最終章「輝く世界」

第45話「終末の光」

 【1】


 スペースコロニー・光国グァングージャを照らす疑似太陽の光が落ち、人工の夜の帳が下りる。

 公務を終えたマザーは、毎晩の愉しみとしている夜景鑑賞のため、手に取った提灯ちょうちんが宿す蝋燭ろうそくに火を灯す。

 宮殿の中に広がる暗い廊下を、僅かな灯りだけで静かに進み……そして異変に気がついた。


「これは……!」


 廊下に倒れる複数人の警備兵。

 うめき声が聞こえるため命は奪われてないようだが、この光景は紛れもなく何者かの侵入を表していた。


「おやおや、女王様が護衛もつけずにひとりとは。少々、不用心ではないかな?」


 背後から聞こえた聞き慣れぬ声に、マザーは咄嗟に振り向きざまに指を変形させる。

 鋭い針のような形状になった指が真っ直ぐに声の主を捉え、貫いた。


 ……はずだった。


「さすがは水金族のマザー。巧みな擬態能力、賞賛に値しますな。だが──」


 胴体を貫かれても微動だにしない黒衣の人物。

 彼は何やら針の付いた小さな道具を取り出し、自身に突き刺さったマザーの指を掴み道具を押し当てた。


「うっ……!?」


 自身の中から何かが吸い出されるような不快感が、マザーを襲った。

 咄嗟に指を切り離したものの、全身から力が抜けるような強い疲労感に、その場に崩れ落ちる。


「あなたは……いったい……!?」

「これで良い。これで、地球は──」


 マザーの問いかけを無視するがごとく、謎の人物は高笑いした。


「地球は、ヘルヴァニアというけがれから解放される……!!」



 【2】


 爽やかな朝の日差しが差し込む土曜日のリビング。

 カーティスはコーヒーのグラスを傾けながら、程よい苦味に舌鼓を打つ。


「ふぅ……今日もお前の作った朝食は最高だったぜ」


 食器を自動洗い機に入れ終えたロゼへと、クールに礼を述べた。

 エプロンを外した彼女が、その言葉にニッコリと笑みを浮かべる。


「お粗末さまでした。ねえ、カーティス……」

「ン? なんだロゼ?」

「これって、何ですの?」


 そういってロゼが懐から取り出したのは、一枚の女性用パンツ。

 若干くすんだ白色をしたそれを、カーティスには見覚えがあった。


 ──そうだな、女子高生のパンツでも貰えたら考えが変わるかもしれんなあ!

