第3-4話 邪眼強襲

 何でこんなことになった?

 舞台は駅前のファーストフード店、目の前には凄まじい形相で此方を見据える少女が一人。

 彼女の眼力を前に常彦は、疲れのせいであまり良くない顔色をより一層曇らせる。


「ねぇ?アンタ大丈夫?もしかして体調でも崩してる?」


 餓えた狼の様な目をした少女は刺々しくも心配そうな口調で真っ直ぐ此方を睨んでそう言った。




 ことの発端はすこし前に遡る。

 

「それじゃ、店長お疲れさまです」

「おー、お疲れさんな。何時も言ってるけど帰り道、気ぃつけろよー」


 常彦はいつも通りにアルバイトを終らせ、店のバックヤードに入る。

 今日のシフトはお昼から夕方までをぶち抜いたロングの仕事であり、おまけにかなり忙しかった。今日は以前、有名人がイベントをしたという近所の駅ビルで、また違ったイベントが行われたらしく、それに伴い常彦の勤めるコンビニも普段と比べて人が多く集まったのだ。

 お陰で店はその日のシフトの常彦と大学生の先輩アルバイターだけでは手が回らず、普段は裏方として発注などをしている店長も表に駆り出されたほどだ。

 常彦は制服から着替えの最中、一人この忙しさと疲れについ先日の『あの日告白と人外の挟撃』を思い出し顔を青くしていると、隣で先に着替えを終らせていた先輩が声をかけてきた。


「あれ?万定くんどしたの?今日忙しかったから疲れちゃった?」

「あー……、いや、すんません。ちょっと…はい、疲れたみたいです」

「そうだよねー、万定くん夏休み入ってからほぼ出ずっぱりだしね。この前、品出し中に売り物のパン空けて食べそうになったんだっけ、あんまり疲れ貯めるとキツいよ?キチンと栄養採ってしっかり寝なね?」

「あはは…ありがとうございます。お腹減っちゃったんで帰りに何か食べようと思います」

「うん、良いんじゃないかな。お昼からぶち抜きだと晩御飯もあんまり食べれないから、お腹減っちゃうのはしょうがないからねっと。それじゃ、俺はお先に失礼するよ。お疲れさまー」

「あ、お疲れさまですー」


 先輩と話している間に着替えを終えた常彦も改めて店長や夜勤の人に挨拶をし、店を出る。


「さて、お腹減ったし軽くハンバーガーでも買って帰るかなっと……?」


 店を出て入り口のすぐ真横に一人、見たことのある少女が立っていた。疲れと空腹に苛まれる常彦は軽い会釈だけして、横をすり抜けようとしたが、彼女は常彦の姿を確認すると、彼に話しかけてきた。


「…バイトお疲れさま」

「お、おう…なんでここに?今日は子日休みだぞ?」

「いや…今日はアンタに用があってきたのよ。これから少し時間ある?」

「えっ?」


 普段あまり絡みのない友人の友人からの突然の誘いに常彦は動揺する。なんで自分に?


「わざわざ待っててくれて悪いんだけど…今日は腹ペコだからすぐに帰りたいんで、すよねー…」

「……そこをなんとかお願い。すぐ終わることだし、なんなら軽いご飯くらいなら奢るからさ」


 口調こそ柔らかいものの、彼女の鋭い眼光からは是が非でも話を聞かせるという意思を感じる。その目に気圧された常彦は…


「す、すぐ終わるならわかったよ」

「そう?それならありがとう、恩に着るわね」


 フードを目深に被り、くすんだ金髪のスキマからギラギラと目を光らせる少女、戌井 美華の威圧感(と、ご飯奢り)の前に話を聞くことをあっさり承諾してしまったのだ。


 そして時間は冒頭へと至る。

 

 

 常彦と美華は駅前のハンバーガーショップにやって来た。

 二人は注文した商品の乗ったトレーを持ってボックス席へ着いたは良いもののちびちびとポテトをつまむだけで一向に話が進まない。


「……アタシが連れてきたとはいえ体調悪いのならまた今度でもいいけど?」

「いや、すまん。さっき店員さんにさ、「こいつ女の子に奢らせてるぞ」みたいな顔されて少しショックなだけ…」

「そ、そうなの…」

「……」

「……」


 ほぼ初対面同士ゆえに言葉に詰まる。普段ならば常彦はそれなりに社交性があるのだが、美華に睨まれ萎縮してしまっている。美華も美華でもじもじとしてなかなか話を切り出すことができずにいた。

