#21
夜
”へヴン”から大音量が漏れている。
近隣住民の迷惑などお構いなしといった感じで毎晩騒ぎ散らしている。
”へヴン”のマスターである田中良一はカウンターで煙草を吸っていた。
そのカウンター下には”SCAR”から渡された新たなクスリが入った段ボールがあり今夜もこれを”SCAR”の若い衆に渡し、さばかせるのである。
クラブ”へヴン”の向かいにある空き家の屋根に楓は中腰で待機していた。
【やり過ぎた】と若干の後悔があったコスチュームだったが正体を隠すには申し分無かったのでこれで行くことに決めていた。
楓は《鳥飼インダストリーAS研究所》にあった高性能望遠鏡を持ち出し覗き込む。
数百メートル先まで鮮明に見れるとされているこの望遠鏡は人が入り込めない場所などの調査や状況把握の為に開発されたものだと研究員は言っていた。
当初は見込みアリとされていたが、その後ドローンの登場などで研究は頓挫となった模様。
”へヴン”の建物には1カ所だけガラス窓があり幸運だった、その窓から直線上にカウンターが見え、男が確認できたことだ。
カウンターの男は時折、客に酒を注ぐがそれ以外はずっと煙草を吹かしてたたずんでいるだけだった。
それから数時間、楓は”へヴン”が落ち着くのをただただ待っていた。
踊り狂っていた若者たち(おそらくそのほとんどがSCARの息の掛かった輩だろう)が引き上げていく行く中、数名の男がカウンターへ集まってきた。
楓は覗き込んだ望遠鏡からその様子を伺る。
声まではさすがに聞くことは出来ないがどうやらカウンターの男が集まった男達に指示を出しているように見える。
そしてマスターがカウンター下から段ボールを取り出し男達に渡していった。
楓は望遠鏡のスコープをさらに上げて手渡した物の確認をした。
【クスリだ】楓は機械音の声で呟いた。
これであのマスターから”SCAR”の事を聞き出せる。
*
男達はクスリを受け取ると”へヴン”を後にした。
店にはマスターの男一人になっているようだ。おそらくこの男が”SCAR”からクスリを捌く様に指示されている人物と楓は断定する。
ようやく動き出せる。
腕に付けているリールを向かいの”へヴン”屋上に向け、ワイヤーを放った。
伸びたワイヤーが突き刺さると楓はそのまま放物線を描く様に”へヴン”の窓目掛けて降りていった。
”ガシャン!!!”
窓ガラスを突き破って楓は”へヴン”内へと突入した。
マスターが度肝を抜かされた様に楓の方を見ていた。
『・・なんだ!』
楓はその問いかけには一切耳を貸さずにマスターの所まで歩み寄って行った。
そのまま右手でマスターの首を掴むと壁に押し当てて【クスリを捌いているだろ】機械音の声で訪ねた。
『な・・なんのことだよ・・』
【すべて見ていた、SCARの指示だろ】
『しらねえって!』
楓は首を掴んだまま片手でマスターを持ち上げる。
『!!!いてて』
【お前がカウンター下からクスリを出して男達に渡していただろ】
『あんたか・・昨日、SCARの売人締め上げたのは!』
【お前も締め上げるぞ】首を掴む腕の力を上げる。
『あー・・わかったよ話すよ』
【SCARのボスは誰だ】
『それは知らない・・』
締め上げた腕の力がさらに上がる。
『本当だって・・SCARのボスは一部の人間しか知らないんだよ・・』
どうやら嘘ではなさそうだ。
『ただ・・確かクスリを持ってくる人間が前に”ファントム”って言ってた・・』
【ファントム・・】
『ああ、俺たちはそれ以上は知らない・・』
【クスリについては?】
『それも解らない・・・・ただ・・』
【ただ、なんだ】
『新種が出来たらしくこれまで少ししか捌いてないが・・』
【・・・・】
『そのあと必ずナインゲート(第9地区)で殺人事件が起こってたよ・・』
【クスリと関係あるのか】
『それは解らないが・・新種を捌いた直後のだったから記憶に残ってたんだよ・・』
【なんてクスリだ?】
『”ナイトメア”だ』
【”悪夢”・・か】
『俺・・殺されるのか?』
【殺しはしない。悪は法で裁く】
『どっちにしろここまで話したら”SCAR”に殺されるだけだ・・』
【そうはさせない】楓はそう言うとマスターを括り出した。
そしてお腹に1発パンチを食らわすとマスターは気を失った。
楓は退院した日に美和と会った時の話を思い出していた。
(あなたが眠ってる間に5件の死亡事件よ・・治安が悪いと言っても少し多いわ)
楓はマスターを抱えると少し考え込んで夜の”第9地区”を後にした。
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