 ──わかったわぁ。


 あれは半年前。

 裕太から協力を要請されたカーティスは、面倒くさがった末に諦めてもらう口実として、冗談半分に女子高生のパンツを要求した。

 ところが、彼の隣にいたエリィが快く了承し、脱ぎたての下着を献上したのだ。

 その結果、カーティスは否応なしに協力せざるを得なくなり、そのおかげで裕太は助かったわけであるが。


「え、えっとだな……それは無理やり押し付けられたと言うか、仕方なしにだな……」


 言い訳を考えようとして、うまく言葉が出てこない。

 どうやって言いくるめれば納得してもらえるか、必死に思考を巡らせながらしどろもどろしていると、ロゼがひとつため息をつく。


「もう、しょうがないですわね……」


 そう言ったロゼは、頬を赤らめながら自らのスカートの中に手を入れ下着を下ろした。

 そしてそのパンツを手に持ち、そのままカーティスへと差し出す。


「……脱ぎたての下着が欲しいのでしたら、わたくしのを差し上げますのに」

「ロ、ロゼ……!」

「カーティスが望むのであれば、わたくしはできることであればなんだってして差し上げますわ」

「うおおーい! なんていい嫁なんだお前はーっ!」

「やだ、カーティスったら。まだ朝ですのに……」


 感極まってロゼに抱きつくカーティス。

 彼女も決して嫌がることなく、恥ずかしがりながらも抱擁を返す。


 そのまま二人で、アハハウフフと言い合いながらリビングでくるくると回っていた。



 ※ ※ ※



「……のう、レーナ。あれが地球流の夫婦の愛し方なのかの?」

「違うからね? あれはあの二人が変態バカップルなだけだからね? あれが地球のデフォだと光国グァングージャに伝えたらダメだからね?」


 リビングでバカップルがはしゃぐ様子を、リビングと廊下を隔てるガラス扉越しに眺めながら、シェンに言い聞かせるレーナ。

 地球観光の宿代わりに、部屋が余っているからとカーティスの屋敷にナインも含めて三人で泊まることにしたのは良かった。

 おかげで旅費が節約でき、予定に入れていなかったテーマパークへの来訪や、ちょっと奮発した食事が遠慮なく可能となったからだ。


 ところが、このカーティスとロゼの、籍こそ入れてはいない実質夫婦が厄介だった。

 日の高い内から人目をはばからずにイチャつき合うのはまだ我慢ができなくもない。

 ところが夜には二人で寝室で盛り上がっている音を、壁越しに聞こえるほどに豪快に鳴らし続けるのだ。

 この騒音被害については、シェンとナインに限っては個室が少し離れた部屋であることもあり、外の物音だと勘違いしてそもそも行為に気がついていないのが幸いである。

 ところが隣室でかつ、彼ら二人が何をしているかを知識として理解しているレーナにとってはたまったものじゃなかった。

 かといって一宿に限らない恩義に背くこともできず、レーナはいろいろなものを我慢し続け、若干寝不足になりつつあったのだった。


「ロゼさんは、まともな人だと思ってたのに……。まあ、あのふたり同士で好き勝手やってるだけだから、身を守る必要はないのがいいんだけどね……」

「何から身を守る必要があるのだ、ゼロナイン?」


 寝間着姿で仁王立ちするナインが、首を傾げながら尋ねる。

 どう答えようかと少し悩み、率直に返すことにする。


「あのカーティスって男からよ」

「はて? 彼は敵ではないではないか。かといって急に裏切るほどの不義理な男でもない。何を心配しているというのだ?」

「……もう良いわよ。シェン、ご飯にしましょうか」

「そうじゃのう。いい匂いを嗅ぎ、わらわは腹ぺこじゃ!」


 意気揚々とガラス戸をシェンが開ける。

 来訪者の登場に気がついたカーティス、ロゼ夫婦はハッとした感じに抱き合うのをやめ、ぎこちない笑顔でシェンへと朝の挨拶を交わした。


「あ、おはようございますわ。シェンさん」

「お、起きるの遅かったじゃねえかてめえら」

「おはようなのじゃ、ご両人。昨日の夜は遅くまでテレビゲェムなるもので白熱しておったのでの」

「えっと、朝ごはんですわね? スクランブルエッグはいる?」

「おお、あるのなら欲しいぞ! わらわはあれが大好物じゃ!」


 食卓に座り、はしゃぐシェンの隣に、レーナも腰掛ける。

 正面の席にはナインが座り、牛乳パックから牛乳をコップに注ぎ入れて喉を潤していた。

 ロゼがタマゴをフライパンに割り入れ、ジュウジュウという音を鳴らす中で、レーナはカーティスを呼び寄せた。


「何だよ、レーナ嬢」

「あの二人が勘違いするから、あまりお熱い姿を見せないでくれるとありがたいんだけど」

「ったく……文句あるなら出ていけよっての。善意で泊めてやってんだから文句言うんじゃねえ」

「せめてやるなら、人目を気にしてよって言ってるのに……」


 聞く気がないカーティスの態度に、深いため息をつくレーナ。

 この悶々とする感情と疲労感を癒やすには、愛しの進次郎に会うしかない。

 たしか今日は、ネオ・ヘルヴァニアとの戦いの際に欠席した分の補習授業のために学校に行っているはずだ。

 今日という日に特に用事を用意していなかった過去の自分にグッジョブを送りつつ、レーナは運ばれてきた朝食に向けて箸を手にとった。



 【3】


「────と、言うわけでだ。第1次宇宙大戦は、米露の痛み分けに終わった形となった」


 教壇に立つ軽部先生の説明に、裕太は肘に載せた手に顔を乗せながら話半分に聞いていた。

 つい先月、ネオ・ヘルヴァニアから地球を守るという大偉業を達成したのに、その先に待っていたのが休日を潰しての補習ではやりきれない。


「こら、笠本。手が止まっているが聞いているのか?」

「聞いてますよ……はぁ」

「裕太、ちゃんと聞かなきゃダメよぉ」


 隣の席のエリィが、ペンの頭で小突く。

 少し離れた逆側の席では、まるで活字のようなきれいな文字でノートに内容をまとめる進次郎の姿。

 そのすぐ後ろには、にこにこ顔で真っ白なノートを広げたままのサツキ。

 テスト勉強に困ったら頼る相手に恵まれている裕太は、早く授業終了のチャイムが鳴らないかと、時計とにらめっこを頻繁に行っていた。


 あと10分。


 あと5分。


 あと2分、1分、30秒、10秒……。


「──であるからして。って、チャイムが鳴っちまったか。今日の授業はここまでだ。来週末はテストだから、しっかり復習しておけよ! 銀川、号令をよろしく!」

「起立! 礼!」

「「「「ありがとうございました!」」」」


 待ち焦がれたチャイムのファインプレーに、ようやく授業から開放された裕太はダランと机に突っ伏した。


「やーーーっと、終わったか……」

「もう。次のテストで泣いてもしらないんだからぁ」

「そうだぞ裕太。サツキちゃんを見てみろ、あんなにしっかりと授業を聞いているじゃないか」

「でも金海さん、ノート真っ白じゃないか」

「私は水金族ネットワークによって、この星の歴史はすべて集合記憶から引き出せるので大丈夫です!」

「それズルだろ~~あっ」


