第4章「異世界からの来訪者」

第19話「異世界からの刺客 赤竜丸」


 【1】


「おい、聞いたかあの話」

「あの話? 何のこったよ」


 すっかり日もくれた夜の工事現場。

 休憩に入ったふたりの作業員が、仕事道具でもありパーソナル・スペースでもある土木作業用キャリーフレーム〈エレファン〉のシートに座ったまま、ハッチを開けて雑談にふけっていた。


 二人は、人種の壁を越えた仕事仲間である。

 人種が異なると言っても、アジア人だとかイギリス人だとか、国という境界線のどちらで生まれたかということではない。

 今は無きグリアス星出身のヘルヴァニア人と地球生まれの日本人。

 生まれた星が異なっていても、その間に生まれた仲間意識、友情は同人種同士のものと何も変わりはなかった。


「何年か前に暴れて大勢犠牲者が出たナントカってキャリーフレームがまた出たんだが、民間防衛の奴が倒したって話」


 日本人の作業員に、気さくにヘルヴァニア人の作業員が今朝のニュースで見た話を持ちかける。


「ナイトメアとかいうやつだろ? ネットの動画で回ってきたの見たけど、ありゃあ凄かった」

「なんでも、そいつを倒したっていう派手なキャリーフレームのパイロットは、この街に住んでる学生らしいぜ」

「マジかよ。まるでヒーローだな」


 ヘルヴァニア人の作業員は、屈託なく笑った。

 まるで、地球で流れているアニメみたいじゃないか、と。

 フィクションにいるような英雄が実在するならと思えば、彼によって抱えている不安も解消されるのではと思う気持ちにもなった。

  

「最近出る工事現場荒らしも、そのヒーロー君がやっつけてくれねーかな」

「工事現場荒らし? 何のことだよ」

「知らないのか? 夜な夜な工事現場に現れてはキャリーフレームをぶっ壊していく謎のキャリーフレームが出るんだと。しかも、やられたキャリーフレームは全部、燃えていたんだってよ」


 ホラーにしてはお粗末な、しかし現実にしてはリアリティのない話に、日本人作業員は顔を引きつらせた。


「おっかねえ話だな。どうせ愛国社とかいうテロリストの仕業ってオチになりそうだが……」


「おいお前、ここは立入禁止だぞ!」


 雑談による賑わいを打ち払うような同僚の怒声に、思わずコックピットから身を乗り出して声のした方に顔を向ける作業員たち。

 そこには、作業用の明かりに照らされた、西洋鎧のような甲冑かっちゅうを着込んだ何者かが腰の鞘から剣を取り出す姿があった。


 彼らの前に立ちはだかる作業員は、各々ツルハシやスコップを持って対抗する。

 すると、鎧の人物がキラリと輝く剣を空高く掲げ、叫んだ。


「我が宝剣イグナーガの命にり、でよ! 赤竜丸!!」


 男の声が響き渡る中、工事現場の土に大きな赤い魔法陣が描かれ、その中心から白と赤を基調としたロボットが姿を現す。

 その機体は奇妙なことに、まるで等身の低いデフォルメキャラのように胴体が短く、頭部が大きい、いびつな形をしていた。


 作業員達が驚く間もなく、鎧の男が吸い込まれるようにロボットへと消えていき、その目が白く輝き動き出す。


「「「うわああっ!!」」」


 作業員達が逃げ惑い始めるのと、謎のロボットが鞘から抜いた巨大な剣から炎が吹き出したのは、ほぼ同時だった。



 【2】


「いち、じゅう、ひゃく、せん…………やっぱり億あるよなぁ……」


 ホームルームが始まる前の賑やかな教室の中で、裕太は憂鬱を表に出したような声を出しながら机に突っ伏した。

 額の下にある借金額が刻まれた手帳がその憂鬱の原因であることは、彼が借金を背負ったことを知る人物なら容易に想像ができる。


 母の仇討ちを果たすために払った、約5億円という大きすぎる代償。

 それがジェイカイザーのパワーアップ費用と今後の修理・補給費用であり、事情故に利子がつかないのは幸いだった。


『すまない裕太。今度出る「メチャシコ学園ポロリ満点」を買うのは我慢するから……』

「タイトルを読み上げんでよろしい。……というか、そうやってお前が俺に断りなくエロゲとエロ同人を買い漁るから余計に生活費がかかるんだよ。ジュンナにコールタール飲むのも控えさせないと……」


