第6章「宇宙の国々」

第31話「光国の風」

 【1】


 ハイパージェイカイザーは、漂っていた。

 いや、波も風もない宇宙空間においては浮いていたというのが正しいかもしれない。

 一度はゼロになったフォトンエネルギーが充分な量になるまで、裕太と内宮は薄暗い明かりの中でじっと待っていた。


「救助……くるんかな」

「さぁ……な」


 コックピットの内側を覆うモニター越しに見えるのは、星々の光と細かい岩塊。

 木製と火星の合間に位置するこのエリアは、無数の小惑星がひしめき合う岩の川である。

 そんな中で宇宙船が偶然ここを通り過ぎる確率など、計算することがバカバカしい。

 わかっていても、不安げな表情を浮かべる内宮の前で可能性の全否定をすることなどできなかった。


 裕太たちが目覚めて早3時間。

 宇宙に出る予定もなく飛び出したので、酸素はコックピット内に閉じ込められたぶんだけ。

 食料は非常用が一人分。水も同様。

 いつまで持つか、わからない。


「なぁ……笠本はん」

「何だ、内宮?」

「なんや、こう二人きりでいると……デートみたいやあらへんか?」

「こんなときに何を……そ、そうだな」


 密閉空間に男女がふたりきり。

 助かる望みは薄く、希望も見えない。

 そんな中、口を開いた内宮に裕太は合わせることにした。


「銀川はんには悪い事してしもうたなぁ。ふふ……うちが笠本はんとデート……」

「内宮……」

「なあ笠本はん、笠本はんはうちの下の名前って知っとるか?」

「ええと……そういや、苗字しかしらないな。付き合い短くないのに」

「……千秋ちあきや」

「千秋?」


 オウムのように内宮の名前を言い返すと、彼女の顔がみるみる紅くなり、手足をモジモジとし始めた。

 これがハーレム物の鈍感主人公であれば「トイレに行きたいのか」と言い失望される場面であろう。

 しかし、裕太はそういう反応には鋭かった。

 下の名前を呼んだことで、内宮の中の乙女を反応させてしまったのだと、わかっていた。


「あ、あかん……。やっぱこれ……思うてたよりごっつい効くわぁ……。えへ、えへへ。千秋、かぁ……」


 手で顔を覆いながらも、嬉しそうに身体をよじらせる内宮。

 心身ともにイケメンであれば、ここで彼女を抱き寄せ、愛の言葉一つでもかけてやれるのだろう。


 しかし裕太は、ヘタレであった。

 この場にいないエリィの身を案じ、彼女がいない状態で不埒をする度胸が生まれない、生来のドヘタレであった。

 しかし、絶望的な状況で幸せを感じられるなら救いだな、とも思っていた。


 携帯電話を見る。

 アンテナは圏外、無理もない。

 宇宙でインターネットをするには、宇宙船クラスの乗り物に乗っている超遠距離通信装置が必要だ。

 周りにコロニーもなく、機体一つで星の海に浮かぶ裕太たちには、接続先は存在しない。


「な、なぁ内宮……」

「………………」

「うちみ……じゃない。千秋?」

「なんやぁ、裕太はん?」


 いつの間にか下の名前で呼び合っていることは考えの外に起き、裕太は本題をぶつける。


「お前のExG能力で、何か感じないか?」

「何かって、何や?」

「人とか、モノとか、何でもいい。オレたちの助けになりそうな何か……」

「感じひんなぁ……。せや」


 何を思い立ったのか、着ていたシャツのボタンを外し、下着に包まれた胸を露わにする内宮。

 年相応の膨らみを包む赤地のブラジャーを見せつけたまま、裕太のもとへ近づいてくる。


「なな、何のつもりだ!?」

「ExG能力って、持ち主の感じている幸せで力が強まるんやて、病院で聞いたってん。せやから、裕太はん……うちを幸せにしたって……」


 胸の膨らみを裕太の顔に押し付け、囁くように内宮がそう言った。

 欲望に釣られて出た嘘か、はたまた真実か。

 それで内宮が幸せになるならと、裕太は柔らかい感触が伝わる額に汗をにじませつつ、生ツバをごくりと飲み込んだ。


『ピピーッ、そこまでですお二方』

「うおおっ!?」

「うひゃあ!?」


 突然放たれたジュンナの警告めいた声に、驚いて離れるふたり。

