第6話「死闘! 海中決戦」

 【1】


 青い海、白い砂浜。

 雲一つない快晴の大空に浮かび真珠のように輝いた太陽は、たまらなく眩しい日差しで海水浴場をジリジリと焼くかのごとく照りつけていた。

 古びたトタン張りの更衣所からこげ茶色の扉を開いて飛び出した裕太と進次郎は、おろしたての海パン一丁で砂浜へと踏み込んだ。


「海だーっ! 熱っ!」

「イヤッホーウ! 熱っ!」


 勇んで飛び出したものの砂浜の熱に足の裏を焼かれたふたり。

 苦悶の表情を浮かべながら手に持ったビーチサンダルをほぼ同時に砂の上に叩きつけ、急いでその上に乗って難を逃れた。

 陽の光を受けて輝く灼熱の砂がせせら笑うようにキラキラと虹彩を放つ中、小刻みなステップで足裏の熱を放出したふたりは、永遠のように長い数秒を経てようやく熱砂の地獄から開放された。


「ふたりとも、何やってるのよぉ!」


 微笑みながら呆れた様子で更衣所から出て来たエリィ。

 空の色を映したかのような鮮やかな青色のビキニを身にまとい、白いバッグを片手にサンダルで砂を鳴らしながらゆったりと裕太たちのもとへと歩いていく。

 左右に揺れる彼女のダイヤモンドのような輝きを見せる銀色の長髪が、あたかも写真撮影の反射板のように働きエリィのグラマラスな体躯を強調していた。

 女子高生にしては豊満なエリィのバストが、太陽に照らされて輝く肌により一層目だって見えたので、思わず裕太は見惚れてしまい言葉を失った。

 裕太といえど思春期の健全な男子高校生である。

 目の前に魅力的な水着姿の美少女が現れれば、視線が釘付けになるのも無理のない話であった。

 口を半開きにして動きが止まっている裕太の顔を、エリィがルビー色の目で心配そうに覗き込む。


「笠本くん、どうしたの?」

「い、いやその……綺麗だな、と思って」


 エリィの水着姿をボーッと見つめていた裕太は、思わず本音を言ってしまい、自分の言ったことが突然気恥ずかしくなって無意識に視線をエリィから逸らした。

 一方エリィも不意に裕太から褒められたのがたまらなく嬉しかったのか、あるいは照れくさくなったのか頬を赤らめながらその場で小刻みに飛び跳ねて喜びを全身で表現する。


「ええい公衆の門前でイチャつくんじゃない。このバカップルどもめ……」


 ふたりのやり取りを見ていられなくなった進次郎は、ボソリとひとり呟いて、辺りをキョロキョロと見回した。

 エリィと一緒に更衣所に入っていったサツキの姿を探しているのだと裕太にはすぐに分かったが、肝心の彼女の居場所はわからなかった。


「それより銀川さん、サツキちゃんは?」

「岸辺くん、サツキちゃんならもうすぐ来るって……」


 唐突に口をつぐみ、エリィはハッと後ろを振り返る。

 背後から聞こえてくる金属同士のこすれるような不気味な音。

 裕太と進次郎もまた恐る恐る振り返ると、そこにはなぜか片腕にドリルを付けた重装甲の潜水服。

 錆だらけの関節を唸らせながらゆっくりとこちらに歩いてくるそれは、金属の軋むような音を立てて裕太たち目の前まで迫り、やがて頭部のヘルメットに開けられた底の見えないガラス窓の向こうからくぐもった声を出した。