 つけ慣れない家計簿をアプリで入力しつつ、頭を抱える裕太。

 せめて支出をはっきりさせ、節制につとめなければという焼き付け刃の方法であるが、こうでもしなければ借金の重圧で頭がどうにかなりそうだった。


「せめて、事件を立て続けに解決できたら良いのにねぇ」


 裕太の後ろの席から、家計簿を覗き込むように身を乗り出すエリィ。

 事件が起こってくれと願うなんて不謹慎だとは思いつつも、「それもそうだよな」と彼女の考えを支持する返答が自然と出てしまう。


 民間防衛の報酬は事件の質にもよるが、一回につき数万円から数十万円までと、結構な額となる。

 そこから機体の運用費、解決の過程で壊してしまった道路や家屋の弁償費、それから諸々の税金を抜いて残った額が手元に入る。

 もしも2日に一度のペースで愛国社のテロ並の事件が起き、それをすべて解決すれば一ヶ月で500万円。

 それが一年で6000万。5億円の返済に8年ちょっと……。


 さすがに8年も借金生活は嫌だな、と裕太は都合が良すぎる割に長期的な机上論を頭から投げ捨てた。

 これなら一攫千金を狙って宝探しにでも出た方が幾分かマシである。


 幸い、太陽系内の調査は隅々まで行き渡っているわけではなく、宇宙は未だに未探索地帯が多い。

 その中から希少鉱石──ダイヤモンドあるいはそれを上回る価値を持つ宇宙物質──の鉱床こうしょうとなっている小惑星のひとつでも発見すれば、たちまち何百億、何千億という資産を持つ大金持ちの誕生となる。


 事件の解決は今まで通りしながら、そのうち宝探しに出かけよう。

 と裕太が口元に笑みを浮かべてひとりで頷くと、こちらの考えをわかっているのかいないのか定かではないが、エリィが釣られるようにニコッと笑顔を見せた。



 【3】


 ガラガラ、ドーン!

 という擬音が似合いそうなほどの勢いで、元気に開いた扉の奥から軽部先生が陽気に教室へと入ってきた。

 ドア開閉の元気さは先生の機嫌そのものである。


(どうせ、以前あったようにコンビニの女性店員か何かに微笑まれたとかで勘違いしているのだろう)


 そう思っているのは裕太だけではない。

 他のクラスメイトも先生に対し、冷ややかな目線を送っていた。

 機嫌が良かった日の数日後に、店員に声をかけた挙句、振られたショックでドアが緩やかに開けられたことなど、もう何度あったかわからないからだ。


 また駄目なんだろうな、という生徒たちの同情に気づかないまま、上機嫌の軽部先生は教卓の上で教科書を跳ねさせた。


「よぉし、お前らおはよう! ま、人間生きてりゃ悲喜こもごも色々あるのは先生も察する通りだ!」


 テンションに任せた先生の挨拶の「悲」が自分であることは裕太も察したし、クラスメイトも分かっているといったふうに目線で答え合わせをする。


「そうでない連中も、いつ事件や事故に巻き込まれるかはわからない故に、注意を怠らないように! 特に最近は工事現場荒らしをする、鎧を着た変質者が出ているからな」


 ──工事現場荒らし。

 裕太も朝にジュンナが見ているテレビのニュースで小耳に挟んだ事件だ。

 火を噴くキャリーフレームのようなものが現れて、土木用キャリーフレームを破壊し焼き尽くす事件。

 幸い作業員に死傷者はまだ出ていないが、エスカレートして人命に関わる事態になるのは時間の問題に思える。


(そうだ、この事件を俺の手で解決してやろう)