 状況が状況だっただけに、互いに汗をドバドバと顔から噴出している。


「な、なに邪魔すんねんなジュンナはん! うちは今から裕太はんと……ゴニョゴニョ……」

『感知に必要な幸福指数が先の瞬間に満ち足りたことは、既に把握しております。これ以上の行為はジェイカイザーが発狂するので、よしたほうがいいかと』

「そ、それもそうやな」


 いそいそと服のボタンをとめる内宮の顔に、紅くなりながらもほのかに光る線が浮き出ていることに裕太は気付いた。


「顔の線……内宮、なにか気づいたのか?」

「は〜ぁあ。下の名前で呼んでくれるタイム終了かぁ。向かって右斜め前、まっすぐ行ったところに人の気配を感じたんや」

「同じような漂流者じゃないよな?」

「ちゃうちゃう、もっとゴッツい量や。コロニーのひとつでもあるのかもしれへん」

『情報をもとにガイドを設定しました。画面の案内に従ってください』


 裕太はペダルを踏み込み、ゆっくりとハイパージェイカイザーを前進させる。

 浮いている岩々を避けながら、暗黒の海を静かに進んでいく。


「ありがとな、ジュンナ。おかげで助かった」

『お構いなく。私も、ご主人様を……渡したくありませんからね』

「え……?」

『冗談ですよ』


 エリィが居ないから安心していたが、実は今とんでもない修羅場の中に身をおいているんじゃないかと、裕太は冷や汗を一粒垂らした。



 【2】


 ひときわ岩が密集している一帯を抜けたところで、それは視界に入ってきた。

 宇宙ではおなじみの円筒形コロニー。

 しかし、自然の太陽光を取り込む窓が閉じられ、薄暗いグレーの筒という印象のほうが強かった。


『妙ですね……』

「ジュンナ、何がだ?」

『私の調べたところによりますと、この辺りにスペースコロニーは存在しないことになっています』

「なんや、怖いこと言うなぁ……。幽霊船ならぬ幽霊コロニーだなんてこと、あらへんよな?」

『オカルト分野には精通しておりませんのでなんとも言えませんが、油断しないようにお願いします。ほら、ジェイカイザーそろそろ出番ですよ』

『んあぁぁ……おはよう裕太! 私の居ない間にやましいことはしてないだろうな!』

「うるせー。とにかく戦闘準備をしながら接近するぞ」


 言いつつ、コンソールに目配せする。

 フォトンエネルギーの残量は24%。

 戦うにしても主武器は汎用兵器のみだ。


 謎のコロニーの、通常であれば宇宙港へとつながっているであろう場所へと着地する。

 OSを介して港の操作パネルにアクセスし、大きなシャッターを開き、中にはいって閉じる。

 エアロック構造になっている空間に、空気が満ちていく音がする。

 裕太は息を呑み、内部へと通じる扉を開いた。


 目の前に広がるのは、緑の広がる草原。

 円筒の芯の部分にあたる人工太陽の光が空を青く染め、白い雲が漂っている。

 しかし、その風景を楽しむ暇は与えられなかった。


「笠本はん、正面! ビームや!」

「このっ!!」


 ハイパージェイカイザーの腕がすばやくビームセイバーを引き抜き、一閃で飛んできた光弾を弾く。

 弾いたビームが草原の一角に焦げ目をつけたと同時に、小型の浮遊ビーム砲がハイパージェイカイザーの側面へと回り込む。


「ガンドローンか!」

『右だけじゃない、上も左も前にもいるぞ!』

『位置特定、画面に表示します』

「うちもやるで! バルカン砲、照準セット!」


 ビームセイバーが弧を描き、頭部機関砲が吠える。

 刃が走り弾丸が飛び、一瞬にして取り囲んだガンドローンをすべて撃墜する。

 通常では不可能である芸当も、ふたりと2機が連携し、かつ非凡でない腕前を持っていれば可能となるのだ。


 ガンドローンによる攻撃が通用しないと感じたのか、はたまた武功を焦ったのか、一斉に岩陰から飛び出す2機のキャリーフレーム。

 見たことのない型ではあるが、その目立つ紫色の装甲を持つ機体は裕太にとって敵ではない。


「何で俺たちを襲うんだよっ! このっ!」


 振り下ろされたビームセイバーを左腕から放出したフォトンフィールドで一瞬受けとめる。

