟っていうのも疎らにあればいいものを。旧文明も人間だったんだなあと思うよ」

 それからは借りている空き家を手入れする仕事を請け、月の砂を待った。

 それから数日後、丁度手入れの済んだところで住民が集まっているのに気がついた。どうやら例の砂が届いたようだ。みんながみんな喜んでいる。

 一目見ようと住民の波に入り込むと、白く光るさらさらとした砂が丁寧な造りの木箱いっぱいに入っていた。わがままにも、そんなにたくさん持って帰ってくるのか、と思う。

 リィンにも見せようと呼んでみると、困ったことに「すこし盗った」とのこと。その小さな拳を握っていた。


 集落に礼を言って山を降りる。

「満足した?」

「月が近くにあることが分かってよかった」

「そりゃ盗ったからだろうに……」

「ちがうよ」


 不意に、後ろから「旅人さん、旅人さん」と呼ぶ声がする。見ると大人の一歩前といった女子が裸足で駆けてきた。

「旅人さん、ふもとまで連れて行ってください。お代ならなんとか払いますから」

……と。唾を吐きながら必死に話してきた。腰を下ろし、話を聞いているとなるほど、読めてきた。どうやら彼女の父親が月へ渡ったようだ。


「この集落の人って、ほとんどがこの山を降りたことがないんです。降りるには知恵が無さ過ぎる農民ですから、毎日同じように作物を食べて生きています。歳をとると、二十数人の狭い集落で過ごす同じ毎日に気が狂ってしまうんです」

「そうなるとその年に月に渡ると言って、自殺するんですよ。あの廃墟でいわゆる安楽死が出来るのだと、父の密談をつけて聞きました。昔からそうやって連鎖的に、暗黙的に続いているんです。そして『月に渡る者』といった風習が出来上がってしまっている。それを知った私は、もうこの集落に居たくないんです。」


「おねえさん」

「……?」

「これ」

と言って彼女の開いた、てのひらに月の砂を放した。


 それから、季節外れに月へ渡り、作物の肥料になった女が一人、あったという。




Auf:haptik | 2016.07.18 - 10.15

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