第120話 姫

「ちょっ……、マジで噂の姫を見たんだって!」


 ハンバーグ専門店を出るときにそんなセリフがどこからともなく聞こえてきた。

 ……噂の姫? なにそれ?


「マジかよ、どこだ!?」


 そんなのが噂になってんのね。


「あれ!? ……いない! 確か……」


 後方から聞こえてくる声を聞きながら、次はどこに行くのか考えを巡らせる。

 と言っても俺の買い物ではないが。服系統は粗方買ったんじゃなかろうか。……たぶん。


「次はどこ行くんだ?」


 とは言え想像だけでは行き先が確定されるわけでもなく、聞いてみるしかない。


「次は夏服です!」


 そんな俺の言葉に力強い回答が返ってきた。


「「あ、そうね」」


 俺と瑞樹は同じ反応しかできない。今まで散々買った服は一体何だったのか。春物の服しか買っていなかったとでもいうのか。

 というかいつの間にフィアはここまで順応できるようになったのだ。

 しかしまあ、連れまわされはするだろうが、実際に着せ替え人形にされるのは俺ではない。

 ちらりと瑞樹の顔を窺うが、まだお昼だというのにすでに疲れ切った表情になっている。まぁ、がんばれ。


 しかしなんか今日は周囲の注目が半端ねーな。

 やっぱり金髪と銀髪の組み合わせは目立つ。


「次はここに入ってみよう!」


 フィアはそう言うと、瑞樹だけでなく俺の腕も取って店の中へと入っていく。


「おいおい、今度は俺もかよ!」


「うふふふ」


 フィアはとても楽しそうだ。

 まぁ男が入っても違和感のない店でよかった。周囲を見回して男性だけの客もいたので安心である。


「こっちとこっちだとどっちがいいかな?」


 フィアが瑞樹に服を当てて確認しているが、当の本人である瑞樹は上の空である。


「ねぇ、マコトはどっちがいいと思う?」


 両手に掲げられているのはブルーとオレンジの服である。

 この場合、本人の中ではすでにどっちがいいかすでに決まっているという話を聞く。が、だからと言って「どっちでもいいんじゃね」といった返事はNGらしいですよ。


「ブルーはフィアで、オレンジは瑞樹に似合うんじゃないかな」


 とりあえず両方に薦めておけばいいだろう。


「そうかな?」


 フィアは嬉しそうにブルーの服を自分に当てていて、満更でもなさそうだ。


「じゃあ私も買おうかな?」


 ニコニコしながら今度は自分の服を選び始めるフィア。

 そんな様子を見た瑞樹が、助かったとばかりにため息をついて、それでも怪しまれないように自分の服を選んでいるふりをしている。

 ぼけーっとしてるとフィアにアレコレ服を当てられて着せ替えさせられるのだ。


 そんな感じでさらに二時間ほど買い物をした頃だろうか。とうとう瑞樹が音を上げた。


「ちょっと休憩しようよ……」


 通路に設置してあるソファへと座り込んで瑞樹がそう漏らした。


「そうだな……。ちょっと甘い物でも食いに行くか?」


 瑞樹に助け舟を出すというわけではないが、ちょっと小腹が空いたのも事実なので、フィアも食いつくであろう提案をしてみた。

 俺自身も甘いものはどちらかと言えば好きな方だ。


「ぜひ、行きましょう!」


 案の定である。

 甘いものと聞いた瑞樹も若干だが、瞳が輝いているようにも見える。

 なんにしろ、疲れた時には糖分だよな。


「おう、行くか!」


 俺たちは三人連れ立って喫茶エリアを目指して歩く。

 途中で何度も視線を向けられ、振り返って二度見されたりするがもうそろそろ気にならなくなってきていた。

 エリアに着いてからはフィアがスイーツのショーウインドウや見本を、あーでもないこーでもないと言いながら物色している。

 瑞樹は興味ない風を装っているが、視線はちらちらとスイーツへと向いている。


「これ美味しそう!」


 ほどなくしてフィアが大きなイチゴが乗ったパフェの前で止まった。瑞樹も自覚しているのかわからないが、頬が緩んでいる。

 だが店の前には十人ほどが列をなして並んでいた。


「並ぶ?」


「もちろん!」


 瑞樹の問いかけにフィアが間髪入れずに返事をしたことで、並ぶことが決まってしまった。

 苦笑しながらも列に並ぶと、後ろにフィアと瑞樹が同じく列に並ぶ。

 ある程度列が進んだところで今度は後ろにも人が並びだす。制服姿の女の子四人組のようだ。高校生だろうか?

 こんな時間帯にお茶とはさぼりだろうか。……っていうか今日は何曜日だっけ。うーむ、最近曜日の感覚がなくなってる気がする。


「あの……」


 他愛のない話をフィアと瑞樹としながら、俺たちが並ぶ列の先頭に立ったころ、後ろに並んでいた四人組の一人から声を掛けられた。


「はい?」


 視線を向けられていたフィアが、自分への掛け声と思ったようでその女の子に小首をかしげながら返事をする。


「えっと……」


 視線は多く感じていたが、ついに声を掛けられたか。瑞樹も増えたし、やっぱり目立つよなぁ。


「もしかして、噂の姫ってあなたのことですか?」


 などと呑気に考えていた俺たちに投げかけられた質問は予想外のものだった。

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