第3-5話 臆病な肉食獣

 二年前の春、私と彼女は中学三年生だった。

 

 その時の授業は体育だったのだが、雨が強く降っていて外が使えなかったところ、先生の計らいで体育館で急きょ卓球大会が行われることになったのだ。大会と言ってもクラス内でのレクリエーションのようなものであり、台の数も足りないので適当な人数でペアを組ませ、それらのペアでの対抗戦という形がとられた。

 皆が仲の良いもの同士でペアを組み、和気あいあいとしているなか、私と彼女はその空気に馴染めずに二人揃ってあぶれてしまったのだ。

 そしてあぶれた私達ぼっちコンビはペアを組むことになる。それが事の発端となった。


 そして試合の待ち時間に彼女と軽く話し彼女の異質さを身をもって味わった直後、私達の番が回ってきた。

 相手のチームはクラスの中でも目立つ所謂陽キャ女子のグループの二人であり、彼女ら二人ともチームメイトの彼女のことを良く思っていなかった。

 試合が始まり、運動が極めて苦手な私が早々にバテるのだが、なんと共にチームを組んだ彼女は汗一つかかないままほぼ二対一の状況で相手のチームを追い詰めていたのだ。

 普段の体育ではあからさまにやる気のない素振りを見せる彼女なのだが、この時はは珍しく楽しそうで、うっすらと笑みさえ浮かべていた。

 相手はその様子が気に入らなかったのだろうか、なんとしても彼女に勝たせまいと私を集中的に狙ってきた。

 しかし楽しくなってきていた彼女はそんなことも気にせず私に向かってきていた玉に向かった。

 それがいけなかった。

 彼女は戦力にならない私を押し退けて玉を返そうとしたのだ。不意を打たれて私は転んでしまい、打ち所が悪かったのか足まで挫いた。

 それに気づいた彼女は何時もの無表情を崩さないまま倒れた私を起こすために手を伸ばしたが、普段なら話もしない相手の二人がそれに先駆けて私に駆け寄ってきた。そしてクラス内でも声の大きい二人によって私を押し退けた彼女は糾弾され、彼女は悪者になってしまった。

しかし、そんな時でも彼女は何時もの無表情を崩すことはなかった。


 彼女はクラス内で悪者として扱われ、片や私は被害者として正義の味方側に取り込まれた。

 そしてそのうち被害者と加害者の立場が逆転する。

 相手に対する悪感情に正義を取り付けてしまえば最早ブレーキはかからない、クラスの女子の大半を味方につけている彼女たちの行為は誰にも咎められることなくエスカレートしてゆく。

 単純な話、それはいじめと呼べるもの。

 しかし、その時の私は漸くクラスに馴染むことが出来たようで嬉しかったのだ。友人を作り、共に遊び、悪者へ嫌がらせをする。今にして思えばバカらしい行いだったが、それでもその時は楽しかったのだ。

 

 そして時間は一気に秋の文化祭まで飛ぶ……



「アンタが樹の中学の同期生ね……。あー…、そう言えばあの時確かにアンタを見たなぁ、教室に顔怖いのが居るなぁって思ったわ」

「……」

「もしかしてアレか?アンタが用事あるのって俺じゃなくて樹か?」

 

 美華の言葉を聞いた常彦は確信を持って切り込む。

 中学時代の樹の話の当事者ならば間違いない。用事があるのであれば巻き込まれたものの接点の薄い自分よりも、明らかに因縁を残す樹の方が自然だろう。

 それを聞いた美華は観念したように口を開いた。


「…アンタに用事が無い訳じゃないけどその通りよ、アレに会ってキチンと話がしたい。だからアンタにアレの連絡先を聞こうと思ったの」


 ビンゴだ。あの話に直接関わったのは最後の最後だけだが、あの幕切れの仕方ではどんな遺恨が残っていても可笑しくはない。樹本人はあっけらかんとしていたが、幼馴染みとしては降りかかる火の粉に黙っていられない。故に常彦は少し声にトゲをもたせる。


「会ってなにするつもりだよ?そこがハッキリしない限りはお断りだぞ、中学時代の因縁なんて良い思い出でもないだろうし…」

「謝りたいの」

「えっ?」


 美華は常彦の言葉を遮り、相変わらず鋭い目付きできっぱりと言い放つ。

 しかし、彼女の口調とは裏腹に、常彦から見た彼女の姿は酷く怯えたように見えた。



おやおやおやぁ~?なんか面白いことになってきたなぁ!どうしようまた現場に突撃しようかなぁ!?でもそれやったら流石に常彦に覗き見、覗き聞きしてるって感づかれそうなんだよなぁ……

にしても…あの娘そんなこと考えてたんだ、別にアレ以外には何とも思ってないのに、健気なもんだねー。あの見た目からはパッと見じゃ考えられないや、人は見かけで判断しちゃいけないって痛感しますわー…本当。

ま、私が言えた台詞じゃないけどね!クヒヒヒヒヒッ!

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