「お待たせしました~」


 潜水服から聞こえてくるサツキの声に、示し合わせたかのように一斉にずっこける3人。

 確かに、こんな場で素っ頓狂な格好をしてくる可能性があるとすれば彼女しかいないのであるが、あまりのインパクトに彼らの思考は止まっていたのであった。


「サツキちゃん! なんて格好をしているんだ!」

「え? 海ではこういう格好をするんだと聞いたんですけれど……」

「あのねぇ、それは海は海でも海底の格好よぉ。海水浴でする格好じゃないわ」

「海水浴では……ほら、ああいった感じの格好でいいんだよ」


 進次郎が浜辺を歩く水着の女性を指差すと、潜水服もといサツキが上半身を傾けるようにしてコクリと頷いた。

 そしてその場でくるりと横に回転すると、あっというまにフリフリのついた白色の可愛らしい水着を着たサツキへとその姿が変化した。


『いかーーーーん!』


 裕太の手に持つ携帯電話から、唐突に放たれたジェイカイザーの野太い声。

 急な咆哮に驚いた裕太は手を滑らせて携帯電話を落としそうになるが、その場であわあわと手ですくうようにしてなんとか握り直した。


「突然何だよ、ジェイカイザー!」

『こういった場合サツキ殿のような少女が着るのはスクール水着だと相場が決まっているのではないのか!』


 声を荒げるジェイカイザーに、エリィがやれやれといったふうに口を開く。


「あのねぇジェイカイザー。あなた、ギャルゲーの遊びすぎよぉ。こういった場で女の子にとって水着っていうのは精一杯のオシャレの対象なの。そこで野暮ったいスクール水着なんて普通は着ないわよぉ」

『そんな馬鹿なぁぁぁぁ!』


 エリィに論破され慟哭どうこくするジェイカイザーをよそに、砂浜の空いてるところを見つけた裕太と進次郎は、その場所にレジャーシートを広げ、パラソルを組み立ててその横に突き刺した。

 そしてシートの上に各々のカバンや着替え、携帯電話などの私物を置いて身軽になる。


「サツキちゃん。僕がひ、日焼け止めを塗ってあげようか?」


 彼なりに勇気を振り絞って言ったのだろう。

 進次郎が日焼け止めのボトルを差し出しながら、サツキに若干噛みつつもそう提案したが、無情にもサツキの首は横に振られた。


「私の肌は既に耐紫外線コーティング加工をしているので必要ありません!」

「お、男のロマンが……」


 サツキに笑顔で断られ、がっくりと項垂うなだれる進次郎を尻目に、エリィが水着の肩紐をひとつ解きながら艶めかしい目線を送りながら裕太に近づいた。


「えへへ。笠本くん、あたしに日焼け止めを塗って……」

「エリィさん、私が塗ってあげますね!」

「え? ぎゃぁぁぁ!」


 腕の先を放水ホースのように変形させたサツキに日焼け止めと思しき霧状の液体を勢い良く噴射され、たまらず絶叫するエリィ。

 水のダマひとつなくエリィの肌の表面が日焼け止めでコーティングされ、太陽の光を受けてキラリと輝く。


「これで日焼け止めはバッチリです!」

「お、女のロマンがぁ……」


 進次郎と同様にガックリ肩を落とすエリィを、裕太は乾いた笑いで誤魔化すことしかできなかった。




 【2】


 現在は5月上旬。本来ならば海水浴が行える季節ではない。

 しかし、裕太たちの住む場所から電車で数駅のところにあるこの砂浜は、最新の環境制御システムによって年中常夏の気候を維持し続ける事ができる。

 もともとは沖に存在する海産物の養殖場の気候維持ためのシステムではあるのだが、範囲に引っかかる形となっている砂浜は一年中海水浴が可能なビーチとして有名な観光スポットとなっているのだ。