 不意にグゥゥと鳴る裕太の腹。

 そういえば昼飯時だったなと思いつつ、学生カバンをよっこらしょと言いながら持ち上げる。


「メシ食いに行こうぜ!」



 ※ ※ ※



 裕太たち以外に生徒のいない静かな中庭で、ベンチに座って弁当を開く。

 綺麗に詰められた鮮やかな具材が、ひとつの絵画のように狭い容器内で個々の色を主張している。


「……裕太、それもしかして銀川さんの?」

「ああ、わかるか? エリィが作ってくれたんだ」


 昨日の帰り道、突然エリィから弁当を作ることを提案されたのだ。

 弁当ならジュンナが用意してくれるから困っているわけではなかったが、彼女が好意でそうやりたがっていることに勘付いた裕太は快く了承をしたのであった。


「すげぇ、ロイヤル弁当だ……!」

「ちょっとぉ。あたしが作ったからって、王室仕様になるわけじゃないんですけどぉ?」

「ああいや、なんて素晴らしい弁当なのだと感動をしていてな」


 言葉の綾だと言い訳する進次郎の隣に、ひょっこりとサツキが顔を出す。


「進次郎さんもお弁当作って欲しいのですか? 私が今度から用意してあげますよ!」

「いや、サツキちゃんの弁当は何から作られているかわからないから結構だよ」

「むー……」


 残念がるサツキだが、進次郎が言うこともわからなくはない。

 なにせ、サツキは水金族特有の擬態能力で必要なものは何でも身体から生み出してしまう。

 つまりは彼女が作る弁当とは食べ物から容器に至るまで、彼女の身体で構成されているとしても何らおかしくはないのだ。

 たとえ分子レベルで変容させたものであったとしても、彼女の一部を食することは避けたいことであるだろう。


「わかりました! では進次郎さんは向こうに見えるあの子にお弁当を作ってもらえば良いんです!」

「向こうに見えるあの子って……?」


「し・ん・じ・ろ・う・さ・ま~~~~~!!!」

「ぐふうっ!?」


 視界外から走ってきた何者かが、進次郎へと飛びかかった。

 何者かというか、あの真紅のツインテールと様付けの呼び方はレーナ以外の何者でもないのであるが。


「あ~~ん、進次郎さまお弁当を作って欲しいんですか? わたし、毎日でも宇宙からお届けしますよ!」

「け、結構だレーナちゃん! 気持ちは嬉しいが結構だと言っている!」


 頬を擦り寄せるレーナに、口元を緩ませながらも断る進次郎。

 多分了承をすれば最後、毎日サツキの嫉妬を浴びる羽目になるであろうことは想像に難くない。

 今も、サツキは進次郎に抱きつくレーナを見ながら両頬を膨らませ、俯いて小声でブツブツとなにかを呟いている。


「ホンマ、仲がええなあ。レーナはんは」

「内宮じゃないか、いたのか」

「居たのか、やないわ。隣のクラスであんさん方と同じく補習やっちゅうねん」

「そういえば、そうだな。当たり前だよな」


 ハハハと笑い合いながら、話の輪へと内宮を迎え入れる裕太。

 彼女に対してはフッてしまったこともあり、裕太としては後ろめたい気持ちはあるのだが、だからこそ彼女とこれまでと変わらない交友を続けている。

 エリィも内宮のことは気にしていない、というか勝者の余裕でむしろ威風堂々としているのでこれで問題は無いのである。


「……ところでレーナはん、その制服どこから持ってきたんや?」

「あ、これ? 似合うでしょ~」


 進次郎から一旦離れ、レーナがその場でスカートの端を指で摘んでその場でくるりと一回転。

 紛れもなく東目芽ひがしめが高校の制服であるが、部外者である彼女がそれを着ているのは確かに不自然だ。


「これね、あまり言いたくないんだけど……カーティスのおじさんが新品を持ってたの。しかもサイズ別に6着くらい」

「えっ、あのエロオヤジ……何でまた?」

「どーせ、ロゼさんとコスプレして遊ぶためじゃないのぉ?」


「裕太よ。その“こすぷれ”とは何じゃ?」


 背後からの声にビクッとして振り向くと、ベンチの背もたれの裏にシェンとナインが居た。

 ふたりともレーナ同様、東目芽ひがしめが高校の制服に身を包んでいる。


「シェン達も来てたのか。というか、着てたのか」

「地球の学び舎に赴くにはこの衣装を着るのが礼儀と聞いたのじゃよ」

「防具としての信頼性には欠けるが、生地の丈夫さには目を見張る。なかなかの戦闘衣装だと見受けられる」

「あのね、ふたりとも。そうやって制服とかの衣装を着て、その……仲良くするのがコスプレよぉ?」


 言葉を濁しながらふたりに説明をするエリィ。

 だが伝え方が悪かったのかナインに「では裕太達も、そのコスプレとやらの真っ最中なのか?」と聞き返され、全員で苦笑するハメになった。


『むむむっ! 私がいないところで面白い話をしているな!!』


 こういった話題に真っ先に飛びつくはずの声が、裕太の携帯電話から響き渡る。

 同時に、エリィの携帯電話からも『私も居ますよ』とジュンナが主張した。


「ジェイカイザー。静かだったから存在を忘れかけていたが、どこ行ってたんだ?」

『ひどいぞ裕太!』

『ジェイカイザーと私は、機体整備を手伝うために警察署に居たんですよ』

『それが終わって、ジュンナちゃんと一緒に家に帰り着いたから、ネットワーク回線を通じてようやく来れたというわけだ!』

『ぺこり』


 ジェイカイザーたちの事情がわかったタイミングで、再び裕太の腹が低い唸り声を上げる。

 その音をみんなに茶化され、笑われながらも、大人数でベンチを囲んだ昼食会が始まった。



 【4】


 昼食が終わり、中庭で思い思いに過ごす面々。

 レーナと内宮は、携帯電話で何やら動画を見ながら盛り上がっている。

 シェンとナインは、鯉の泳ぐ池を興味津々。

 一方、進次郎はサツキのご機嫌取りに必死になっていた。


 そんな様子をベンチに座ったまま眺め、裕太はエリィの手弁当に満たされた腹を手で擦る。


「いやあ、美味しかった。絶品だった」

「嬉しいわぁ! 早起きして作った甲斐があったってものよぉ!」

『羨ましいぞ、裕太! 私もジュンナちゃんから愛妻弁当をもらいたいぞ!』

『どうやって食べる気ですか? それともコールタール100%弁当でも要りますか?』

『それはもはや水筒ではないか!?』

「ジェイカイザー、ツッコミのベクトルがズレてね?」


「はっはっは、相変わらずにぎやかだね。笠本裕太くん」


 にこやかに笑いながら現れたのは、スーツに身を包んだ老人・訓馬だった。

 突然の学校への意外な来客に、裕太はかしこまりつつも立ち上がる。


「訓馬さん、どうしたんですか突然」

「いや、なに。君たちの耳に入れたい情報がひとつあってね」

「なんだか久しぶりねぇこの感じ。前も訓馬さん、学校に来たことあったわよね」

「それもそうだな。あの時もジェイカイザーについてのことだった」

『あの時もということは、博士。もしやまたも私についての新情報が!? 今度は何だ、新形態か? それともついに構想だけはされていたとされる、単身での変形機能の実装が!?』