 動きが鈍った相手にヒザ蹴りを喰らわせて浮かせ、一瞬の間に電磁警棒を抜いて接近するもう1機へと投げつける。

 喉元の駆動系に突き刺さりスパークする警棒を尻目に、受け止めた敵機の腕をビームセイバーで切り落とし胴体に回し蹴りを放つ。


 片腕をやられふっ飛ばされた敵機が、草原をえぐりながら倒れる。

 しかしその機体が片腕をついて立ち上がり、背部からガンドローンを放出する。


「笠本はん、まだやるつもりやで!」

「くっ!」


「そなたらでは敵わぬ。ここはわらわに任されよ」


 通信越しに聞こえた、幼くも凛々しい女の声。

 その声が響くと共に、先程までやる気満々だった敵機体がその場にひざまずくように屈んだ。

 そして上空から舞い降りるような優雅さを醸し出しつつ、赤を基調としたキャリーフレームが姿を表した。


「やいやい! どうして俺たちを攻撃するんだよ!」

「反政府軍が寝言を。あまつさえ神像を真似た機械人形をるなど、我々への最大限の侮辱と見る!」


 コックピット内に響く凛とした声に、裕太は首を傾げる。

 どういう事だと聞き返す前に、向こうが剣を抜いた。


「我はシェン。姫巫女としての命を受け光国グァングージャを護るつるぎなり! 平穏を脅かす魔の者よ、この〈キネジス〉により成敗する!」


 バーニアの噴射とともに一気に距離をつめられ、鋭い突きが放たれる。

 間一髪で身体を反らし回避するも、続けて〈キネジス〉より放たれたガンドローンが逃げ道を塞ぐようにビームを放つ。

 狙われた箇所を守るようにフォトンフィールドを展開、ビームセイバーで反撃。

 しかしその瞬間、ガンドローンが撃ったビームがビームセイバーの発振器へと突き刺さり、インパクトの瞬間だけ刃が途切れ敵は無傷だった。


「にぃっ!?」


 剣による鋭い一閃がフォトンフィールドへと突き刺さり、弾いた勢いでハイパージェイカイザーが後ずさる。

 飛び上がり、鋭利な構造の脚を向けて蹴りかかってくる〈キネジス〉。

 回避しようとし、裕太は重大な事実に気づいた。


「……悪い、内宮」

「どしたんや!? はよ避けへんと!」

「エネルギーが切れたぁぁ!」


 直後、鋭い蹴りが突き刺さり倒れるハイパージェイカイザー。

 モニターが沈黙し、真っ暗となったコックピットの中で裕太の声がこだました。



 【3】


「ここに入っていろ! 逃げ出そうとは思うんじゃないぞ!」


 鎖かたびらに身を包み槍を持った兵士の手で、乱暴に独房へと放り込まれる裕太。

 兵士が立ち去ってから、裕太は痛みに耐えながら立ち上がった。

 壁にかかった燭台の炎だけが明かりの薄暗い閉鎖空間。

 床は砂利だし、壁は苔むした石造り。

 お世辞にもいい環境とは言えない。


「くそーっ、何なんだよここは!」

『牢屋、独房、刑務所。このどれかだと思われます』


 ズボンのポケットから聞こえたジュンナの声に気づき、携帯電話を取り出す。

 電波は相変わらず圏外だが、捕まったときに没収されなかったようだ。


「どれかって言うか、どれもっていうか……」

『それよりもご主人様、ここに来るまでの風景はご覧になりましたか?』

「いや……コックピットから引きずり出されてすぐボコボコにされたからな。痛てて……」

『このコロニーの形態は、私が知るコロニーのどれとも合致いたしません』

「何だって? それってどういう……」

『建築様式、装備等は古代中国のものと類似しておりますが、完全でもない。恐らくは未知の文明によって成り立つコロニーではないかと思われます』

「でも、日本語話してたぞ?」

『ヘルヴァニアも異世界タズム界も公用語は日本語に酷似する言語でした。ですのでそれはアテにならないかと』

「そうか……」


 独房の隅の、藁が積まれたような簡素な寝床に裕太は横になった。

 携帯電話の中にいるデータはジュンナだけ。

 内宮とジェイカイザーの身を案じながら、裕太はぼんやりと炎のゆらめきが照らす天井を眺めた。



 ※ ※ ※



「な、なぁ……ジェイカイザー。うちら、なんでこないなことになっとるんや?」

『私に聞かれても困るが……』