「さて、荷物番はどうしようか」


 学生だけで海水浴に来た場合の問題にぶち当たる裕太たち。

 できれば全員で遊びに行きたいののは山々だが、私物を手に持って泳ぐことなんて出来はしない。

 かといって、ここに荷物を置いたままで全員が出てしまうのも防犯上よろしくないので、誰か一人はこの場所で番をしないといけない。

 ジャンケンでもするか……と裕太が頭を悩ませていると、サツキがハイと手を上げた。


「荷物番なら私がやりまーす!」

「えっ? でもそれじゃあサツキちゃんが遊べないんじゃ……」

「こうすれば大丈夫です!」


 そう言って目を閉じたサツキは、まるで単細胞生物の細胞分裂かのように中央から左右に分かれ、やがて小学生くらいの見た目のサツキふたりになった。

 今まで変身は何度も見てきたが、これにはさすがの裕太たちも口をあんぐりと開けて驚く他なかった。


「「これで荷物番の心配はいりませんよ!」」

「「「いやいやいやいや」」」


 ドヤ顔のふたりのサツキに向けて一斉に手を振って否定の意を表す3人。

 個々の意識とかはどうなっているのかとか、身体が縮むだけで済むのかとかいろいろと言いたいことはあるが今の論点はそこではない。

 サツキはそれでいいのかもしれないが、小学生体型ひとりを置いていくのは気が引けるし、連れ去りや声掛け事案が発生する可能性も高い。

 せめてもう一手、なにか手段を講じなければ……。


『ううむ、やはり携帯電話からでは水着の美女が見づらいな』


 状況を読まずにビニール袋に包まれた携帯電話の中から、ひとり勝手なことを言うジェイカイザー。

 ジェイカイザーに見せつけるように、エリィが躍り出て軽くポーズを取る。


「あら、水着の美女だったらここにいるわよぉ?」

『エリィ殿では若すぎる! 私は年上派なのだ!』

「……スクール水着がどうこう言ってた口で言うセリフじゃないわぁ」


 エリィが呆れている横で、裕太はひとつ妙案を思いついた。

 その案を実行すべく、裕太は濡れ防止のため透明なビニール袋に入ったままの携帯電話を手に持ち、レジャーシート後ろの誰もいない空間で振り上げて叫ぶ。


「ジェイカイザー、カムヒア!!」

『!?』


 ジェイカイザーが反射的に行ったのか、レジャーシートをつま先で踏んずけるようにして魔法陣からジェイカイザーの本体がせり上がるように姿を現す。


『裕太、何故呼び出した? 敵か!?』

「小さい金海さんに敵……というか不審者が近づかないように見張っててくれ」

『私に荷物番をさせようというのか!? 私は正義の戦士だぞ!』

「そのメインカメラならそこら辺にいる女の人たちがよく見えるだろう」

『……よし! 任務了解だ、裕太!』


 張り切った声で叫び、左腕のシールドを砂浜に突き刺すジェイカイザー。

 シールドがうまいこと日除けの影になり、レジャーシートに座る小さなサツキが手を叩いて喜んだ。


「よし、これで問題解決だな!」

「チョロすぎるわよぉ、ジェイカイザー……」


 ジト目で呆れ果てるエリィをよそに誇らしげな裕太。

 進次郎も「まあ、これなら大丈夫か」と満足そうに頷いた。

 当面の問題が解決したので、各々ビーチボールや浮き輪などを手に持ち、4人揃って海を見据える。


「そんじゃ、銀川行こうぜ!」

「ああっ! ちょっと待ちなさいよぉ!」

「進次郎さんも行きましょう!」

「フム……なんだか子守をする気分だが仕方あるまい」


 裕太はエリィの手を引いて、進次郎はサツキを抱きかかえて海へと走り出した。




 【3】