「いや、そのどれも違う。ジェイカイザー、君は────」


「みんな伏せろッ! 隕石が降ってきたぞーーー!!」


 軽部先生の叫び声から間もなく、大きな振動が裕太たちを襲った。

 声に反応して姿勢を下げていたため裕太たちは大丈夫であるが、他の皆がどうなっているかを見ているほど余裕はない。

 窓という窓がガタガタという音を鳴らし、遠くからは鳥が一斉に羽ばたく音や悲鳴が響き渡る。

 ほんの数秒の振動ではあったが、程なくして収まり、休日故に少ない学校中の人がザワザワと窓から顔を出し始める。


「い、一体何があったっていうんだ?」

「みんなは……無事そうねぇ。訓馬さんは大丈夫?」

「私も無事だが……今の振動は」

『裕太見ろ! グラウンドの方だ!』


 ジェイカイザーに促され校庭を見ると、その中央に大きなクレーターが出現していた。

 走り寄って慎重にそのクレーターを覗くと、そこには地面へと突き刺さった金色に光る円錐がひとつ。

 裕太に続き、進次郎やレーナたちも次々とクレーターを覗き込む。


「何だあれは?」

「黄金のピラミッド……にしてはツルツルね」

「金色て、サツキはんと関係があるんやないか?」

「もしかして……お母さん?」


 サツキがクレーターの坂道を下り、中心へ向けて歩く。

 彼女が近づいたのに呼応するように、金色の円錐が溶けるようにその形状を変化させ、やがて人の姿となった。

 その人物の顔を見て、シェンが叫ぶ。


「……姉様あねさまではないか!」


「お母さん、どうしたんですか突然?」

「サツキ、あなたはまだ無事なのですね? どうかこれを……」


 疲労困憊といった表情のマザーが、サツキに何やら金色の石のようなものを手渡したのが裕太には見えた。

 受け取ったサツキが何だろうといった感じに指で摘んで持ち上げた、その時だった。


「ううっ……!?」


 突如、胸を抑えて苦しみだすサツキ。

 進次郎がクレーターを滑り降りて駆け寄ろうとするが、うめき声を上げながらサツキが液状へと融解していく。


「サツキちゃん!?」


 崩れ行く彼女へと手をのばす進次郎であったが、その手が届く前にサツキだった液体が空中に浮かび上がり────


「サツキちゃぁぁぁん!!!」


 ────そのまま天高く舞い上がり、あっという間に見えなくなった。



 【5】


 しばらく唖然と天を仰いでいた進次郎が、ハッと我に返るなりマザーの襟元を掴み上げる。


「おい! サツキちゃんに何をした!?」

「ええいお主、姉様あねさまに何をするか!」


 いつの間にかクレーターを降りていたシェンが、マザーから進次郎を無理やり引き剥がす。

 手当り次第に殴りかからん勢いで暴れる彼を抑え込むべく、裕太たちも加勢して止める。


「よせ、進次郎! 落ち着け!」

「サツキちゃんはどこへ行ったんだよ! おい!」

「……間に、あいませんでしたか」


 そう呟き、力なく地面に倒れ込むマザー。

 このままでは話も聞けそうにないなと思った裕太は、進次郎を抑え込みながらマザーを保健室へと運ぼうと提案する。

 なんとかクレーターの外へと女性陣でマザーを運び、進次郎とともに裕太も校舎へ向かおうとした時、信じられない光景が裕太の前に広がっていた。


 まるで天を目指すように空を登る、無数の金色に光る輝きたち。

 中庭のベンチの内ひとつや、池の鯉の数匹、植木の花のいくつかや地面に転がる小石たちが。

 そしてクレーターを見下ろしていた学校職員の何人かが、まるでサツキに起こったことをトレースするように金色の液体へと融解し、次々と上空を目指し飛び去ってゆく。

 それは学校だけのことではなく、敷地の外でも、おそらくは世界中で、同様のことが起こっているのかもしれない。

 街全体にザワザワと困惑の声が木霊し、しきりに悲鳴が聞こえてくる。


「何が……起こっているんだ……!?」

「水金族が、宇宙を目指しているのぉ……?」


「勇者どの! これは何事でござるか!?」


 校舎の中から飛び出してきた作業着の男、ガイが裕太へと詰め寄った。

 裕太としても何が起こったのかがわからないので、黙ったまま首を横に振る。


「拙者の使っていた箒も、溶けて飛んでいってしまったでござる! これはまるで、終末の光伝説のようではないか!」

「終末の光伝説? オヤジ、それは何なんだ!?」

「タズム界に伝わる伝説でござる。天より輝きが落ちし時、輝きの家族は空へと昇り、やがて終末の光が降り注ぎ世界は終焉を迎えると……」


 天より落ちし輝き、それは先程降ってきたマザーで間違いはないだろう。

 そして輝きの家族とは、彼女が生み出し地球の様々な物体に擬態させていた水金族。