 自身の栗毛色の前髪を指でくるくると弄りながら、裕太は決意した。

 借金返済に当てる報酬も目当てであるが、裕太の中にある純粋な正義感もまた、連続する工事現場襲撃事件の解決を願っていたし、許せなかった。



 ※ ※ ※



「裕太、今日もカーティスの家に行くのか?」


 帰りのホームルームを終えたあと、進次郎が眼鏡の鼻あての位置を調節しながら、裕太の席にやってきた。

 今日も、というのはカーティスの家が広く、漫画やゲームなどの娯楽に富んでいるため普段から遊び場にしているからであるが。


「行く……けど、例の工事現場荒らしについて情報を集めにな」

「そうか。この僕の天才的頭脳も、そう言うと思っていたぞ」

「付き合いが長いだけだろ」


 親友同士の軽い小突きあいをしながらのやりとり。

 高校に入ってからの付き合いなので、10年来のような絆には負けるが、気の合うふたりは互いに考えを見透かせるほど友情は深い。


「それじゃあ、今日は進次郎さんとお買い物します! ネコドルちゃんの新しいご飯を探しに行くんですよ!」


 進次郎の後ろから、無邪気な笑顔をサツキが覗かせた。

 裕太の後ろの席から立ち上がったエリィが、「あれね!」と手のひらにこぶしを打ち付ける。


「そうです! ヘルヴァニア製プレミアム煮干しを探しに行くんですよ!」

「あれ、木星圏でしか作られないから高いわよぉ~」

「大丈夫です! 進次郎さんがお金出してくれるって言ってました!」


 甘えるようにサツキに腕をギュッと抱かれ、顔をにやけさせる進次郎。

 裕太もエリィにそういうことをしてほしいなとは思ったが、プライドが邪魔をして口に出すことはできなかった。



 【4】


「それじゃあ、お買い物にレッツゴーです!」

「ちょっと待ってくれ、サツキちゃん」


 校門を出て、まっすぐに市街地の方へと向かおうとするサツキを、進次郎が引き止める。


「あれ? お買い物しないんですか?」

「その前に家に寄らせてくれないか? さすがに制服のまま繁華街に出る勇気は僕にはない。先生に見つかったりしたら面倒だからな」

「お着替えなら出しましょうか?」


 腕の先をウニョンと変化させ、着替え一式を擬態で生み出すサツキ。


「……サツキちゃん、僕に外で着替えろというのか?」

「あっ、それもそうですね!」


 いそいそと衣服をまた体内に戻すサツキの姿に、ため息をつく進次郎。

 今まで数々の彼女の擬態を見てきて慣れてきてはいるが、目の前でウニョウニョと人間が溶けるように姿形を変えるのを、何度も目のあたりにするのは精神的に良くない。

 目の前でサツキが私服に着替えるのだって、まるでテレビゲームの装備変更の如く、一瞬で服装が変わるので萌えも情緒もあったものではない。

 いつか、本当の意味で生着替えを見てみたいなと思う進次郎は、健康的な高校男子そのものであった。


 ※ ※ ※


 お金持ちの家にしては至って普通の進次郎の家の前。

 胸までの高さしかない普通の鉄製の門を開ける鍵を探して、通学カバンに手を入れる。


(あれ、どこに入れたかな)