 埒が空かなくなってきたので、美華がつまんでいるポテトがなくなりそうなタイミングで常彦は意を決して話を切り出した。


「なぁ、結局話ってなんだよ?こんなほぼ初対面の友人の友人のバイト先にわざわざやってくるなんて、結構真面目な話だったりするか?」

「……うん、そうね。アンタさ、琴種 樹って知ってるわよね…?」

「……知ってるぞ、小さい頃からの腐れ縁だよ」

 

 美華の口から放たれた幼馴染の名前を聞いた瞬間、常彦は体を強ばらせる。

 今の常彦にとって樹の話題は火薬庫のようなものだ。これが透香が振ってきたような単なる恋愛話ならかわいいものだが、仮に彼女に起こった『異変』に連なる話ならば、そこから自分がどんな目にあっても可笑しくはない。そもそも、何故目の前の美華が樹の名を知っているのかなど、気になることは山ほどある。常彦の脳内は馴れないサイレンが鳴り響いていた。


「…んで?話ってのは樹と俺が知り合いなことと何か関係があるのか?」


 常彦はできるだけ言葉に威圧感を込め、精一杯の虚勢を張る。


「え、えぇっと……あいつ、今はどうなの?元気?」

「え?どうって…元気だけど…?最近は元気が有り余って髪まで染めてたぞ」

「そう、そうなんだ…」


 常彦からの答えを聞くと美華はふぅ、と息をつく。常彦からはフードに阻まれて彼女の表情が見えず。真意の見えない美華の反応はかなり不気味だ。少しリスキーな気もするが不明瞭さを解消するためにも常彦はもう一歩踏み込む。

 

「なぁ、戌井さん?さっきから気になってるんだけどアンタ、樹とどういう関係なんだ?」

「……」


 美華はあきらかに言葉に詰まった。そこから少し目を泳がせると、観念したかのように被っていたフードを外し、口を開いた。


「…あの、アンタってあいつの中学時代の話は知ってるわよね?」

「……中学時代?」


 『』ガチリと歯車が合わさったように、常彦の中の警戒色が変わる。

 樹の異変に連なる話ではないがとても嫌な話題だ。


「あぁ、知ってるよ。クラス一丸となってアイツのこといじめてたんだろ?俺もこの目で見たし、巻き込まれて結構な怪我したからな」 

「……えぇ、その通りよ。アタシもそこに居たからね」


 そこに居た。

 当時、樹の周りに彼女を守る味方は誰もいなかった。つまり美華の一言に込められた意味は…


「その場に居た…ってことは…」

「……アタシも、あいつをいじめるのに加担してたのよ」

 

 美華は肉食獣のような目を震わせながらも、真っ直ぐ常彦を見据えてそう言った。

 






 ……ん? ちょっと目を離したらつねひこったらご飯に行ってるんだ。めずらしいねー、まぁ今日忙しそうだったしお腹減ってるよね。って、おろろ?なんか知らん娘と一緒にいるやんけ!

 えっ?なんか二人で私の話してる…しかもちょっと真面目な雰囲気だし……。んっと…あぁ、私が中学の頃の話か。

 ハハッ、そうだ、おっぱいで思い出したわ、あの娘か。へぇ…ふぅん。

 くひひっ、中学時代ねぇ…あー、折角良い具合に忘れてたのに。あの時のこと思い出すと今でもアレは許せないなぁ…私のつねひこに怪我させやがって……


 もう顔も見たくないけどそうだな…もしアレと会っちゃったりしたら…うん、そうだなぁ…… アハハハハッ!!

 なんでだろ、うっかり会うとか絶対嫌なのに楽しみになって来たなぁ…

 

 あ、やべっ、あの娘の話ちゃんと聞いとかないと……


 世の中何が役に立つか分からないからね!

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