3-8 軽率 Hetarka
「......ごめん」
わたしを刺そうとしていた男を何を思ったか、ミラルは担いでプレハブ小屋へと押し入った。
「痛い?」
「谷宮に打たれたぐらいは痛くない」
「そうなんだ。傷口は? ちゃんと治療してもらったわけじゃないんだから無理しないでよ」
「急にしおらしくなってもどうしていいかわからなくなるから、いつもの調子でいてくれ」
灯油ストーブを焚き、またわたしに上着を被せて、テーブルの上に寝転がっている。
手にはオンルブシの力で生成した氷を、タオルに包んで額に当てている。
「いつもの調子でいたって、痛いことには変わりないんでしょ」
「そうだな。ただ、これからのことを考えたいし、気を紛らわしたいんだ」
「..........考えは変わらないの?」
「いや。......俺は軽率だったんだな。あの瞬間、後ろからこいつが忍び寄ってきてるなんて気付かなかった。あの時、キリトさんが気付かなかったらどうしようかと思って...... ありがとう」
「え、え、え、いや、軽率だったのはわたしだったというか...... 感謝される筋合いはないわ。暴力で話し合おうとする奴を
「むしろ感謝したいんだ。俺はナガヒサに言われたことが、まだ頭の中で空回りしてた。正直今もしてる。あれだけ恐ろしい力を持った奴を退けたんで、幸運ながら俺たちにはもう敵なしって思ってしまったんだ。そこへあの男が現れ、さらにお前をこいつに殺させる隙を作ってしまったんだ。
お前に謝られたら、俺はその何倍分謝り倒せばいいんだろうか」
「そんな大層な...... うん、おあいこ。忘れましょう、二人のためにも。」
「俺は無力だな。思えば、昨夜クマの化け物に襲われた時も、ナガヒサを退けた時も、結局運が良かっただけだった。俺から出てきた化け物もそうだが、あのフクロウ...... なんで助けてくれたんだろうな」
「そうだ、話してなかったっけ。昨日の夜かな、鶴柾でシマフクロウを助けたんだ。人間に翼を傷つけられたのか、弱って部屋の方へ飛び込んできたのをキリトの力で治したの。その恩返しなのかな...... またどこへ飛んで行ったんだろう」
「そんな、俺のミサイルでも谷宮の剣でも割れなかった盾を、野生のフクロウが壊せるものなのか?」
「コタンコロカムイなら...... かもね。何しろ貧しい人を一夜で長者にしたり、海の水を柄杓で干上がらせるような神謡を持ってる神様だからね」
「ふうん...... 何しろお前に助けられたようなものだな。俺ときたら......」
何か言おうとした時、大きな物音に飛び上がった。
「お、お前らは...... 何を......」
捕らえた若い男が起きたようだ。低く、それでいて案外通る声である。
『おや。反応があって戻ってきてみれば、起きるのが早いじゃないか』
斥候に出ていたキリトが小屋へ戻ってきた。
「いい... おい、早く縄を解け! そうでなきゃ逃げろ」
「落ち着け、お前がなんだかわかんねえのに開放できないんだが。あ、銃とナイフ、その他持ってたものは没収してる」
「縛ったままでもいい、足だけ解いてくれ。早くしなければハルユキが......」
「ハルユキ? あの男のこと?」
「みんな殺されるぞ.. オレも、お前らも!!」
「落ち着けって。......はあ、足だけだぞ」
ミラルが布切れを固結びにした拘束を解こうと近づく。
足へ手を伸ばそうとした瞬間、何を思ったか
「ふん!!」
「!!?」
「......」
「......」
男が叫んだ。しかし、何も起こらない。
「......ん、カムイが出ないぞ。俺のペポソインカラが出ないぞ?」
「おい、姑息な手を使おうとしたな。俺を騙し討ちにしようとしたのか」
「チッ、 逃げるかっ」
手足を縛られたまま立ち上がり、ドアを破って出て行った。
「あいつ、どうする?」
ミラルが呆れた顔で意見を求めに来る。
「どうするって...... もう無害でしょあんなん。ただ何も聞き出してないじゃない」
アスファルトに積もった堅雪へ、もつれて無様に倒れこむアスリート体型の若者。なんか可哀想である。
「おい、聞きたいことがあるんだ。お前は......」
そうして小屋から出てきたミラルを、男は地べたにうつ伏せになったまま見返した。その瞬間。
「うぁっ!! あぶねえ!」
小屋の扉のへりに、大きなナイフが突き刺さっていたのだ。
「油断ならねえ...... 待て、どうやってそいつを投げた!!?」
警戒心に呼応し、ミラルの背中から狼神が顕れる。
ナイフを投げるために回転させた身体。当然、両手はすでに自由になっていた。左手でどこかをまさぐると、今度はまるでボールでも渡すかのようなアンダースロー。その悪意を感じずに投げ込まれたものを、ミラルはやすやすと受け取ってしまった。
それを見ると男は、またいつの間にか自由になったその足で走り去って行った。
「ちっ、なんなんだあいつ」
「大丈夫怪我はない!? あっ」
足の怪我も忘れて駆け寄り、盛大に転んだ。
「じっとしてろ怪我人は!! うおっ、やめてや驚く」
ミラルの手に取られたそれが、アラーム音を鳴らしている。3回ほど連続したのち、低く囁くような声が流れてきた。
[聞こえるな。なら俺は謝らなければならない]
「何? それ」
「トランシーバーだ。すごく小さいが」
手のひらに握り込めるほどの小ささ。そこから二人で話してる間も通話は続く。
[まず、後ろから女性を刺そうとしたこと。そして二度も騙し討ちをしようとしたにも関わらず、俺を許そうとしたのに逃亡を図ったこと]
「別に許したわけでは——」
[別段、許したわけではないだろう。許されなくてもいい、わかってるさ。それでも君らはオレに友好的な態度を取ってくれるのか......? どうぞ]
ブツッ、と言う音とともに声が途切れる。
「えーと、聞こえるか? ......どうぞ」
[問題ない。VOXに切り替える、ここから合図は不要だ]
「大丈夫か? と言うか許すも何も、お前がどういうやつかも理解していないんだ」
[そうか。お互い自己紹介がまだだったな。君の名前は?]
そうミラルに問いかけてくる。
「......原田...トモアツだ」
「え、ちょっと」
突然ミラルが嘘の名前を告げたのでわたしは完全に名乗り損ねた。だが
[村泉ミラル、そして谷宮セポだな]
「え、え、え」
向こうは名前を知っていたようだ。
「しまった、疑いすぎた」
[構わない。むしろ安心したよ。オレに無警戒ではないことがわかって......]
「まあそうか。冷静じゃなかったな...... 俺たちを誰か知らずに刺そうとしたわけじゃないのにな。じゃあお前は誰なんだ?」
長考ののち、低い精細な声が応えた。
[......じゃあ、原田トモアツと呼んでくれ]
「あの、色々と頭の中とっちらかってるんだけど...... ミラル」
「なんだ」
「原田トモアツって誰さ」
「ただの思いつきだ」
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