 いつも入れているカバンの内ポケットに鍵が見当たらなかったので、進次郎は一瞬ヒヤリと汗をかいた。

 結論から言うと中敷きの下に潜り込んでしまって、カバンの中身すべてをひっくり返せば見つかるのだが……。


「黒竜王軍配下のモンスターめ、このような所にいたとはな!」


 聞きなれない低い声に気が付き、後ろを振り返った時には甲冑かっちゅう姿の男が剣を振り降ろし、サツキを頭から真っ二つに両断していた。

 左右に別れるようにサツキは足元で金色のゲル状の姿になり、一瞬で人の形に姿を戻す。


「痛いですね! 何するんですか!」

「怒っている場合じゃないだろう! サツキちゃん、逃げるぞ!」


 サツキの手を引き、駆け出す進次郎の脳裏に、甲冑かっちゅうを着ているという工事現場荒らしの情報がよぎった。

 何の躊躇もなく人間……の姿をしたサツキを斬りつけるなんて正気ではない。

 サツキが「こっちのほうが速いです!」と2脚バイクに変身したので一旦足を止め、急いで乗り込む進次郎。


「逃さんぞ! ゴールデンスライムクィーンめ!」


 まるで、ファンタジーゲームに出てきそうな魔物の名前を叫びながら、男は鎧の金属同士がぶつかるやかましい音を鳴らしながら剣を振り上げながら走り始めていた。


「進次郎さん、追ってきましたよ!」

「アクセル全開!!」


 進次郎がアクセルをひねると同時に、2脚バイクが跳躍する。

 全速の自動車には負けるものの、2脚バイクは最高時速70キロ近くまで出すことが可能である。

 それだけの速度なら、この鎧姿の不審者からは逃げ切れる……と進次郎は思っていた。


「うおおおお!!」

「進次郎さん! あの人、ついてきてますよ!」

「2脚バイクに徒歩で追いつくとか、バケモノか!?」


 進次郎はバックミラーに映る甲冑に驚愕しながらも、ハンドルさばきだけは冷静だった。

 あえて人通りの少ない道を選び、右へ左と路地を抜ける。

 彼の天才的頭脳はすぐにこの事態の対処法を導き出し、それを実行に移していた。

 左手でハンドルを操作しながら、右手で携帯電話を手に取る。

 電話をかける相手は、頼りになる親友だ。



 【5】


「なんだって!? 不審者に追われている!?」


 カーティスの家を目前にした裕太は、電話口に叫んだ。

 心配そうな表情を浮かべるエリィに目配りをしつつ、進次郎の声に意識を集中させる。


「2脚バイクで逃げているんだが、あいつ走りで追いついてきててな……もしかすると、例の工事現場荒らしかもしれん」

「炎を吹くっていうキャリーフレームを出してくるかもしれねえってことか。よしわかった、ジェイカイザーで向かう!」

「僕たちは住宅街西の開発地域に向かっている。あそこなら被害は出にくいはずだ」

「開発地域だな。待ってろ進次郎!」


 裕太は電話を切るとそのまま携帯電話を空高く掲げ、相棒の名を叫んだ。


「来いっ! ジェイカイザー!!」


 辺りに響く裕太の声。

 しかし、何も起こらない。


「……あら?」


 小首を傾げるエリィの前で、裕太は怒声を携帯電話にぶつけた。


「おいジェイカイザー! お前何で来ないんだよ!」

『裕太、私は気づいたのだ! 今の私はジェイカイザーではなく、ジェイカイザー改なのだと!』

「同じようなもんだろ!」

『違うのだ! 名前とは重要なのだ! さあ叫ぶのだ戦士よ! ジェイカイザー改よ来たれ、と!』


「そんなこと言い合ってる場合じゃないでしょぉ!」


 二人のやり取りに痺れを切らしたエリィが裕太の携帯電話をパシッと取り上げる。

 そして、艶っぽい声でその電話口に語りかけるように囁いた。


「ねぇ、ジェイカイザー。早く来てぇ~♥ お・ね・が・い♥」


 言い終わるやいなや、まるで早回しの映像のように裕太達の眼前に描かれる魔法陣。

 そこから飛び出すように出現するジェイカイザー。


「ま、ざっとこんなもんよぉ」

「ジェイカイザー、お前チョロすぎだろ」

『ぐぬぬ、JKの甘い声には弱いのだ……!』


 悔しがるジェイカイザーのコックピットに乗り込み、コンソールに表示された地図で進次郎達が逃げているであろう場所を表示させる裕太。

 しかし、ふわりとエリィの匂いがコックピットに流れると同時に、横から手が伸びてきて画面をタッチした。

 裕太が思っていたところと違う場所を指し示した画面を横目に、揺れる銀髪の方へと視線が吸い込まれる。


「銀川、お前……!」

「そっちじゃなくて、こっちでしょ。岸辺くんたちが人通りの少ないところを逃げているんだったら……」

「そうじゃなくて、お前も来るのか?」


 裕太の問いかけに、シート脇の空間の中でエリィは俯いた。


「……笠本くんが危険な場所に行って、あたしが安全なところから無事を祈るだけ。っていうのはもう、嫌なのよ」


 これが、まっすぐに視線を合わせて言ったセリフだったら、裕太も素直に感動していただろう。

 しかし、露骨に視線をそらし、わずかに見える口元が歪んでいるのを見れば、主目的が別にあるということがはっきりとわかる。


「そう言って、不審者が使うキャリーフレームが見てみたいだけなんじゃないだろうな」

「うっ……!」


 図星をつかれ、涙目になるエリィ。

 しかし、すぐにその顔に憂いの表情が浮かぶ。


「それもあるけれど、笠本くんが心配なのも本当。邪魔はしないから、お願い」


 まっすぐに見つめられ、渋々コックピットハッチを閉じる裕太。

 こうなったエリィがテコでも動かないのは、今までの経験から分かっている。


「わかったよ。守ってやるから捕まってろよ」

「うん!」


 ひとつため息を吐いて、微笑みながら裕太は了承した。


『男とぉ〜女ぁ〜♪ 素直にぃ〜なれない〜♪』

「おいジェイカイザー、茶化している場合か」

『私だって、私だってなぁ! ジュンナちゃんに「守ってあげるよ」とか言ってみたいし、頼られてみたいのだ!』


 ジェイカイザー悲痛な訴え。

 けれど、裕太はジュンナがジェイカイザーに冷たい理由をいくつか知っている。

 外観が好みでないことと、裕太が起きる前の早朝に携帯電話から発する電波をマウス代わりにしてパソコンで毎朝エロゲーを嗜んでいることだ。

 特に後者は、裕太を決まった時間に起こしに来るジュンナの目にとまっているので擁護のしようもない。


「せめて外面そとづらだけでも繕えば、ジュンナだって軽蔑はしないだろうに。それよりも……行くぞ!」


 裕太がフットペダルをグッと踏み込むと、ジェイカイザーの背部スラスターが青い炎を吹き出し、その巨体を大空へと舞い上がらせた。



 【6】


 町外れの開発地域。

 開発地域とはいっても、一本に走ったすすけた大通りと、そこから伸びる細い街路を挟むようにして、土地の境界線を表すコンクリート製のブロック塀が立つばかりの荒れ地である。