 そこまでが合っているのならば、これから起こるのは終末の光が降り注ぐということではあるのだが。


「笠本はんっ! 後ろや!」

「うし……ろっ!?」


 裕太が振り向くと、そこには金色に輝くひとつの巨大な球体が浮いていた。

 そしてその球体はまぶたを開くように展開し、ギョロリとした瞳が表面に浮かびあがる。

 ファンタジーゲームで見るような、浮遊する目玉のモンスターを彷彿とさせるそれは裕太を一目見ると、目を閉じて姿かたちを変容し始めた。


「勇者どの、戦うでござるっ!!」

「あ、ああ! 進次郎たちは、安全なところに避難を!!」


 裕太は叫んでから一歩前に出て、携帯電話を手に取り天高く掲げ、そして叫んだ。


「来いっ! ジェイカイザァァァッ!」



 【6】


裕太の背後に魔法陣が3つ出現し、それぞれジェイカイザー、ブラックジェイカイザー、そして〈赤竜丸〉が地面からせり上がるように出現する。


「エリィ、お前も戦うのか!?」

「裕太にだけ任せて避難はできないもの! あたしだって、戦えるから!」

「拙者も行くでござる! 敵が動き出す前に、乗り込みを!」

「ああ!」


 裕太は急いでジェイカイザーのコックピットへと続くタラップを駆け上がり、パイロットシートに腰を下ろした。

 操縦レバーを両手で握り、指先で神経接続のピリッとした痛みを感じる。

 外を映すディスプレイに光が灯り、背後で準備が整う僚機と、正面で見覚えのある形状へと変形しつつある謎の敵が目に入る。


「これは……宇宙怪虫の女王!?」


 敵が変形を終えると、メッキが剥がれるように金色の輝きが消え、そして甲高い声で咆哮した。

 その姿は、裕太が半年以上前に修学旅行で戦った、宇宙怪虫の女王の姿そのもの。

 巨大なカマキリのようなシルエットをしたその怪物は、ジェイカイザーのウェポンブースターを伴った攻撃でも打ち破れないバリアーを展開する強敵。

 同じ姿をした敵が同様の能力を持っているとするならば、裕太の取る手は一つだった。


「エリィ、合体だ!」

「え? もう!?」

『初手で合体など、ヒーローのやることではないぞ!』

「言っている場合か! パワー不足で苦戦している時間はない! ジェイカイザー、ハイパー合体!!」


『おう!』

「ええ!」

『合体プロセスを開始』


 空中に、ジェイカイザーとブラックジェイカイザーの2機が飛び上がった。

 エリィの乗るブラックジェイカイザーの四肢が分離し、巨大な手足へと変形する。

 空中に転送された合体パーツがジェイカイザーの足を火花を上げながら包み、そこに変形したブラックジェイカイザーの脚が合体。

 今度は合体パーツがジェイカイザーの腕を通し、一体化。

 足のときと同じようにブラックジェイカイザーの変形した腕が装着される。

 エネルギーが通り光のラインを浮かび上がらせる腕から、金色に光る手が伸び力強く宙を握る。

 残されたブラックジェイカイザーの胴体が上下に分離し、上半分が仮面をかぶせるようにジェイカイザーの頭部を包み込む。

 残りの合体パーツが次々と舞い上がり、ジェイカイザーの胴体を覆っていく。

 最後に残されたブラックジェイカイザーの胴体がコックピットハッチを守るように装着され、胸に輝くエンブレムが現れた。


 そして、仕上げとばかりにジェイカイザーの口元が鋼鉄のマスクで覆われる。


『時間もないので中略しつつ、閃光勇者ハイパージェイカイザー! 理論値最速で見参っ!!』


 長々とした合体の最中に、事態は進んでいた。

 真っ赤に燃え上がる炎をまとった剣を握った〈赤竜丸〉が、カマキリとのチャンバラから離脱。

 剣を構え直し、必殺技の前モーションに入っていた。


「オヤジ、先走りやがって!」

「ええい悠長な合体など待ってはおれぬ! しょうりゅうざん!! 」


 下から上への、ジャンプを伴った切り上げ。

 炎の剣が描く残光が、まるで天へと立ち上る竜を幻視させるその技によって、女王虫が真ん中から断面を炎上させながら左右へと切り開かれた。


「やったかっ!?」

「バカ、オヤジ! そんな事言うと……!!」

「なにっ!?」


 すんざく断末魔を放ちながら左右に別れた女王虫が、空中融解し金色のふたつの球体へとその身体を変化させる。

 かと思うとその球体は再び形を変化させ始め、今度は人型のマシーンのような姿へと変形した。


「あれは……〈マグナドーン〉!?」

「エリィ、知っているのか!?」

「ほら、ジェイカイザーと会って間もない頃にドラマの撮影あったじゃない。あの時にやられメカとして用意された大道具のベースの機体よ! 旧式だけど強力な……重機動ロボ!」



