第五章 閉式の辞02

<秋人>

「偽造された卒業証書を、式の最中に読み上げさせる。その目的が何だったのかと聞かれても、俺には皆目見当もつけられない」

「だが、それを“やった”人物は誰か? と聞かれたなら……」


<双葉>

「あーはいはい。どうせ分かるんでしょ? 何を言い出しても、私はもう驚かないからね」


<秋人>

「んにゃ、分からん」


<双葉>

「うそっ!?」


<優希>

「驚かないと言ったそばから、視ていて飽きない奴だな」


<双葉>

「う〜、しまった」


<聖司>

「まあ良いじゃないですか。感情表現が豊かなことは素晴らしいことですよ。それよりもです、だて男さん」


<秋人>

(だから、だて男……もういい面倒だ)


<聖司>

「あなたから話を切り出したという事はです。つまりは分からないなりにも、それでも何かしら思うところはある、と。そう続けられるつもりだったりしません?」


<秋人>

「察しがいいな、その通りだ。一応だが、一連の仕込みをした人物について、一つだけ考えている事はある」


<優希>

「聞かせてもらおうか。半年前の時のように、最後だけ何も知らされなかったのでは、こちらも納得がいかんからな」


<秋人>

「何だよ、結構根に持つタイプか?」


<優希>

「当たり前だ。ここまできて蚊帳の外など、胸糞の悪い事この上ない。私の恨みは末代まで祟るぞ」


<秋人>

「あー悪かった悪かった。とにかくだ。この先を話すのは別に構わん」

「しかしだ。あえて前置きをさせてもらうなら……俺の考えを鵜呑みにするなよ、絶対に」


<双葉>

「なんでよ?」


<秋人>

「何でもなにも、そもそも俺はお前たちから聞かされた以上の学校事情なんてのは、これっぽっちも知らん」

「だったら当然、この件に関する俺の中の登場人物ってのも、結局はお前たちの話に出てきた面子でしかあり得ない」

「そんな乏しい情報に、敢えて無理矢理に理屈をねじ付けようってんだぞ? そんな話のどこに信憑性がある」

「とどのつまりは、半分寝言みたいな与太話。こいつは、そういう類の代物だ。だからもう一度言っておく」

「決して、今から話す俺の寝言を鵜呑みにはするな。いいか?」


<双葉>

「もー分かったわよ。良いから、とっとと始めてよ」


<聖司>

「はいはい自分も同意見です。早くしないと、日が暮れてしまいかねませんから」


<秋人>

「そうか。ならぶっちゃけて言うが……」

「榎本正成の卒業証書にまつわる一連の細工。それらを施した人間として一番可能性が高い登場人物。俺はそれを──校長じゃないかと考えている」


<優希>

「こ、校長先生……だと?」


<秋人>

「そうだ。お前らの学校において、最も上の立場にあった人物。卒業式での一件を、一般的に『校長』という肩書で呼ばれていた人間が企てた騒動だと考えれば……」

「このけったくそ悪い話にも、色々と辻褄を合わせることができる」


<双葉>

「でも校長先生とは、あんたまた何かとんでもない所に行き着いたわね」


<秋人>

「そう思うか?」


<双葉>

「いやだってそうでしょ? もしも校長先生が犯人だったなら、例の卒業証書が予定に無いものだって知ってたはずじゃない」