 綺羅びやかな畳敷きの広い宴会場。

 ステージの上で舞を踊る女性たちを前に、豪華な食事の盛られた卓。

 なぜか携帯電話にジェイカイザーがいる状態でここに連れてこられた内宮は、未だ事情が飲み込めないでいた。


「神の使徒よ。楽しんでおられますか?」


 戦いの中で聞いたものと同じ凛とした声が背後から聞こえてくる。

 内宮が座布団に座ったまま振り向くと、頭の左右で黒い髪を結った変わった髪型の女の子が、長い髪と羽織ったマントを揺らしながら歩いて来た。

 見た目12、13歳ほどにしか見えない少女が、戦いの中でシェンと名乗っていたのを思い出す。


「使徒やて?」

「突然のことで混乱されているのはわかっております。あなた様は神像をり我らを救いに向かわれる途中、反政府軍の者に神像を奪われ人質となっていたのでしょう?」


 つらつらとデタラメなストーリーを語るシェン。

 嘘をついているようには見えないことから、どうやら彼女らの中では“そういう”ことになっているらしい。


「何言うとるんかサッパリや。笠本はんはどこに行ったんや?」

「あなたをさらった男なら、今は独房に封じております」

「独房やて? うちも笠本はんも反政府軍とかやないんや! はよう出したってーや!」


 内宮の懇願を聞き、哀れむような表情になるシェン。

 これは十中八九、話が通じていない。


「可哀想に、あの男にたぶらかされたのですね。混乱が解ければ、あなたは使命を思い出すはずです。それまでは、わたくしどもでお助けいたしますからごゆるりと」


 マントと長髪を翻し、宴会場から立ち去るシェン。

 こちらの事情で話をしても、妄言扱いされてしまうようだ。

 内宮は一旦冷静になり、漂流中に空いた腹を満たすため箸に手を付けた。



 【4】


「ごちそうさま……うぇっ」


 兵士によって運ばれてきた、鼻が曲がるほど臭い飯を食い終えた裕太。

 口の中のジャリジャリ感を水で洗い流して飲み込み、一息つく。


「なんでこんな目に合わなきゃならないんだよ……」

『今は身動き取れませんし、辛抱してくださいご主人様』


 ジュンナの言うことはもっともだった。

 狭い牢獄の中、あるのは石の椅子と藁の寝床、そしてトイレ用と思われるツボがひとつのみ。

 頑丈な鉄格子で塞がれ、見たこともないような構造のカギで閉じられた扉。

 身ひとつで脱獄できるとは思えない、しっかりとした牢屋に閉じ込められていては行動の起こしようがない。


「内宮もこんな目にあってるのかな」

『さあ、それは……』


「なあ、ニイちゃん。ニイちゃんってば」


 正面から聞こえた声に視線を上げる。

 ちょうど向かいの牢屋の中にいる少年が、鉄格子から腕を出してチョイチョイとしていた。

 少年が着ている服は、衣服というよりは服の形にこさえたボロ布といった印象。

 見ただけで、貧しい身の上が想像できる。


「何だ?」

「ニイちゃんってさ、外の人だろ?」

「外……このコロニーの外ってことか? まあ、そうなるかな」

「オイラが思ったとおりだ! へへっ、自慢になるぞぉ!」


 牢屋の中ではしゃぐ少年。

 口ぶりからすると、このコロニーの住人らしい。

 裕太はとりあえず、少年に色々聞いてみることにした。


「なあ、えーっと……」

「オイラはズーハンってんだ、よろしくな!」

「えっと、俺は笠本裕太だ。よろしく」

「ユータか、よろしく!」

「よし、じゃあズーハン。ここは何なんだ?」

「ここか? ここは光城グァンチォンっていうお城の地下だよ。上は女帝様や姫巫女様が住むでっかい宮殿なんだ」


 聞き方が悪かったな、と裕太は思った。

 建物の名前が知りたかったわけではないが、ひとまず女帝と姫巫女という役職の人間が住むところだということはわかった。

 ふと、〈キネジス〉なる機体に乗って戦いを挑んできた少女が姫巫女と名乗っていたことを思い出す。


「なるほど……。じゃあズーハン、このコロニーはなんて言うんだい?」

「ころにー? なんだそりゃあ」

「えーと、この国……この世界っていうのかな。何か呼び方はないのか?」

