第3章 ギンとカンナ

第7話 留まる。

森と山に入ってくる人間の数が増えるにつれ、新天地への移動を決める仲間達も増えていた。

年寄りや幼子を抱えながら、立ち向かう術のない銃や罠に怯えながら暮らすよりはいいんじゃないか、とギンは思う。


いずれ自分もと思わないでもないが、山を歩き野を走り谷を越え、湖のふちに立つと、この地で過ごした家族との穏やかな日々の思い出が、知らず知らずのうちに胸にあふれてくる。

母さんのどこか甘い香りのする懐に父さんの力強い背中、祖父母のどこまでも優しい瞳とやんちゃな兄弟達の笑い声。そして温かいねぐら。


ふいに、頭上の甲高い声に我に返った。見上げると頭部が赤い鳥が鳴いている。雄のアカゲラだろう。

今夜のねぐらは丘の下に決めている。途中、埋めた野ねずみを2.3匹回収して向かえば、ゆっくり朝寝坊が出来るってもんだ。

ゆるり足を踏み出すと、柔らかい下草を踏み分け歩き出す。

そういくらも進まないうちに「あの」と控えめな声がかけられた。

ギンは横に飛びながら声がした斜め後方へ目をこらす。


太い木々が重なった奥の方にある木の根元の穴から、少し怯えたような丸い目がこちらを見ている。若いきつねだ。毛の色からすると同族らしい。低い声で問う。

「おまえ、腹減ってるのか」

若いきつねは自分から声をかけてきたくせに答えず、絶えず伺うような視線を投げかけてくる。

「俺は今からねぐらに帰る。ねずみを掘り返してからな。来るなら来い」

振り向かず歩き出したギンの少し後ろを、頼りなげな足音がひたひたとついてきていた。


これで明日の朝寝坊はなくなったな、と思いながらも悪い気分ではなかった。





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