 【7】


 2機の〈マグナドーン〉のうち片方が、肩部からミサイルを放出した。

 背後の校舎に一発も通すわけにはいかないため、裕太はハイパージェイカイザーをミサイルの飛ぶ先へと飛び込ませ、正面で腕をクロスさせる。


「フォトンフィールド、展開ッ!」


 無数のミサイルがジェイカイザーから放たれた緑色の光に触れ、爆散する。

 その傍らでは、もう1機の〈マグナドーン〉が〈赤竜丸〉へ向けて先端がミサイルポッドとなっている腕を振り下ろしていた。


「そんな鈍重な動きでは、拙者は捉えられぬっ!」


 軽快なバックステップで殴りつけを回避する〈赤竜丸〉。

 そのまま地面へとポッドを叩きつける形になった〈マグナドーン〉だったが、突然その腕が激しい爆発を起こして吹き飛んだ。


「なっ!?」

「ミサイルポッドで地面を殴ったら爆発するのは当たり前よぉ!」

「あいつら……戦い方を知らないのか!?」


 肩から先を失った〈マグナドーン〉は、まるで何が起こったのか理解できていないように首を傾げていた。

 かと思うと飛び散った破片がひとりでに集まり、何事もなかったかのように失った腕が元に戻っていく。


「変形に、無限再生かよ!?」

「これじゃあ倒せないわよぉ!」

「拙者に任せるでござる!!」


 一歩前に出た〈赤竜丸〉が、天高く剣を掲げ足元に魔法陣を出現させた。

 その周囲からは炎の柱が次々と昇り、剣先へと集まってゆく。


「人に仇成す悪しき魂よ、地獄の牢獄にその身を収めよ! プリズン・バーニングッ!」


 ガイの詠唱とともに剣が振り下ろされ、放出された炎が2機の〈マグナドーン〉を包み込む。

 そのまま炎が渦巻のように螺旋を描き、その中心に敵を閉じ込めた。


「オヤジ、何をしたんだ!?」

「魔法の炎で敵を閉じ込めたでござる! これで、拙者の魔力が尽きるまでは動きを封じられるでござろうが……」

『……この方法は根本的な解決にはなりませんよね?』


 ジュンナの言うとおりである。

 この方法は、いわば敵を封じ込めたにすぎず問題を先送りにしただけである。

 しかも、ガイの魔力が尽きるまでのわずかな時間だけ。


「今のうちに、この敵をなんとかする方法を考えないとぉ……」

「性質的には水金族? だよな?」

『確かに、日頃から我々が見ているサツキどのの変容と似たものではあったが……』

『彼女はかつて、私がガトリングで霧散させても元通りに戻りました。物理的な方法で致命打を与えるのは不可能では?』

「とは言っても、魔法剣も効かなかったでござる」


 時間がないというプレッシャーの中であることを除いても、とっさにいいアイデアなど出ようもない。

 唯一答えを知っていそうなマザーは、現在意識を失っている状態。

 悩んでいる間にも、徐々に敵を包み込む炎が細くなっていく。


「オヤジ、後どれくらい持つんだ!?」

「うむ……おおよそ、あと1分と言ったところであろうか……」

「たったの1分!? もう時間がないわよお!」

「そう言われても拙者、魔法は不得意分野であるからして……」

『裕太、敵が暴れ始めたぞ!』


 ジェイカイザーの叫びに前方に視線を戻すと、檻の中の〈マグナドーン〉がしきりに腕を振り回していた。

 炎の中で爆発と再生を繰り返しながら、脱出しようともがいていた。


「ぐうっ……! こう暴れられては持たぬッ!!」

「くそっ、時間切れかよ……!」


 炎が消え、自由の身となった2機の〈マグナドーン〉。

 校舎を狙うように、両腕のミサイルポッドを正面に向ける。


 魔力を失い、膝をつく〈赤竜丸〉。

 このまま守り続ければ、ジェイカイザーのエネルギーが持たない。

 かといって、相手は倒す方法のない敵。


 絶体絶命の、ピンチだった。


「こうなったら、あいつらを宇宙まで打ち上げて……」

「どうするのよぉ! 真空で死んでくれるようなヌルい怪物とは思えないわよぉ!」

「じゃあどうすれば良いんだよ! このままじゃ全員やられちまうだろ!」


 どうしようもない苛立ちが頂点に達し、肘置きを殴りつけたときだった。

 突如入る通信、聞こえてくる少女の声。


「総員、対ショック防御! 空間歪曲砲、発射ッ!」


 上空から、光の螺旋が敵へと降り注いだ。

 まるで粉になって吹き飛んでいくように、光線の中で消滅する〈マグナドーン〉。

 これまでの苦戦が嘘のように、あまりにもあっけなく、着弾点の地面ごと謎の敵は消滅した。


「間に合ったようですね。ご無事ですか?」

「助かったよ……遠坂さん」

「レーナから緊急の通信が入ったため駆けつけました。これより校庭に〈Νニュー-ネメシス〉を着陸させます。怪我人等がいる場合は優先的に運び入れてください」


 通信が切れると同時に、上空からゆっくりと降下する宇宙戦艦〈Νニュー-ネメシス〉。

 その勇姿を見上げながら、裕太は安堵の息を漏らした。



 【8】


「ニュースを視聴中のみなさん、ご覧ください! これは現実の映像です! 世界各地に突如、金色に光る怪物が姿を表しました!」

「現場より中継です、現在ここニューヨークでは、アメリカ軍キャリーフレーム部隊による怪獣鎮圧作戦が行われている最中です! しかし怪獣はいかなる攻撃を受けても倒れることなく大通りを我が物顔で闊歩しております!」

「モスクワより中継です! 突如現れた謎の兵器群はロシア連邦軍と交戦中!」

「日本では東京に現れた重機動ロボと自衛隊による交戦が開始されました!」

「怪物の出現の直前、人や物が金色に溶けて無くなってしまう怪事件も世界各地で発生しました。アメリカ軍によって“メタモス”と名付けられた怪物と、怪事件との間に関連があるかどうかが焦点となりそうです」


