カレキニミズヤリ

 街に、貧しい親子が一つ。母と幼い坊の二人。母は貧しさに呑まれ、屋根のない生活を子にさせていた。 もちろん、子にいい思いをさせるため養子にとってもらおうとしたことがあった。幾度となく頼み込んだ。それは遂に叶わなかった。それ故、今も市のすみにへたりこんで残飯を乞うているのだ。


 今日も野菜の葉残りをかじっている。わが子のヨキは痩せ細り、命を保つのがやっとという具合だ。辛うじて情けでもらえる残飯で生きながらえていた。

 ある日。ヨキが落ち枝で地面に絵を描いていた時のこと。白い二人が私たちの前に現れた。

「旅の者ですが、その子に用がありまして。少し、時間ありますね」と。



 コルネットという旅人らに夕食を頂いた。思いのほか、葉残りなどを使った貧相な炊き物だったもので、親近感が湧いた。

 母親の私が言うのもなんだけど、まるでお母さんの味だった。


 朝。

「この子は生まれながらにして相当の絵描きですよ、お母さん」

耳を疑う。なんて嬉しいことでしょう。私の子にそんな才能があるなんて。

「絵の具一式を渡しますから、木枠に絵を描いて街で売ってみてください。お代は出世払いで構いませんから。」

「それとお母さん、売るのは絵だけにして下さいね。じゃあ半年したらまた来ます」

……それを最後に、すぐに去っていった。

 ありがとう旅人さん。


 言われた通りに絵の具を渡した。

 すらすらと山の絵、木の絵、川の絵を描き上げた。次々と描き上げるから、寄せ集めで作る木枠が間に合わないぐらいだ。

 ヨキが一心不乱に絵を描いている。それも楽しそうに。こんなに幸せなのはいつ以来だろうか。

 街の画廊に持っていくと、なんと相当の額で買い取ってくれた。


 二月としないうちに、街では一流の絵描きとなった。

 絵の稼ぎで生活は豊かになった。やせ細っていたヨキも私の食事をお腹いっぱいに食べて、健康で逞しくなった。今では小さな家もある。

 私を想って家事を手伝ってくれるようになった。とても満たされた毎日だ。


 ある日、画塾から帰ってくるはずの時間になってもヨキは帰ってこなかった。

 今では特別に講師としても呼ばれているのだが、こうして日が暮れるまで帰らないことはなかった。あまりの人気で泊まり込みになったのだと、そう思いヨキの分まで食事を用意して床についた。


 翌日、ヨキからの手紙があった。「山向こうの国へ行っていっぱい絵の修行をすることになった。お金はお母さんのところへ画廊の人がたくさん送ってくれるそうだし、ごはんと家も約束されてるよ。しばらく戻らないけど心配しないでね」

……と。私は酷く泣き崩れた。

 私に何も言わず、きっと私のためと思ってのことだろう。それは、お前が買い取られたということなのに。

 何も手に付かず、ただ寝て起きて、送られてくる金の粒を蓄えこむ日々が始まった。食事に困ることはなく、しばらく生かされた。

 もちろん手紙も無いままに半月と正気が持つわけも無く、私は自殺した。

 ヨキ、お前が私の全てだったんだよ。ヨキ。


 半年してコルネットが再び街を訪れると、あの親子は居なかった。聞くと二人の墓があるとのことで、そちらへ赴いた。

 母と子の墓が建っている。子が買い取られ、自殺した母。母の自殺を聞いて同じ道を歩いた子。


 子の最後は自分の使っていた黄色の絵の具を飲み込んで死んだという。


 結局、出世払いを大分貰って旅路を歩き出した。




Auf:haptik | 2016.07.18 - 10.15

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