 かつてはこの辺りにも規模は小さいが農村があり、それなりの活気に満ち溢れていた。

 しかし、10年前に直下で起こった大震災により建物が倒壊し、数年後にはとどめを刺すように事故を起こした飛行機が墜落してからというもの、呪われた土地と言われ人が寄り付かなくなってしまった。


 そんな曰く付きの一角に、進次郎はサツキを守るように壁を背にして鎧姿の男の前に立ちふさがっていた。


「そこをどくでこざる、少年よ! 黒竜王軍の魔物を庇い立てしても人類のためにはならんぞ!」


 時代劇の侍のような言葉遣いの男が構える、派手な装飾の施された剣の切っ先がキラリと光って進次郎を威圧する。


「人違いではないのか! 黒竜王軍とやらは知らないし、彼女は悪者ではない!」

「哀れな少年でござるな。黒竜王軍に精神を乗っ取られておるとは! 先程その魔物がスライムのように姿を変えたのを見てもそう言うとは!」


 話が通じていない、というよりはズレているな、と進次郎は感じていた。


 コスプレにしては出来が良すぎている、激しい戦いを語るような幾重もの細かい傷がいたるところに刻まれた鎧。

 その鎧を着込んでもなお、2脚バイクに追いつくだけの脚力と屈強な肉体。

 言動も含めるとまるで、ファンタジーの世界からやってきた騎士そのものではないか。


 背中を掴み震えるサツキの体温を感じながら、進次郎は親友の到着を待った。

 いつ目の前の騎士が激昂して斬りかかってくるかわからないが、ほぼ不死身と言えるサツキを盾にするほど非情にはなれないのが、男であるというプライドを誇りに思う進次郎の心である。