 ピッと、壇上の深雪がリモコンでテレビの映像を正面の大スクリーンから消した。

 そして椅子に座る裕太たちの方へと顔を向き、コホンとひとつ咳払いをする。


 先程の戦いあと、裕太たちは〈Νニュー-ネメシス〉へと乗艦した。

 意識の戻らないマザーも医務室へと運ばれ、現在治療を受けている。

 そして今、ブリーフィングルームにて深雪から話があると集合をかけられたところだった。


「この様に、地球中で同様の事件が多発しております。近辺でも、警察や自衛隊が怪物の対処に追われている状態です」

「なあ深雪はん、あの“メタモス”っちゅう怪物は一体何なんや? やっぱ水金族の仲間なんか?」

「それに関しては恐らく……同一の存在と見て間違いないでしょう」


 深雪がリモコンを操作すると、見覚えのある図面が正面の大スクリーンに映し出された。

 それは、裕太達が初めて〈Νニュー-ネメシス〉へと入った時、艦橋で見つけたもの。

 そして、その図面に描かれている一つの存在を見て、裕太は「あっ」と声を漏らした。


「あの図面に描かれている目玉の怪物、もしかして……」

「勘付いたようですね。こちらが、レーナさんから送られてきた怪物の初期の姿です」


 図面の横に写真が表示される。

 写っている怪物・メタモスは、金色に輝く巨大な目玉。

 図面に描かれている怪物もまた、巨大な目玉の姿をしていた。

 思い返せば、あの時サツキは図面の怪物を“かわいい”と形容していたような覚えがある。


「私達は以前より、説明書の図面に描かれている怪物について調査を行っておりました。併せて、金海サツキさんが異常なまでにこの艦を怖がる理由も調べていました」

「サツキちゃんの……あれって、船酔いをしていたわけじゃないのか!?」


 サツキのことが話題に登り、立ち上がりながら叫ぶ進次郎。

 彼としては最愛の彼女が行方知れずとなった現状、落ち着いては居られないだろう。

 隣に座るレーナが、進次郎をなだめながら座らせると、深雪が説明を再開した。


「説明書に記されていた“金食い虫”という艦の名称が引っかかっていたんです。慣用句としてみれば、費用がかかりすぎるモノを指し示すものですが、これがもしも文字通り“金を食べる虫”であったなら」

「あ……水金族」

「そうです。この艦は恐らくですが、水金族……及び、メタモスを倒すために作られた戦艦なのではないかと考えられます。サツキさんは本能的に、この艦が自身を破壊する存在として恐れていたと考えれば辻褄が合います」

「それは変じゃのう?」


 腕を組んだままのシェンが、制服姿のまま発言した。

 深雪がリモコンを指示棒代わりに彼女へ向け、発言の許可を出す。


「水金族というのは、姉様あねさまが生み出した存在じゃろう? 聞けばこの艦は異なる次元に存在する世界で生まれしもの。そのふたつが繋がることがあるのじゃろうか?」

「この説を今まで話せなかった理由がそこなのです。異世界という隔たりが、どうしても解決の糸口を隠してしまうのです」

「……終末の光伝説だ」

「え?」


 裕太のつぶやきに、一斉に視線が集中する。

 その視線の圧に怯むことなく、裕太はガイの方へと顔を向けた。


「ガイのオヤジ。タズム界で伝えられていた終末の光伝説が、今回の出来事をそっくりなぞっていたんだよな?」

「あ、ああ……そうでござる。天より輝きが落ちし時、輝きの家族は空へと昇り、やがて終末の光が降り注ぎ世界は終焉を迎える……」

「オヤジ、もしかして他にも、伝説が残っているんじゃないか?」

「う、うむ……拙者も専門家ではない故にすべてを知っているわけではないが……」


 ガイが数秒黙り、考え込み始めた。

 おそらく必死に思い出そうとしているのだろう。

 しばらくして立ち上がり、大きな声で朗読を始めた。


 ────無数の虫蟲むしむしが彼方より至り、暗黒に浮かぶ住居滅せり。蟲離れ、暗黒の彼方へと飛びされり。

 ────光の国に現れし厄災、凶弾にて女王を討ち滅ぼし国の滅亡を招きけり。国の民、地の星へと移るも安住ならず苦しみに滅す。

 ────火の星より滅亡の光、放たれり。かの星より来たる人々は大地に安住の地を得たり。


「……これが、拙者が覚えている伝説でござる。何か参考に……」

「待って、今ガイさんが言ったことまとめてるから」


 レーナが手帳に手際よく述べられた伝説を文章にまとめ、携帯電話のカメラで撮影した。

 そしてその写真をメールで深雪に転送し、深雪が携帯電話からモニターにその文章を映し出す。


「なんやてっ!?」

「なぬっ!?」

「これって……!!」


 文章を見た内宮、シェン、エリィが口々に言葉を放つ。

 壇上に戻った深雪が、まずは内宮からと携帯電話で指し示す。


「“無数の虫”から始まる伝説やけど、これ修学旅行ん時のコロニーで起こった宇宙怪虫事件のことちゃうか?」


 内宮の発言を聞いてから、改めて見直すと納得がいった。

 暗黒に浮かぶ住居とは、スペースコロニーのこと。

 そうだとすれば、前半の文面は合点がいく。


「でも、あのコロニー・アトランタは攻撃を受けこそすれ、滅んではないぞ? 俺の父さんは今もあそこで働いてるし」

「……そこなんよなあ。宇宙怪虫に襲われた他のコロニーなんて知らへんしなあ」

「では次、シェンさんどうぞ」


 深雪に指示され、立ち上がるシェン。


「“光の国に現れし”から始まる文源じゃが、これはわが祖国・光国グァングージャのことじゃと思うんじゃ。わらわの母上たる女王は革命軍のはなった凶弾で命を落としておる」