「となるとよ。誰も受け取りに来ないのを知ってて、それでも何食わぬ顔で渡す準備をしたわけよね?」

「自作自演にしても何それ、お粗末すぎじゃん」


<秋人>

「…………」


<聖司>

「ちなみにですが。どういう理由から、校長先生が犯人の可能性が高い……などという考えに至られたのです?」


<秋人>

「別に込み入った話じゃないさ。単純に、俺の知っている中だと、必要な条件を揃えているのが校長先生しかいなかったってだけの話だ」


<優希>

「……条件。つまり、榎本の証書を仕込むのに必要な条件が……という解釈でいいのか?」


<秋人>

「あー、そうだな。大まかに言えば、そう考えてもらって構わない」

「証書の仕込みに必要な細工。それを一通りこなすために必要な条件。それを洗い出していき、出てきた条件を一つ一つを登場人物と照らし合わせていく」

「すると、あら不思議。行き着く先は、校長先生ってわけだ」


<聖司>

「もう少し、詳しくお聞かせいただいても?」


<秋人>

「構わないぜ。そうだな……」

「大雑把にはなるが、俺の言う必要な条件ってのは、まあ大体こんな感じになるはずだ」


「一つ。そもそもの大前提として、一年前に起きた『榎本正成の退学』という騒動の存在を知らなければならない」

「二つ。偽造するための証書をくすねたり、逆に証書束の中に仕込んだりと。自然に職員室へと出入りできる立場が望ましい」

「三つ。お前たちの学校で行われる卒業式の流れってやつを、準備段階を含め、事前にある程度把握している必要がある」


<全員>

「…………」


<秋人>

「さて。今上げた三つの条件についてなら、学校の関係者であれば誰でも、比較的容易に条件を満たすことができるだろう」


<優希>

「だろうな。その程度の条件であれば、かく言う私ですら当てはまってしまうだろう」


<聖司>

「となると。校長先生に目星をつけるためには、今の三つ以外の条件が必要なようですね」


<秋人>

「ああ」


<双葉>

「三つ以外ってーと、やっぱりさっき言ってたアレのこと? えっと何だっけ? 三年生のクラス割を操作するのがどうたらこうたらで……準備は一年も前から始まってたとか何とかの話?」


<秋人>

「ご名答」

「先に話した事ではあるが、今回の一件を企てて実行に移し、さらには完遂させる。そのためには、少なくとも今から一年前の段階で行動を起こしていなければならない」

「そして、一年前に起こすべき行動は、主に二つ」

「退学者の発生に伴い、一度は決まっていたクラス割をやり直すよう、教師陣の意向を操作すること」

「そしてもう一つは──」


<聖司>

「榎本君よりも早い名前の19名が、誰一人として3年D組にならないように仕向けること、ですね?」


<秋人>

「そのとおり。今追加した二つの条件。こいつは先の三つの条件とは違い、それが可能な人物ってのは、どうしても限られちまう」


<聖司>

「でしょうね。我々生徒はもちろん、一般の先生方にすら難しい条件だと思います」


<秋人>

「だが、それがもしも『校長』という立場の人間だってんならどうだ? 学校内で一番権力のある人間。そんな人物にすらも、一年前における二つの行動は不可能だと言えるか?」