「ああそういうこと! 大人はみんな、ここが光国グァングージャって言ってるぞ」


 聞いたことのない地名。

 名前から何か類推出来ないかとは思ったが、中国風で有ること以外は全然読み取れなかった。

 視線を下げ、携帯電話の中にいるジュンナに相談する。


「……なあ、ジュンナはどう思う?」

『先ほど私が言った、未知の文明であるという線が色濃くなりました』

「ユータ兄ちゃん。板っ切れと喋れるのか!」


 ジュンナと話しているところでそう叫ぶズーハン。

 彼は携帯電話というものを知らないようだ。

 そもそもコロニーの中だというのに圏外という時点で予想は出来ていたが。


「そうだ、ズーハン。君はなんで牢屋にいるんだ? その割には結構元気そうだけど」

「オイラ? オイラは町で菓子盗んだらドジしてとっ捕まって反省中だ。ま、夜になったら帰してくれるから平気だけど」

「ああ、そう。俺も出られるかな?」

「ユータ兄ちゃんは難しいんじゃないかな? 兵士のオッチャン達、ユータのことハンセイフがどーのこーのって言ってたし」

「反政府ねぇ……。違うって言っても聞き入れてくれないだろうなあ。……反政府ってことはそういう連中がいるのか?」

「女帝様の命を狙う悪いやつだよ。神術が使えないからって農村送りにされたことを、連中は僻んでるだけだって母ちゃん言ってた」

「神術?」

光国グァングージャの人間のほとんどが使える術だよ。喋らなくても意思が伝わったり、ちょっと先に起こる事がわかったりするヤツ。オイラも少しだけど使えるよ!」


 その特徴は裕太にも聞き覚えがあった。

 コロニー生まれの人間にときどき発現する特殊能力、エクスジェネレーション能力。

 思えば、ここに来た時の戦いで敵はExG能力がないと使えないガンドローンを多用していた。

 ほぼすべての住人が能力が使える国、というのがこのコロニーの正体なのかもしれない。


『ははぁ、わかってきました』

「何がだ、ジュンナ?」

『ご主人様が捕まった理由と、内宮さんが別で連れて行かれた理由です。ご主人様は無能力ですが、あの人には後天的ですがExG能力が与えられています』

「つまり、俺は能力なしだから厄介者である反政府軍と間違えられ、内宮は能力があるから偉い人間と思われているってことか?」

『ご名答。普段からそこまでの理解力が示せていれば、期末テストの点数ももうすこし高かったでしょうに』

「うるせー」


 それにしても妙だな、と裕太は考えた。

 携帯電話も知らず、兵士の格好もズーハンの出で立ちも古めかしいのに、キャリーフレームとガンドローンという宇宙進出時代の産物は存在している。

 それに、キャリーフレームの性能は現状の最新機と張り合えるハイパージェイカイザーと渡り合える高性能。

 古めかしい景色と最新の機械兵器のちぐはぐさには、疑問が隠しきれない。


「なあ、ズーハン。次に聞きたいことだけど……」

「グー、グー……」

『寝てますね』

「いつの間に……」


 貴重な情報源に沈黙され、裕太はまた退屈になってしまった。



 【5】


 食事を終え、宴会場からシェンに連れ出された内宮。

 彼女の案内に従って赤い絨毯が敷き詰められた廊下を進み、階段で3階層ほど登ったところの個室に入るように促される。

 そこで聞いたシェンの話に、内宮は度肝を抜かれていた。


「ジェイカイザーが神様やて?」

「そのような名ではありませんが、あの機械人形は間違いなく神像の姿とうり二つでございます」


 内宮の前に、青く錆びついた銅の人形を差し出すシェン。

 手にとってよく見てみると、細かい違いはあれど形状の殆どが、特に頭部のデザインは丸々ハイパージェイカイザーの姿と同じだった。


『私は勇者ではなく神だったのか!』

「機械神は自ら意思を持ち、使徒と共に舞い降り危機に瀕した世界を救うと言われております。改めて、先ほどの戦いにおける無礼をお詫び申し上げます」

『よいよい! 君のような美少女に頭を下げられたら何でも許したくなってしまうぞ! ワハハ!』


(ええい、調子のええやっちゃな。笠本はんを出してもらえるまでは気ぃ許したらアカンで……?)