「けれども、光国グァングージャは滅んでは居ないし、地の星……たぶん地球だろうけど、移住なんかもしてないよな?」

「あたりまえじゃ。今も民たちは元気にしておるはずじゃ」

「では、最後にエリィさん」


 おずおずと、指されたエリィが立ち上がり口を開いた。


「えっと……自信はないけどぉ。“火の星より滅亡の光”、これって火星のコロニー・ブラスターのことじゃないかしらぁ?」

「確かに……せやけどネオ・ヘルヴァニアを止めたさかい、コロニー・ブラスターは撃たれとりゃへんで?」

「うん……さっきのふたつの伝説もだけど、あたしたちがやったことが無かったことになってるみたいなのよねぇ……」


「……そうか!」


 エリィの発言を聞いて、裕太は立ち上がった。

 伝説に上がっていた3つの事象、その全てに立ち会った裕太は共通項にたどり着いたのだ。


「この3つの伝説、俺達とジェイカイザー、それから水金族が事件に介入しなかったものなんじゃないか?」

「勇者どの、それはどういうことでござるか?」

「まず宇宙怪虫。これは金海さんがツクダニ……宇宙怪虫の幼虫を助け、俺達が敵の女王虫を倒したことでコロニーが救われた事件だ」


 あの時、あの場にいたエリィと内宮、それから進次郎がうんうんと大きく頷いた。


「そして光国グァングージャのこと。シェンが撃たれた事件の時に俺はいなかった。けれど、水金族であるマザーが女王に成り代わったから国が存続したんだ」

「そして、再びの危機にはそなた達により救われた」

「最後にネオ・ヘルヴァニア。俺たちがエリィを助けに行かなければ、ネオノアが要求を通すためにコロニー・ブラスターが発射されたとしてもおかしくはない」


 ブリーフィングルーム中が、ザワザワとざわめき出した。

 みんな飛び出した可能性の点をつなぎ、線にしようとしているのだろう。

 そんななか、深雪が大モニターを平手で叩き、ドンという音で静粛を促した。


「皆さん、恐らく同じ結論に達したと思います。異世界……タズム界に伝わる伝説とは、私達の世界で起こった出来事を記録したものだった、でしょう?」

「しかし、なぜ拙者たちの世界にこの世界の歴史が?」

「しかもオヤジ達が来たのはネオ・ヘルヴァニアの事件の前だぜ?」

「ここからはあくまでも憶測ですので、話半分に聞いてください。私の推論では、もしかするとタズム界とは……私達の地球のはるか未来の世界なのではないでしょうか?」


 広大な部屋を、しんと静寂が包み込む。

 そうかも知れないと思っていたことでも、こう言葉として放たれると現実味が感じられなかった。


「……となると、どういうことだ?」

「ガイさん。タズム界創生の歴史、みたいなものはご存知ですか?」

「ええと、おとぎ話で良いのであれば。終末の光伝説の後、神の手により世界は再生され我らタズム人が生まれたとあるでござる。魔法騎士エルフィスのようなマシナ族は、神の創造よりも以前から存在するらしいのであるが」

「つまり、メタモスと戦うために地球人が〈Νニュー-ネメシス〉を建造するも敗北。その後にマシナ族を作り滅亡。後になんやかんやあって地球に自然が戻り、再び生命の進化がイチから始まり、タズム界が創生された……と考えると、筋が通りますね」

「だからマシナ族はキャリーフレームをモデルにしたような造形だし、タズム界の通貨は日本円なのか」

「恐らく遺跡として残った日本の居住地から発掘された旧貨幣を元にして作ったとか、そういうところでしょう。……とんでもないことになってきましたね」


 深雪の言うことは最もである。

 現在、世界中が水金族・もといメタモスの攻撃に晒され苦戦中。

 このままでは伝説通りに地球が滅ぶかもしれない。


「で、でもぉ! 他の伝説があたしたちと水金族によって結果が変わったのだったら、終末の光伝説も変えられるんじゃない!?」

「エリィの言うとおりだ! このまま滅ぼされてたまるか!」

「しかし、どうするのです? これから〈Νニュー-ネメシス〉で世界中のメタモスを倒す、巡業でも始めるのですか? 根本を叩かない限り、無限に敵が現れることは想像に難くないのですが」

「けれど何もしないんじゃこのまま……」


「方法なら、あります……!」


 ざわめき立ったブリーフィングルームに、弱々しくも芯が通った、女性の声が響き渡った。


───────────────────────────────────────



登場マシン紹介No.45

【兵士級メタモス】

全高:不定

重量:不明


 水金族と同じ擬態能力を持つ怪物、メタモスの尖兵。

 擬態先によって大きさは異なるが、兵士級とされるものはおおむね重機動ロボより少し大きい程度の大きさが擬態の限界だとされている。

 裕太たちが相手をしたものは、最初は宇宙怪虫の女王個体の姿を模していた。

 その後、旧式の重機動ロボ・マグナドーンの姿へと擬態する。

 戦闘能力は擬態先に依存するため非常に高いが、ミサイルポッドを打撃武器として使用し自爆するなど、擬態先の特徴を完全に把握しているとは言い難い挙動を取る。

 なぜか宇宙生命体や重機動ロボなどに擬態する個体はいても、キャリーフレームに擬態する個体は現状確認されていない。



───────────────────────────────────────



 【次回予告】


 いつだって、僕らは抗ってきた。

 襲われれば抵抗し、奪われれば取り返す。

 だから僕らは、大切な人を取り戻しに宇宙を目指した。


 次回、ロボもの世界の人々第46話「星を発つ者」


 ────少年の想いが、世界を救えると信じて。

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