第142話 転生者は異世界で何を見る? -国境街テュフォン-

「ぐおー、お尻が痛い」


 魔工都市エキドナへ向かう乗合馬車に激しく揺られながら俺は文句を垂れる。

 襲い掛かってきた冒険者を衛兵に引き渡した翌日である。

 問題なく乗合馬車に乗れたのはいいのだが、乗り心地は最悪であった。


「……日本の車がすごすぎるんだよ」


 隣で同じく揺られているフィアが遠い目をして呟いている。


「文明の利器には勝てるわけないよ」


 瑞樹も同じく遠い目をしながら、時折激しく揺れるたびに顔を顰めている。

 地面も舗装されておらず、サスペンションなんて存在しない世界の馬車なんてこんなものである。

 乗っていれば着くだろうと安易に考えていたが、これは自力で向かった方がよかったのか。

 いやいや、いまいち方向がわからないし、迷子にでもなったらそれはそれで厄介だ。

 自重せずに行こうとは決めた物の、それで遠回りになってしまえば意味がない。


「マコトさん!」


 尻の痛みに耐えていると、緊迫した御者の言葉が聞こえてきた。

 その言葉と共に馬車が急停車する。


「ちょっと数が多いみたいです!」


 サイグリードの街で乗合馬車に乗って今日で三日目である。

 すでに何度か魔物には襲われているのだが、また出たようである。

 もちろんこの乗合馬車にも護衛の冒険者がついているのだが、最初に手伝ったときにやりすぎたようで、現在のような状態になっている。

 とは言え護衛の冒険者の仕事を奪うのはまずいので、二回目以降は見守る感じにしたのだが、どうも今回は数が多いらしい。


 馬車の中から飛び出ると、確かに数が多い。しかも囲まれているようだ。

 こちらは御者が一人に乗客が俺たちを含めて五人。そして護衛の冒険者は三人だ。

 そんな俺たちを囲んでいるのは狼型の魔物が十数匹だ。


「確かに多いな……。俺が半分持つから、フィアと瑞樹で四分の一を頼む」


「わかった」


「う、うん……」


 残りの四分の一は護衛の三人に任せよう。




「ありがとうございました!」


 何事も起こることなく無事に国境街テュフォンへと到着した。ここはテュフォンの冒険者ギルド前である。

 やはり囲まれたとはいえ、ただの魔物の群れは相手にならなかった。


「いやー、マコトさんがいなかったら俺たち生きてませんよ!」


 護衛をしていた冒険者の一人がいい笑顔で叫ぶ。


「お嬢さん方も強かったし、いろいろと羨ましいですわ」


 もう一人はちょっと違う笑顔でフィアと瑞樹を見ている。


「ホントにマコトさんはいいオトコだわー」


 三人目のは俺に視線が向いている。いやお前はこっち見んな。というか近づくんじゃない。

 こんな三人目みたいな男が、よく男だけの三人パーティに入れたな。

 ……もしかして、三人ともそうなのか?


「……ああ、いや、気にしなくていい。邪魔な障害を排除しただけだ」


 三人から逃げるように後ずさる。俺たちはこれから宿を探さないといけないのだ。

 そしてエキドナ行の乗合馬車に今から予約をしておかないといけないのだ。

 御者をしていたおっちゃんが言っていたので、間違いない。そうしないと明日の馬車に乗れないとのこと。

 国境だけあって、簡素ながら手続きもあるらしいし。


「じゃあ私たちは行きますね」


「宿を探すんだよね」


「じゃあな」


 フィアが先陣を切って冒険者三人から離れる。瑞樹もフィアにくっつくようにしてついて行ったので、俺も後を追う。

 しかしあれからずっと瑞樹はフィアに張り付いてるな。……くっつきすぎじゃねーか?

 美少女同士が抱き合う姿というのも百合百合しくてそれはそれで……。まあそれはいい。


 俺たちは乗合馬車の御者さんに聞いた高級宿に向かっている。

 国境の街とは聞いていたが、街のつくりはサイグリードとそう違いはない。木造の二階建ての建物が並んでいる。

 ただし規模においてはサイグリードよりも小さいと感じていた。

 ここはまだ、魔工都市エキドナがあるミストール皇国ではないのだろう。


「お、ここかな?」


 御者さんに聞いた三階建ての建物が見えてきた。

 さすが高級宿である。なんとなく高級感が漂っている気がする。……他と比べればだが。


「はい、いらっしゃい」


 中に入ると恰幅のいい、これぞ女将さんと言うような女性に出迎えられる。


「一泊頼めるか」


「はい。三名様ですね。部屋割りはどうしましょうか?」


 そう尋ねられるが、ぶっちゃけ寝るのは日本の自宅だ。部屋割りなんてどうでもいい。

 じゃあ宿なんてどこでもいいと思うかもしれないが、だからと言って安い宿だとどうも壁が薄くて安心できない。

 物音がしなさすぎるのも考え物だ。それに飯も期待できないし。


「空いてる部屋があれば適当で」


 俺の言葉に女将さんが笑みを深くする。

 高い部屋にでも通されるのだろうか。


「はい、では三人部屋でお願いしますね」


「わかった」


 返事だけすると、鍵は受け取らずにエキドナ行の馬車の手続きをする旨を告げて、いったん宿を出るのだった。

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