<聖司>

「不可能……とまでは断言できませんが、しかしそれだけで……」


<優希>

「校長に目星を付けたと言うのならば。それはいくらなんでも、ちと暴論に過ぎはしないか?」


<秋人>

「そうか? 俺の話、おかしいか?」


<双葉>

「うん、おかしい」


<秋人>

「キッパリ言うな」


<双葉>

「だって、おかしいんだもん」


<優希>

「そうだとも。どう考えても飛躍しすぎだと言わざるを得ん。だいたいだ、権力がどうのと言うのであれば、それは何も校長に限った話では無いだろう?」


<聖司>

「そうですね。他にも教頭先生や各学年の主任教師なら、頑張れば何とかってパターンもあるかもしれませんし」


<双葉>

「いくらなんでも、無理やりすぎ」


<秋人>

「無理やり……」

「まあ……そうだわな。何せ、元々がおかしな話だ。俺の屁理屈も、どうしたって無理やりな奇天烈になるさ」


<聖司>

「自分で屁理屈とまで言いますか」


<秋人>

「屁理屈は屁理屈だから仕方ない。大体だ、こんな馬鹿げた状況に理屈をつけるんだぞ? なら屁理屈の一つや二つ並べんと、俺としても正直やってられん」


<優希>

「馬鹿げた状況と言う程のこともないだろう?」


<秋人>

「どこがだ。どこからどうみても、馬鹿馬鹿しくてふざけてんだろ。この話は『始まり』からして何もかもが気に食わない」

「そう思わないか?」


<双葉>

「いや、思うかって聞かれても……『始まり』とか何の事を言ってんのよ?」


<秋人>

「何の事じゃない。この一件が起こされた、そもそもの目的ってのを、もう一度考えてみろ」


<聖司>

「……はい?」


<秋人>

「いいか? 目的ってのはこうだったはずだ」

「榎本正成。一年前に退学になった生徒の名を、卒業生の一員に加える」


<優希>

「今さら言われなくても、そんな事は分かっている」


<秋人>

「ああそうかい。なら聞くが、だったら一体なぜだ?」


<全員>

「?」


<秋人>

「目的を実現させるためには、いくつもの細工が必要。そしてその細工を施すためには、一般教師では持ち得ないくらいには強い権力が必要」

「……だとしたら」

「ではどうして、その持っている権力を振るおうとしなかった?」


<優希>

「権力を振るうだと?」


<双葉>

「えっと、どういう意味?」


<秋人>

「つまり、こういうことだ」

「退学になった生徒の名前を、卒業生の中に加えたい。もしそう考えた場合、まず最初にやるべき事は何だ?」

「最初にやるべきこと。それは、クラス割を操作する事か? それとも、証書を偽造する事か?」


<全員>

「…………」


<秋人>

「違うだろ、そうじゃないだろ」

「本来、最初にやるべき事。それは『相談』であるべきだ」

「誰かしら決定権のある人間に、相談事としてその旨を掛け合う。それこそが何より先に行われる最初の一手であるべきはずだ」

「あまつさえ、これだけの細工を施した人物なら、学校内での権力に疑いは無く……」

「であるならば。それならその望みを自らの権力でもって実現させるか、それが出来ないならせめて、職員会議なりなんなりで議題に乗せるくらいの事はするべきはずじゃないか?」


<全員>

「…………」


<秋人>

「ところがだ。工藤って先生の話しぶりじゃあ、そんな話題が会議に上ったような形跡は無く……」

「それどころか、榎本の名前に心当たりのある職員は、式の最中に揃って取り乱していたほどだ」

「と、いう事は」

「榎本正成の名を卒業生の一員として含める。それを望んだ誰かさんは、実現するために一番最初にやるべき『相談』という正攻法を、綺麗サッパリとすっ飛ばしていたという事になっちまう」

「こいつぁ随分と、奇妙な話じゃないか?」

「目的があり、それを遂げられるかもしれない権力を放棄して。しかしそれでも尚、一年がかりの回りくどい方法で目的を遂げようとする」

「果たして、そうする事に何の意味がある?」


<全員>

「…………」


<秋人>

「俺には理解できない。気持ち悪い。気に食わない。目的と手段に、そいつの立場が噛み合わない」

「この話は、最初から何もかもが随分と酷くバラバラになったままだ。何がどうしたらこうなる? その誰かさんってのが──」



 その誰かが、一体どんな『立場』にある人間であれば、俺はすっきりできるんだ?