(も、もちろんわかっているぞ……)


 小声でジェイカイザーに注意する内宮。

 裕太に対して便宜を図ってほしいという意思を出したら、また洗脳だ何だと言いがかりをつけられ面倒になってしまう。

 とにかく今は情報を集める段階や、と内宮は自分とジェイカイザーに言い聞かせた。


「ああ、忘れておりました! 私としたことが!」


 そういい、部屋にあるクローゼットを開けるシェン。

 彼女は中に収められていた畳まれた布を何枚か手に持ち、内宮の前に丁寧に積み上げていく。


「そのような身なりではさぞお苦しいでしょう。この神御衣かんみそへとお着替えになってください」

「へ? ここで着替えろっちゅうことか?」

「さようでございます。何かお困りですか?」

「いや、だってなあ……ジェイカイザーが見とるし……」

「使徒は神に穢れなきその御身おんみを差し出す者。つまりは使徒にとっては神は夫に等しい存在ゆえ、肌を晒すことには何一つ問題はありません」

『そうだぞー! 私に見せることは何の問題ではないぞ!』

「ええい都合のいいところだけ迎合しおってからに! ひゃあっ!? シェンはん、ちょっとタンマ!」

「いけません! 穢れた衣は神術の気を削ぎます! 今すぐにお脱ぎになったほうがお身体のためです!」


 シェンが手際よくボタンを外し、内宮のシャツを強引に脱がす。

 そのままズボンを下ろされ、あっという間に下着姿にされてしまった。

 息つく間もなくシェンは内宮のパンツを下ろし、ブラジャーも手際よく剥ぎ取っていく。

 一糸まとわぬ姿となり内宮は慌てて局部を手で隠すものの、着させづらいと力づくでシェンに両手を抑えられ、あれよあれよという間に神社の巫女服のような格好に着替えさせられてしまった。


