3-6 覚醒 Hopuni
「ちょっと! 何これ」
「浮遊している...... 違う、持ち上げられている!?」
足元を見ると、枝ぶりの巨大な鹿角が一対。そしてその視界は、半透明の双頭鹿の盾に占有されていた。
わたし、そしておそらくミラルも、はトゥプキラウカムイの双盾の内部に閉じ込められてしまったのだ。
オンルブシとキリトが盾を攻撃しまくってはいるが、無論破れる気配はない。
「君たちのカムイは回路を除いて完全に分離した。中に戻すことも、内側か外側から我が双盾を破ることも不可能だ。さて、ようやくご同行願えるな......!!」
『不味いぞ、どうにかして......!! ......なんだ、この気配は? どこかで......』
大樹と見まごう大鹿の頭上に、大きな影が飛んで来た。
巨大な羽と、すぼめた爪を広げて、双盾へと小石を投げつけたのだ。
「おや、あれは......」
半裸の男がそう言った途端、小石が非実体の盾の中へ消える。
「シマフクロウか。私の盾へ何を投げたのだ?」
突然、視界が真っ青な閃光と、バリバリバリという爆音に包まれた。
「何! 何!?」
『セポ、落っこちるぞ! 衝撃に備え、霊力を集中させろ』
わたしを空中に捉えていた圧力が離れていき、下へと向かう重力の方向へ落っこちる。
瓦礫の中に足がつき、強い衝撃が頭の
「着地した! ...集中!? 何、集中って」
『一撃勝負だ。1発で封印させるよ』
見上げると、大鹿の角からは盾が消え去っていた。その破片らしき非実体のきらめきが、雪のように降り注いでいる。
「そんなバカな......! 私の盾...が......」
同じく解放され、着地したミラルは傷が痛むのか、苦悶の表情を浮かべながらオンルブシを発動する。
「
瓦礫の山に跪いていたナガヒサが立ち上がる。それを追い討つように飛来する氷柱弾。
「打ち負けるとでも思うか、君は......。 これしきのことでよ......!!!」
推進力を持って襲いかかる氷塊。だがまた、大鹿の角
その恐ろしさは、言葉にしようものなら...... 撃滅の意思と決意を以った大樹が、動いて襲いかかってくるようなものだった。
「.........!!!」
その圧倒的な力に圧されたか、ミラルは自分へと襲いかかってくるにも関わらず、そこから立ち上がろうともかわそうともしていなかった。
また大粒の瓦礫が巻き上がり、衝撃波がツキガタの市街を飲み込んだ。
何がそうさせたのだろう。わたしの意思だったのか、キリトの判断だったのか、それは今でも、いまとなってもわからない。
確実に言えるのは、その時からだった、ということだ。
一人の非力な女、谷宮セポというわたし。
邪神に認められたウサギの霊、トゥイエカムイサラナと呼ばれ、神尾キリトと呼ぶ、わたしの守り神。
相容れぬ二つの意思が、同じ目標と意思を以ってその力を増し始めたのが、その時からだったのだ。
「ほう... 受け止めるとはな......! 私のこの一撃をッッ!!?」
黄金の輝きを増した、人型のウサギ。大剣を盾として、刃を角に突き立て踏ん張った。
「ミラル! ぼやっとしてないで動きを止めて!! 早くっ!!!」
「くっ、すまん」
刃を振り上げ、角を弾くと、トゥプキラウカムイは氷塊へと変わった。
「甘い!!」
ナガヒサの一声で、双頭鹿角の神は氷を破った。
『時間がない、ぶち込もう』
わたしは目の前に真直ぐな剣を思い浮かべ、掴み、真っ直ぐに抜く......!
「立ち去りなさい! 暴力を以って話し合おうとするあんたと話すことはない......!!!」
「『霊撃壱・封神斬!!」』
一太刀、身体を突き抜ける。
燃え立つような黄金の輝きと天に昇る黒煙を放ち、目の前の大鹿は消え去っていった。
「......」
「.........ここまでよ。得撫ナガヒサ」
まだツキガタは朝である。
市街ビル群は尽く瓦礫となり、あちらこちらから火が上がり、炎闘車両が殺到している。
その中で、なぜか立ちすくんでいる半裸金髪の男と、少年and少女。
そりゃ妙に思うだろうな。いつの間にか、殺到する野次馬を追い返す炎闘者と警官が私たちを囲んでいた。
「......そこの警官隊。警視局のものだ」
「えっ、はっ、はい」
「待ってろ...... 今手帳を提示する」
「あんた、逃げるつもり? 警官がこんなに街を破壊して、逃げるつもり?」
堂々と警官に詰め寄るナガヒサの背中に二言浴びせる。
「手帳だ、確認しておいてくれ。このことにおいては、可能な限り内密に頼む。というよりも......ウェンカムイが現れたのだ」
「な、なんですって。いや、カムイノヤからは出現報告は......」
「種別がわからなかったために報告が遅れてしまったようだ。だが甲種と判明し、今スナガワから向かっているとのことだ。詳細はスナガワ警察団の
「はい、その子供たちはいかがなさいますか」
「保護しようと思ったが問題ないようだ。警察病院に運んでやってくれ。少女は足を怪我、少年も打撲と刺し傷がある。ツキガタ温泉に保護者がいる筈。送り届けてやりたまえ」
「恥ずかしくないの。逃げるなんて」
「......ケーサツに捕まったと誤解されてしまったようでな。少し注告してから引き渡す」
そういうと、わたしの方に向き直り歩いて来た。
「......殺さないのか?」
碧い眼光がわたしを射抜く。この男、追い詰められても狼狽える気配が全くない。
「追われているのはどちらなのか、自分の立場をよく理解しておくべきだな。...逃げるのではない。君たちを逃すだけだ」
暑苦しいまでに屈み、顔を近づけて、声のトーンを落として告げる。
その顔には、全く決意の色が衰えていない。
「......ッ、せいぜい言ってればいいじゃない」
そうわたしの回答を聞くと、さも満足げに笑みを浮かべ、うるさく声をあげた。
「ハハハハハハハハハハ!!! 物分かりのいい子どもは嫌いで、大好きだ!!」
思わず、後ろで突っ立っているミラルを見上げるが、虚しく首を横に振るだけだった。
「だが、わたしの双盾を破ったからといって慢心するなよ。君たちの敵は...... わたしだけではないのだからな」
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