<全員>

「…………」


<秋人>

「そう考えたとき、一つの答えとして浮かんできた人物。それが校長だったんだよ」


<優希>

「わ……分からん。どうしてそこで校長が出てくる?」


<秋人>

「今回の騒動を仕組んだ人物。そいつは、一年前の退学騒動の折、三年生のクラス割りをある程度操作できるくらいには権力を持ち……」

「しかし。今日の卒業式においては、ちょっとした希望を議題に挙げる事すらできない──そんな立場の人間でなければならない」

「一年という時間の中で、大きく矛盾する権力を持つ人物。それは恐らく──」


<双葉>

「だから、どうしてそれで校長先生になるのよ? もう、わけが分からないんだけど」


<秋人>

「そりゃ決まってる。校長って肩書きだった人物が、今話した『立場』という条件にピッタリと当てはまっているからだ」

「一年前には絶大な権力を持ち、対して今年は全くの無力。お前らの学校の校長なら、丁度そんな立場にあったんじゃないかと思ったんだが……そうじゃないのか?」


<全員>

「????????」


<優希>

「す、すまない。私は今、何の話を聞かされているのだ?」


<秋人>

「そうか、分かり難いか。まあ、俺自身も確証のない話だからな」

「だったらもう少し分かりやすいように、今度は俺から質問をさせてもらう。悪いが答えてくれ」


<聖司>

「ぐ……何ですかこのプレッシャー」


<秋人>

「ずばり聞くぞ。お前たちの学校の校長先生ってのは──」



 去年あたりで、変わっているんじゃないか?



<全員>

「………」

「……」

「…」

「!!!???」


<秋人>

「その様子だとビンゴか? なあ、そこの卒業生の二人」


<優希>

「ぬ、ぬぁ」


<聖司>

「は、はい」


<秋人>

「お前たち二人は、最初の方で下らない世間話をしていたな?」


<聖司>

「は? え、ええと……」


<秋人>

「盗み聞きさせてもらってたが、お前たちの話は大体こんな内容だったはずだ」


『一週間くらい前、随分と久しぶりに、学校で校長先生を見かけた』


「違うか?」


<優希>

「その、とおりだ」


<秋人>

「だとしたら、こいつはどうにも奇妙な内容の会話だ。そうだろ?」


<全員>

「…………」


<秋人>

「一週間前も何も、お前たちは今日、卒業式の壇上で校長先生から卒業証書を手渡されていたはずだ」

「それが、随分と久しぶりに? ついさっき会ったばかりだろ? 若いくせにボケたのか?」


<優希>

「そ、そんな分けが無かろう! あ、あの時の話に出てきていた校長先生とは──」


<秋人>

「前年の校長。今ではない過去に、お前らの学校で校長職にあった人物のこと。だな?」


<聖司>

「そ、その通りで……で、ではひょっとして、だて男さんが言われている校長先生とは……」


<双葉>

「去年の校長先生……」


<優希>

「確かに……。去年の三月を持って、当時の校長先生は定年により一線を退かれている。そして当時の教頭職にあった先生が、後任として校長先生になられたわけだが……」


<秋人>

「なら。今日お前たちが卒業証書を受け取ったのは、去年まで教頭だった人物であり」

「そして。榎本正成の退学騒ぎがあった一年前には、他の人物が校長職についていたわけだ」


<優希>

「その……とおりだ」


<秋人>

「去年までは、絶大な発言権を持ち。しかし今年の卒業式においては、完全な部外者」

「そんな人物が今から一週間くらい前、学校に姿を現していた。そうなんだな?」


<優希>

「先生は……われわれ卒業生の様子を見に立ち寄られたと……」


<秋人>

「だったら。その時、榎本正成の卒業証書は、203枚の証書束の中に紛れ込まされた。そう考えることもできる」


「つまり」


「一連の細工を施すために必要な、酷くバラバラに矛盾した条件を満たす人物。それは……」


<全員>

「………」

「……」

「…」


<秋人>

「……ふう」

「とまあ、お聞きの通りだ。結局、半分は寝言みたいな話だったわけだが」


<双葉>

「え、え?」


<優希>

「締めくくりは……言わないのか?」


<秋人>

「あ、締めだぁ? 知るか。自分で考えろ」


<聖司>

「そ、そんなご無体な……」


<秋人>

「それに、最初に言っただろ。この話を鵜呑みにするなってよ」


<聖司>

「それはそうですけど」


<秋人>

「大体だ。今、一番の問題は、そんなことじゃないはずだぜ?」


<双葉>

「え、え、ええ?」


<秋人>

「今考えるべき一番の問題。そいつは……」


<全員>

「…………」


<秋人>

「ここの支払い、どーすりゃ良いわけ?」


<全員>

「…………あ」






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