「おのれ~地球人のアベックどもめ。楽しそうに異性交遊などして、けしからんったらありゃしない!」


 波に揺られて緩やかに上下運動をする大型船の甲板で、木甲板に汗を落としながらキーザが憎々しげに吐き捨てた。

 双眼鏡で海水浴場を観察しながら、棒状の袋菓子を咥えてサクサクと食い散らす。

 その後ろで白いイスに座りトロピカルジュースを飲んでいた内宮が「何言うてんねや」と言いながら呆れ顔で立ち上がった。


「内宮よ、貴様も独り身ならアベックを憎む私の気持ちがわかるはずだろう」

「アベックて……死語やないかい。それにうちはまだ学生やで? 売れ残ったわけやあらへんし、その気持ちはわからへんな」

「裏切り者め、貴様も所詮は地球人ということか……!」

「地球人関係あらへんやろ。あのビーチにヘルヴァニア人もぎょーさんおるやろうし。そこまで憎むて昔なんかあったんか?」


 内宮が軽い気持ちでそう尋ねると、キーザが血の涙を流さんとするような形相で正面から内宮の顔を見据え、ぐいっと顔を近づけた。


「聞いてくれるか内宮。話すも涙、聞くも涙のこの私の波乱万丈の人生を」

「お、おう……。それでキーザはんの気が済むんやったら……」


 若干ドン引きしながらも内宮が了承すると、黄昏れるようにキーザが船べりへと手をつき、背中に哀愁を漂わせながら淡々と語り始めた。


「私はかつて、旧ヘルヴァニアの三軍将の一人……つまり私の他にもうふたりいたわけだが」

「わけだが?」

「いつの間にか脳筋のアトーハと紅一点のスーグーニのやつら、アベックとなり戦後には結婚し子まで作ったのだ! しかも終戦後は地球で喫茶店を経営し始め幸せな家庭を築き、おまけにその子はいまや大学生という……!」

「そ、そりゃおめでたい話やな。で、キーザはんはどないなったんや?」

「私は彼らと居場所を失い地球へと降り立ったのだが、当時はヘルヴァニア人の風当たりが強くてな。仕事にありつけず惨めにもゴミ漁りと空き缶拾いで飢えを凌ぐホームレス生活を強いられたのだ! この私が! かつては三軍将の一角として栄華を誇っていたこの私が!!」

「そりゃあ災難やったなあ」

「後に私の経歴を高く評価してくれた訓馬専務に拾ってもらい今に至るが、それ以来私は幸せそうなアベックを見ると殺意が湧くようになったのだよ」


 満足げにウンウンと頷き話し終えたキーザに、ただでさえ細い目をさらに細めて冷ややかな目線を送る内宮。

 連休を返上してまでこんな船に乗っているのは、別にこの男の愚痴や身の上話を聞くためではない。

 キーザの身の上話を聞き終えて、内宮は「ただの私怨やないかい」と聞こえないようにポツリと呟いた。

 仕事の話を切り出したいが、なかなか途切れないキーザの身の上話に、うんざりしてふぅとため息をつく。


「今、私を笑ったか?」

「わろうてへんよ。勝手に誤解すんなや」

「クッ……! 地球のアニメなどでも紅一点幹部と結ばれるのはイケメン幹部だと相場が決まっているというのに……!」

「……自分でイケメン言うてるからアカンのちゃうんか?」

「何か言ったか!?」

「言うてへん言うてへん」


 ゼェゼェと息を荒げるキーザは、大きく息を吸って吐き呼吸を整え、かねてより観察していたビーチの一点をビシッと指差した。


「ええい内宮よ! こうなれば用意した水中用キャリーフレームで海水浴場を強襲し、憎きアベックどもをまとめて焼き払ってしまえ!」

「なんやアニメの悪役みたいになってきおったなぁ……。どうせ今回は水中戦のデータ収集やろ? カップルの焼き払いはせぇへんけど、ちょっかいかけて海上保安庁あたりとドンパチしてくるわ」