「もう、お嫁にいかれへん……」

『うひょひょ……! 内宮どのもエリィどのに負けず胸はけっこうあったのだな! 安産型の下半身もまた……いやぁ眼福眼福!』

「このエロAIめ……笠本はんが戻ったあかつきにはジュンナはんにしばき倒さすぞ!」

『私は神だから大丈夫だ! ワハハハハ! 待てよ、今の内宮どのはつけてないし履いてない……しばらくはチラリズムが楽しめそうだな!』


 拳を震わせ怒りを顕にする内宮のことなどお構いなしに、気持ちの悪い笑い声を上げるジェイカイザー。

 実体のない相手は殴れないので、ひとまず自分を落ち着かせる。

 着替えの終わった内宮を見て、にっこりと微笑むシェン。


「これでよし、です。さて、私は席を外しますが、外は狼藉者の多い危険な地。くれぐれも部屋から出られませんようお願いします」

「せやかせやか。そういや、かさも……やない、狼藉者ってどこに連れて行かれるんや?」

「問題事を起こした者は、地下牢に閉じ込めるのが決まりとなっています。危険ですのでくれぐれも地下には行かないでくださいませ」

「わかったわかった。ほな、さいなら~」


 眉を退くつかせながらもにこやかに手を振り、シェンが部屋から出ていくのを見送る。

 内宮はシェンの足音が聞こえなくなってしばらくしてから、個室の扉をそーっと開けた。


「誰も……おらへんな?」

『内宮どの、どうするのだ?』

「笠本はんを探しに行くんや。うち一人だと心細ぅてかなわん。せめて無事だけでも確認せぇへんと」

『私がいるではないか』

「……あんさんはどちらかというと、うちの敵や」

『ガーン……』


 ショックを受けるジェイカイザーを放置し、足音を立てないよう抜き足差し足。

 内宮は地下を目指して城の中を歩き始めた。



 【6】


 裕太は藁の寝床に座り、携帯電話の画面を見る。

 ズーハンが寝息をたててから二時間ほどが経過したようだ。

 時刻と日付が携帯電話で確認できるのは助かるが、バッテリー残量が心もとない。

 せめてハイパージェイカイザーのコックピットに持ち込めれば、時間経過で蓄積されたフォトンエネルギーを使って充電できるのだが。

 そんなことを考えていると、砂利を踏み鳴らす足音が聞こえてきた。

 また兵士が臭い飯でも運んできたのかと、鼻をつまんで身構える裕太。


「お、よかったよかった! 笠本はん!」

「内宮、無事だったのか!」


 地下牢に姿を表した内宮と、鉄格子越しに手を握り合い喜ぶ裕太。

 どうやらジュンナの推理はあたっていたようで、綺麗な巫女服に身を包んだ内宮は、彼女が大切に扱われている何よりの証拠である。

 互いに無事を確認し、ほっと胸をなでおろす。


「で、なんで鼻をつまんどったんや?」

「いや、また臭い飯が運ばれてくるかと……」

「うちと違ってひどい扱い受け取るようやな……どれ、うちが出してあげられへんかな……?」


 前かがみになり、牢屋の扉に顔を近づける内宮。

 ダボッとした巫女服の隙間から、裕太は彼女の胸にあるふたつの膨らみが覗き見えていることに気づき、慌てて赤くなった自分の顔を手で覆った。


「笠本はん、どうしたんや?」

「えと、その……内宮、みえてる……」

「見え……? ぴゃあっ!?」


 自分の状態がやっとわかったようで、顔を真赤にして可愛らしい声をあげ、慌てて胸元を押さえる内宮。

 しかし今度は押さえつけられた胸の先端が、薄い布越しに尖って見えてしまう。

 これ以上言うと内宮が錯乱しかねないので、裕太は心臓をバクバクさせながらも言わないことに決めた。


「もう嫌やわぁこの服ぅ……。それにこのカギ、全然よーわからんし……」

「そ、そのカギ俺も見たことがないんだよ。どうしたらいいものか……ん?」


 ザッザッ、と聞こえてくる足音。

 誰かが来たことは確かだが、困った状況になった。

 この地下牢は入り口はひとつで、長い廊下の先に独房が4つある。

 この独房のあるエリアは行き止まりになっており、隠れる場所がないのだ。


「内宮、誰か来た。離れたほうがいい」

「へ? へ? どうしよ、うちここ近づいたらアカン言われとったんや」

「せめて俺と話してたとわからないようにしろ、急げ!」

「は、はひ!」


 慌ててその場を駆け回った挙げ句、空っぽの牢屋の格子に捕まる内宮。

 確かに裕太からは離れたが、これでは行動が意味不明すぎる。

 彼女の行動に呆れていると、足音の主が独房エリアに姿を表した。


「コソ泥ボウズ。そろそろ頭が冷えただろう……おや?」


 ズーハンを釈放しに来たらしい兵士が、珍妙な状態になっている内宮を見つけたようだ。

 乾いた笑いを兵士に送る彼女の姿は、あまりにも痛々しい。


「さ、散歩してたら迷ってしまったんや! 困ったなあ、アハハハ……」

「使徒さま、ここに居てはいけません。ささ、部屋へとお戻りになってください!」

「せ、せやな。ほなほな」


 緊張でギクシャクした歩き方のまま、廊下の方へと去っていく内宮。

 彼女が問題なく帰れたことに安心する裕太を、兵士が槍を持ったまま一瞥する。

 兵士がゴンゴンと鉄格子を叩くと、ズーハンがゆっくりと起きあがり、口からよだれを垂らしながらあくびをした。


「ふああ。もう出られるのかい?」