「……む!」


 それまでまっすぐに進次郎を見据えていた、男の視線が上空へと逸れる。

 遠くから聞こえてくるキャリーフレームのバーニア噴射音。

 この人気のない場所に飛んでくる機体はひとつしか無かった。



 ※ ※ ※



「進次郎、無事か!」

「遅かったじゃないか、裕太!」


 進次郎とサツキの2人の位置が足の間に来るように、砂煙をあげて着地するジェイカイザー。

 裕太がレバーを操作すると、ジェイカイザーは飛び退いた甲冑の男の前に拳を振り下ろし、進次郎たちを守る壁を作った。


「悪い、ジェイカイザーが拗ねてて」

「そんなことで僕が死んだら世界の損失だぞ」

「岸辺くん、金海さん、警察を呼んで早く避難するのよ!」

「はい、わかりました!」


 ジェイカイザー陰に隠れるようにしてその場から離れる進次郎たちを確認してから、裕太は正面に立つ鎧の男を真っ直ぐに見据えた。


「おい、そこのオヤジ! これ以上抵抗すると、ケガをしてもらうことになるぞ!」


 スピーカー越しに脅しをかける裕太。

 無論、裕太は生身の相手に実際に手を出すつもりは毛頭ない。

 今この場に来たばかりの裕太とエリィにとって、この男はコスプレをした不審者にしか見えなかったというのもある。

 不意に、コンソールの横においた携帯電話が進次郎の名を表示しながら着信音を響かせたので、裕太は通話ボタンをタッチした。


「進次郎、警察は?」

「すぐ来る……が、裕太! 油断するな!」

「油断って……?」


 携帯電話の画面から、正面を映すモニターに注意を移すと、鎧姿の男が派手な剣を天高く掲げていた。


「我が宝剣イグナーガの命にり、でよ! 赤竜丸!!」


 男が叫ぶやいなや、男の背後に赤く光る線で円が浮かび上がり、その中に複雑な図形が描かれていく。

 その模様が完成すると天から光が降るように輝きだし、雷鳴と共に一筋の光が陣の中央へと降り注いだ。

 光の中から現れる、人型ロボット。

 赤と白を基調に金色のラインで縁取られたそれは、キャリーフレームとは異なる低い頭身をしていた。


「融合!!」


 男が剣を地面に突き刺してそう叫ぶと、その身体がひとつの光の玉へと変化し、SD体型を現実にしたようなマシーンの頭部へと吸い込まれ、機体の目が白い光を宿した。

 その瞳の輝きは、メインカメラアイの正常稼働を示すキャリーフレームのライトサインとは違う。

 光の中に魂を感じる。〈赤竜丸〉と呼ばれたそのマシンの中に、裕太は確かに意思を感じていた。


「さあ来い、黒竜王軍の魔術巨神マギデウス! 拙者、烈火の英傑ガイが尋常に相手をいたす!!」


 〈赤竜丸〉の中から堂々と名乗りを上げた鎧の男──ガイの声とともに、巨大な鞘から剣が引き抜かれる。

 その剣の刃には、まるでコーティングされているかのごとく炎がまとわれていた。


『裕太、あの剣燃えているぞ!』

「……明らかに自然現象じゃないよな。銀川、見覚えあるか?」

「ううん、全然ないわ。デザインも体型もキャリーフレームじゃない。それよりもあの機体、まるでファンタジーの世界から飛び出てきたみたい……」


 エリィの意見に、裕太は素直に同意をした。

 今までに見たことのない未知の機体。

 これはかつて、木星軍がヘルヴァニア軍と初遭遇したときのような、ファーストコンタクトかもしれない。

 原理も、性能も、力量も不明という状況を認識した裕太は、頬に冷たい汗を垂らしながらビームセイバーの使用申請を手元で送った。

 数秒の後、帰ってくる「承認」の文字。


「ネギだかマギだか知らないが、やるぞ、ジェイカイザー!!」

『よっしゃあ! ビームセイバー!!』


 ジェイカイザー手に握られた柄から、光の刃が伸びる。

 こちらの戦闘態勢を確認したかのように、炎の剣を構えた〈赤竜丸〉が土を蹴り上げた。

 縦に振り下ろされる赤い刃をビームセイバーの光が受け止める。


 裕太がビームセイバーを選択したのは、相手の武器が未知数であったからだ。

 相手の攻撃が未知のものである以上、実体にフォトンエネルギー纏わせるジェイブレードよりも、非実体のビームそのものを刀身とするビームセイバーの方がガードを抜かれた時のリスクが低い。


 そして裕太の予想通り、ビームの刃は熱エネルギーの塊たる炎の刃を受け止めることに成功した。

 まるで花火を上げたかのような激しい閃光が、鍔迫り合いをした刃の間からほとばしる。

 その状態のままジェイカイザーが蹴りを入れようと足を動かすと、その動きを察知したのか〈赤竜丸〉が後方へと飛び退いた。


 空を蹴る形となったジェイカイザーに向け、少し離れた位置で〈赤竜丸〉は剣を構え、縦に振り下ろす。


「我が魂の炎よ、地獄の輪となり邪を払え! 獄炎輪!!」


 剣から放たれた、直径がジェイカイザーの全長ほどもある火炎の輪っかが地面に炎を立ち上らせながら向かってくる。

 裕太は咄嗟にペダルを踏み込み、バーニアを吹かせてその場から横へとステップをさせた。


 対象を外した炎のリングがコンクリート製の壁にぶつかり弾けて消える。

 すぐさまジェイカイザーの開いた手がショックライフルを掴み、トリガーを引いて〈赤竜丸〉へと光弾を放つ。


 しかし、迫るプラズマ粒子の弾丸を素早い太刀筋が弾き、光弾があらぬ方向へと飛んで消えた。


「笑止! なかなかやるようだが、そのような軟弱な攻撃、拙者に届くはずもない!」

『裕太、すごく強いぞあのマシーン!!』

「笠本くん、普通の攻撃じゃ通用しないわ!」

「わかってる! 耳元で叫ぶな!」


 再びビームセイバーを構え、〈赤竜丸〉と向き合うジェイカイザー。

 ふと、裕太は〈赤竜丸〉から得体の知れない圧力・プレッシャーを感じ始めていた。

 その見えない力は徐々に増大し、それに伴うように剣の炎が輝きを増していく。


(……大技か!)