 内宮がキャリーフレームデッキに向かおうと後ろを向くと、その肩をキーザが掴んでチッチッチと指を振った。


「違うぞ内宮。今回の目標はあのデカブツだ」

「あのデカブツ?」


 キーザが指差した先を内宮が手渡された双眼鏡で覗き込むと、〈ドゥワウフ〉に乗った際に相手をしたロボット──ジェイカイザーが目に入った。

 金ダライでぶん殴られて敗北するという屈辱的な戦いを思い出し、内宮の眉がつり上がる。


「あいつか……。ま、うちかてあいつにリベンジできるのは嬉しいけどな。なんでまたあいつなんや?」

「訓馬専務直々の指示でな。詳しくは分からないがあのロボットの戦闘データも収集しろとのお達しだ」

「フーン……。事情はようわからへんけど、カネ貰う分はいつも通り働いてやるわ。ほな!」


 そう言って内宮は船内に入り、鉄板張りの無機質な階段を降りてキャリーフレームデッキへと足を踏み入れる。

 そこではキーザの部下に当たるメビウス電子の社員たちが、半分海水に浸かった橙色のキャリーフレームをせっせと整備していた。


 キャリーフレームとはいうが、この機体は人型ではなく、例えるならばザリガニのような形状をしている。

 前後に長いオレンジ色の胴体部分、左右にハサミのような形状のアームを持ち、後方には推進用の巨大なスクリューと、向きを変えるための舵が尾ビレのようについている。


 整備員たちの喧騒めいた声が響き渡る中、内宮はこのキャリーフレーム〈カブロ〉によじ登り、搭乗口の近くにいた整備員に声をかけた。


「おっちゃん達、これもう乗れるんか?」

「はい、いつでもどうぞ!」

「おおきにおおきに!」


 軽く社員たちと会話を交わし、内宮は飛び降りるように搭乗口からコックピットへと入り込んだ。


 この〈カブロ〉は水中用キャリーフレームなのであるが、コックピット構造は陸上用のものと変わらない共通規格である。

 これはどこの国の、どこのメーカーのものでも一切変わらない国際規格であり、ひとつのキャリーフレームに乗れるようになれば、同時に他のすべてのキャリーフレームも操縦できるようになるようになっている。