 反省の色が全く見られないズーハンであったが、気にすること無く兵士は槍の先端を外して鍵穴へと差し込み、回す。

 するとカチャリという音とともに扉が開き、ズーハンが牢屋からゆっくりと出てきた。


「もう二度と泥棒なんてするなよ」

「あいよ! じゃあニイちゃん、お先に~」


 そう言ってズーハンは出口の方へと走り去っていった。

 そして兵士も後を追うように居なくなり、ついでなのか燭台の炎を消していった。

 自分が入っている場所以外、すべての独房が空っぽになり寂しさを感じる裕太。

 明かりを失い、闇に染まっていく空間が寂しさをさらに助長させていく。


 しかし、希望はある。

 内宮が無事であったこと、それと鍵を開ける方法がわかったことだ。

 どうやらこの牢屋の鍵は、どういう仕組みかはわからないが兵士の槍で開けるみたいである。

 明日になって、内宮がうまく動いてくれれば脱出の目処は立つなと考え、裕太は藁の寝床に横になった。


『ご主人様』

「なんだ、ジュンナ?」

『ご主人様はあのようなチラリズムがお好きなのですか? でしたら家に戻られた際、私も下着をつけずに家事をしようと思いますが』

「ばっっっ! 別にそんなんじゃねえよ! 馬鹿なこと言ってる暇があったら何かマシなこと考えろよ!」

『……気を紛らわす冗談のつもりでしたが、かしこまりました。では、おやすみなさいませ』


 この分だと内宮もジェイカイザーに振り回せれてそうだなと思いながら、寝心地の悪い寝床に身を任せて裕太は目を閉じた。

 今日という一日は、あまりにも濃ゆかった。

 央牙島のチンピラ退治に始まり、遠坂艦長との会話。

 それからΝニュー-ネメシス攻防戦に、グレイとの死闘。


 そこまで思い出して、グレイがどうなったのかが謎なことに気がついた。

 別の場所に飛ばされたのか、あるいはこの近くにいるのか。

 考えても仕方のないことだが、やることのない裕太にはその思案すらもよい暇つぶしだった。


 謎の多いコロニー国家・光国グァングージャ

 なるべくなら長居したくないなと思いながら、裕太の意識は眠りへと落ちていった。



 【7】


 光国グァングージャの外れに位置する寂れた村。

 その一角に存在する薄暗い木造家屋の中、跪いた男が口を開いた。


「……ズーハンという子供の言っていたことが本当だとすれば、外の人間が地下牢に囚われているとのことであります」

「ほう、そうか……それはいい情報だ」


 ワイングラスを傾け酒をあおった男は、ニヤリと笑みを浮かべた。

 報告を共に聞いていた周囲の者たちがガヤガヤと騒ぎ始める。


「俺たちの反政府活動も、そろそろ仕上げをする段階だ。野郎ども、準備は怠るなよ」

「「「イエッサー!」」」


 部屋中の男たちが、一斉に拳を高く突き上げる。

 酒を飲んでいた男が立ち上がり、同様に拳を上げる。


「この光国グァングージャを我等の手に!」

「「「「光国グァングージャを我等の手に!」」」」



「そして…………」



「我らの新たな祖国、ネオ・ヘルヴァニアのために!!」

「「「「ネオ・ヘルヴァニアのために!!」」」」


 この時、時代がゆっくりと動き始めていることに、裕太も、内宮も、シェンたちでさえも、誰も知らなかった。



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登場マシン紹介No.31

【キネジス】

全高:7.3メートル

重量:3.7トン


 光国グァングージャの姫巫女、シェン専用のキャリーフレーム。

 全身を赤を基調とした刺々しい装甲に包んでいる。

 光国グァングージャではキャリーフレームのことを機械人形と呼び、その全てにガンドローン・式神を搭載している。

 キネジスもその例に漏れず、背部ユニットに式神を6機搭載している。

 他の武器としてはレイピアのような外見をした刺突剣や、ビームセイバーを装備している。

 反応速度が以上に高いシェンのためにピーキーなセッティングをされており、他の者には操縦をすることは不可能。

 外界のキャリーフレームに比べて異様に重量が軽いのは、装甲としての強度はそのままに光国グァングージャの技術でしか生み出せない合金によって軽量化を施しているからである。

 そのため、運動性は全キャリーフレームの中でも抜きん出て高い。


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【次回予告】


 光国グァングージャで一夜を明かす裕太と内宮。

 ある日、光城グァンチォンに反政府軍が襲撃をかけ、城は混乱に包まれる。

 そんななか、裕太に接触を図る反政府軍。

 その時、裕太の出した返答は。


 次回、ロボもの世界の人々32話「黒鋼の牙」


「ここで敵さんにさらわれたら、うちのヒロイン度爆増間違いなしや!」

『では、私もヒロインになりたいのでさらわれてご覧に入れましょう』

『ジュンナちゃん、私が助けに行くぞぉぉぉ!』

『結構です』

『ぐはぁっ!!』

「厳しいツッコミやな……」

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