 ただならぬ気配を感じた裕太は、無言でコンソールをテキパキと操作しウェポンブースターを起動した。

 回避に専念するのも一つの手だが、この状況で出したということは追尾性のある技か、あるいは広範囲の技に違いない。

 ならば、回避ではなく同等の力で打ち消す方向に持っていった方が確実だという咄嗟の判断だった。

 互いに得物を空に掲げ、エネルギーを増す2機のマシーン。

 奇しくも同時にチャージが完了し、示し合わせたかのようにふたつの刃が動き出す。


「やっちゃえ! ハイパービーム斬りよぉ!」

「喰らえ! 強化ビームセイバー!!」

『カイザービーム一文字斬りぃぃぃ!』

しょうりゅうざん!!」


 ぶつかり合う光と炎の巨大な刃。

 強大なエネルギー同士が科学的、あるいは未知の原理により反応しあいその熱量を増していく。


 ──刹那、巨大な爆発が2機の間に生じ、その巨体が宙を跳ねた。

 互いに後方へ、背中で地面をえぐりながら仰向けに滑るジェイカイザーと〈赤竜丸〉。

 爆心地にポッカリと開いたクレーターを挟むように、2つの巨体が静止する。



 ※ ※ ※



「こ、小癪な……!」


 先に動いたのは〈赤竜丸〉だった。

 勢いを失った炎の剣を杖代わりに、よろめきながらゆっくりと立ち上がる。

 ……が。


『ジェイバルカン!!』


 頭だけを持ち上げたジェイカイザーから放たれた無数の実弾が、満身創痍の〈赤竜丸〉へと突き刺さった。

 目に灯っていた光が消え、その場に倒れる〈赤竜丸〉。

 その赤い巨体が光を纏って消滅し、後には膝をついた格好の鎧の男、ガイが残った。


 遠くから聞こえてくるパトカーのサイレン音に、裕太はコックピットの中で胸を撫で下ろす。

 いつもなら無邪気に勝利を喜ぶエリィも、この時ばかりは静かにため息をついていた。

 コックピットハッチを開き、念のため警戒しながらガイのもとへと歩く裕太。

 ガイはうめき声とともに顔を上げ、裕太を見上げた。


「……拙者が敗れるとは、敵ながら見事な腕前だった。名を聞きたい」

「えー……知らないオヤジに名前教えるの怖いんだけど」


 裕太がためらっていると、到着したパトカーから降りてきた大田原が片手を上げて歩いてきた。


「笠本のボウズ、そいつが容疑者か?」

「カサモト……!?」


 大田原に手錠をかけられながら、その口から放たれた苗字に驚愕を顔に浮かべるガイ。


「しょ、少年! もしや、少年の母親の名は……ユミエではござらんか!?」

「ど、どうして母さんの名前を!?」


 思わぬところから飛び出た母の名に、裕太は思わずガイに詰め寄った。

 しかし、ガイはその場でがっくりと肩を落とし、座り込んでしまう。


「そうか、ユミエ殿の息子ならば……拙者が勝てぬわけだ」


 意味深な言葉を残して、ガイはパトカーへと連行されていった。



 ※ ※ ※



「見ーちゃった、見ーちゃった!!」


 裕太たちの視界の外。

 枯れ木の枝の間から、ひとつの小さな人陰が顔を出してほくそ笑んだ。

 まるで童話に出てくる妖精のような姿をしたその少女は、懐から取り出したビー玉サイズの水晶玉へと喋りかける。


「ゴーワン様、ゴーワン様! 報告がありますです!」


 水晶玉と会話する妖精の姿に気づいたものは、誰もいなかった。



 【7】


「それで、結局あのオジサン何者だったのぉ?」


 翌日、エリィは教室に入るやいなや、未知の相手を倒した報酬で潤った通帳をニヤニヤ顔で眺める裕太に尋ねた。


「信じられないような話だけど」


 と裕太は前置きして、大田原から取り調べで聞いたガイについての話を始めた。



 ※ ※ ※



 曰く、あのガイという男はタズム界というファンタジックな異世界からやってきた戦士だという。

 そのタズム界では、黒竜王軍たる魔物の軍団と人間たちが争い合っているらしく、巨大な魔物に対して人間は魔術巨神マギデウスという魔法で動く巨大ロボットで対抗していた。

 その戦いはガイを含む4人の英傑の活躍により、かろうじて人類側がやや有利という状況で進んでいたらしい。

 しかし、黒竜王軍は勢力を広げるべく未開の異世界であるルアリ界……つまりはこの世界への侵攻を企てていたとか。

 その侵攻を止めるべくガイはこの世界へと転移したのだが、工事現場のキャリーフレームを黒竜王軍の魔術巨神マギデウスと間違えて暴れていた……というのが裕太が聞かされた内容だった。


「……まるでライトノベルみたいな話ねぇ。そんな生い立ちなら、金海さんをスライムのモンスターだって間違える気持ちもわからなくはないけど。それで、どうしてあのガイってオジサンは笠本くんのお母さんを知っていたの?」

「それが……」

「それは、勇者どののお母上であるユミエ殿は我ら英傑の一角であるからでござる!!」


 突然現れたツナギ姿のガイに、裕太はその場でひっくり返った。


「ななな、オッサン! 何で学校に!?」


 椅子の上に這い上がりながら裕太が詰め寄ると、ガイはフンと鼻を鳴らしながら胸を張った。


「大田原殿下の計らいにより、よくわからぬが異星人保護プログラムというものに入れてもらったのでござる! 狭いが綺麗な家と、この学び舎の事務員という一時的な仕事まで斡旋してもらったのだ!」


 ──異星人保護プログラム。

 それは、地球へと移住するヘルヴァニア人のための制度である。

 他の惑星からやってきたヘルヴァニア人は、当たり前だが地球の戸籍を持たない。

 それ故に生活に不都合が生じないよう、公的機関が移住者の戸籍を用意し、家と働き口を都合してくれるというものであり、これにより簡単に地球での新生活をスタートできる仕組みである。


「ま、まあ異世界の人も言い換えれば異星人みたいなものよねぇ……」


 自らもその制度にお世話になったことがあるかのように納得するエリィ。

 それよりも、裕太はさきほどガイが言ったことについての納得がまだだった。


「それよりオヤジ」

「オヤジ、オヤジと呼ばないでほしいぞ。拙者はまだ25歳でござる」

「それはどうでもいいから、俺の母さんが英傑だって? 俺の母さんなら5年前から病院で寝たきりなんだが」


 裕太が質問をぶつけると、まるでわかっていたかのようにガイが大きく頷いた。


「いかにも、ユミエ殿は5年前よりタズム界へと魂が召喚された異界人であるからな。我が故郷のタズム界は夢幻むげんうつつの狭間の世界。それ故、召喚された魂は肉体を得て我らの同志となるのだ。」

「つまり、俺の母さんが異世界で英傑になったのか……」

『まるでラノベみたいだな!』


 携帯電話から唐突に発されたジェイカイザーの声。

 しかし、ガイは少しも驚かずに物珍しそうに携帯電話を覗き込む。


「ほう、この機械に勇者どのの魔術巨神マギデウスの意思が宿っておるのか」

「そのネギデウスとは違うものなんだが……っていうか、さっきからオヤジ俺のことを勇者勇者って何のことだ?」

「ネギではなく、魔術巨神マギデウス! ……とにかく、ユミエ殿は閃光の英傑という二つ名を持つタズム界随一の聖騎士パラディン! その息子たる裕太殿はまさしく光の勇者ということではござらんか!」

「いやいやいやいや」


 顔の前で必至に手のひらを振って否定の意を表す裕太。


「冷静に考えてみろ、侍オヤジ。母さんがその英傑になったのって5年前だかそこらへんだろ? 俺はその前に生まれてる。つまり、母さんに後付けされた称号は俺とは無関係じゃないか?」

「いやしかし、それでも勇者どのは拙者と同等、いやそれ以上の実力を持つ! まさしく勇者と呼ぶにふさわしい人物でござるよ!!」

「おーい、銀川。お前も助け舟を……って」


 助けを求めて振り向いた裕太の目に入ったのは、両頬に手を当て妄想に興じるエリィの姿だった。


「えへへ、笠本くんが勇者様かぁ~♥ じゃああたしは、その勇者様を支えるお姫様……。あらやだ、あたしったら本当にお姫様だった~♥ うふふふふ……」

「ダメだこりゃ」


 目を閉じて身体をくねらせているエリィに助力が見込めそうになかったので、今度はジェイカイザーの方へと目を向ける。

 しかし、携帯電話の画面に映っていたのはものすごい勢いで打ち込まれる名前候補だった。


『閃光勇者ジェイカイザー……違うな。愛の勇者……というのも語感的にイマイチか。逆に勇者英傑ジェイカイザー……意味がかぶっているな。むむむむ』


 ロボットアニメのようなタイトルを模索する相棒を見て、裕太はがっくりと肩を落とした。



 ……続く!


─────────────────────────────────────────────────

登場マシン紹介No.19

【赤竜丸】

全高:7・6メートル

重量:不明

 ファンタジックな異世界、タズム界で生み出された魔術巨神マギデウスという種類の機体。

 烈火の英傑・ガイの専用機であり、彼が融合することで動き出す。

 武器は炎の剣「イグナーガ」と、その力を用いた火炎魔術。

 魔術巨神マギデウスはタズム界に生息する巨大生物の甲殻などを素材として建造され、その生物の魂と魔力が機体に宿るため生命エネルギーを持ち、傷は時間経過で自動修復される。

 翼竜の姿へと変形した「ワイバーン形態モード」という姿が存在し、タズム界での戦闘では他の魔術巨神マギデウスを乗せて空を駆けることもあった。

 なお、召喚の際に発生する魔法陣は立体映像ではなく本物の魔法陣である。

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