 パイロットシートに腰掛けた内宮は起動キーをひねり、両手を操縦レバーと神経接続をし、出撃の準備を手際よく進めていった。


「ハッチ解放! 内宮さん、どうぞ!」

「ほんなら。内宮千秋、〈カブロ〉、出るでぇ!」


 内宮がペダルを思いっきり踏み込むと〈カブロ〉が勢い良く潜水し、デッキ底に開かれたハッチから飛び出した。




 【4】


「つ、疲れた……」


 祐太は砂浜にあぐらをかいたジェイカイザーが作り出す影で涼みながら、レジャーシートに横たわりぐったりとした声で呻いた。


『若者がほんの数時間で疲れるんじゃない!』

「人間は水の生き物じゃないから、海で身体を動かしてると陸の何倍も疲れるんだよ」

『では陸上で遊べばいいのではないか?』

「……お前な、海水浴の意味わかってるか?」


 寝っ転がったままジェイカイザーと珍妙な問答をしていると、両手にひとつずつかき氷を持ったエリィがパタパタと海の家の方から小走りで戻ってきた。

 一秒でも早く届けたかったのか、息を切らせながらパラソルの陰に入ったエリィは前かがみになって呼吸を整え、裕太にかき氷を差し出した。


「お疲れ様ぁ。はい、カキ氷買ってきたわよぉ」

「おっ、サンキュ」


 上半身を起こしてかき氷を受け取った裕太の横に並ぶように腰掛けるエリィ。

 そして裕太の顔を覗き込んで微笑んだあと、かき氷に刺さっているスプーン状のストローを口に運んだ。


「あーおいしぃー! ……ねえ笠元くん。ちっちゃい金海さんは?」

「俺が荷物番代わるから進次郎のところに行かせた。なんでもふたりで沖まで遊びに行くんだと。あうう、頭がキーン……」

「あはは! 急いで食べるからよぉ! ……あら?」


 かき氷の甘く冷たい味に舌鼓を打っていたエリィは、浜辺の向こうから見知った顔の男がふたり並んで歩いてきたことに気づいた。

 男のうちの片方が、片手を上げながら裕太たちに声をかける。


「よう! お前ら!」

「軽部先生! ……と照瀬巡査?」

「妙な組み合わせのコンビねぇ」

「軽部とは昔のバイトの先輩後輩でな」


 警察の制服を裾まくり腕まくりした清涼感ある格好の照瀬と、海パン一丁にアロハシャツ姿の軽部を見比べ、エリィは眉をひそめる。


「どうせ軽部先生はビーチで水着美女との出会いを期待してるんでしょぉ?」

「悪いか! こら! 積極的に動かないと出会えるものも出会えないんだよ!」

「ってことは照瀬巡査も?」

「軽部と一緒にするな! 俺は仕事だ! 連休で混み合ってるこういうところは事件が多いからな」


 照瀬が口を大きく開いて反論し、ジェイカイザーの影に入りながら海水浴客で賑わう海岸を額に手を当てて見渡した。

 確かにその言い分は最もだが、照瀬の来た方向から歩いてくる〈クロドーベル〉を見て、海岸の警備にしては大げさすぎやしないかと裕太は疑念を抱いた。

 やがてジェイカイザーの隣に並ぶように〈クロドーベル〉が停止すると、照瀬は複雑な表情の裕太に気づいたのか〈クロドーベル〉を見上げて口を開く。


「なぜキャリーフレームが必要かという顔をしているな? まあ、抑止力ってやつだ。キャリーフレームを見せておけば下手な犯罪はやろうとは思わんだろう。なぁ、富永?」

「はいであります!」


 元気のいい返事とともにクロドーベルのコックピットから飛び降りた富永は、競泳水着のようなものに身を包んでいた。

 しかもご丁寧に潜水ゴーグルを額につけ、さらに浮き輪まで手に持っている。

 そんな富永の姿を見て、キリキリと目を吊り上げる照瀬。


「富永ぁ! なんだその格好は! お前遊ぶ気満々じゃねぇか!」

「いえ、これは周囲に溶け込む偽装工作であります!」

「適当な嘘を付くんじゃない!」

「嘘じゃないであります! ほら、見てください照瀬さん!」


 そう言いながら富永が指差した先から、5,6人ほどの子供たちの集団が「キャリーフレームだー!」とはしゃぎ声を出しながら〈クロドーベル〉に群がってきた。


「このキャリーフレーム、お姉ちゃんの?」

「そうでありますよ! すごいでありましょう!」

「「すげーすげー!」」


 飛び跳ねながらペタペタと〈クロドーベル〉を触る子供たちに微笑ましい笑顔を送る富永の姿は、警察官というよりは教育番組のお姉さんにも見える。

 そうこうしている内に子供たちのひとりが、あぐらをかいているジェイカイザーに気づいたのか、裕太に話しかけた。


「このキャリーフレーム、なんだかオヤジ臭いね」

「……中の奴がおっさんみたいなやつだからなあ」

『おい裕太、今のは聞き捨てならないぞ!』

「わー! 怒ったー!」


 ジェイカイザーの怒声にサーッと蜘蛛の子を散らすように逃げていく子供たち。

 まだ〈クロドーベル〉にくっついていた子供も、照瀬が怖い顔をして離れるように告げると笑いながら帰っていった。


「何も怒ることないじゃありませんか」

「遊んでばかりいられないんだよ俺達は! 富永、お前もさっさとクロドーベルの中で制服に着替えておけ!」

「あうううう……、酷いであります!」


 渋々といったふうに回れ右し、クロドーベルのコックピットへと消えていく富永。

 照瀬はそんな富永を見て額の汗を手で拭いながらハァ、と大きなため息を吐いた。


「……ったく。で、お前たちはどうしてここに?」

「この間のドラマ撮影の協力のお礼にって井之頭さんから1泊2日の旅行券が届いたのよぉ」

「この海岸近くの旅館に泊まる家族用チケットだったんで、一人暮らし連中で遊びに来たわけですよ」

「ほう、そりゃあ良かったな。……軽部、お前なに落ち込んでんだ?」

「ちくしょう、いい青春してやがるぜ……! 俺が学生の頃は……うおーーー!」


 がっくりと項垂れたまま空気になっていた軽部は、そう叫ぶとビーチのへと突進し、やがて人混みの中に消えて見えなくなった。


「……何がしたいんだ、あいつは?」

「さぁ……?」




 【5】


 海岸から少し離れた沖の海原。

 波の穏やかな海の上で、進次郎はサツキが変身したゴムボートに乗ってのんびりとオールを漕いでいた。


「サツキちゃん、息とか苦しくないか?」

「はい、大丈夫です!」


 傍から見れば男子高校生が1人で独り言を言いながらボートに乗っているだけにも見えるが、これでもふたりにとってはれっきとしたデート気分である。

 砂浜からかなり離れたところまで来た進次郎は、穏やかな海面を見渡し、満足感にふけっていた。


「遠くまで来たもんだなあ」

「進次郎さん、疲れていませんか? 私ならモーターボートにもなれますよ?」


 サツキの気遣いに嬉しくなりながらも、オールを漕ぐ手を止めて進次郎は船べりに身体をもたげながらうーんと伸びをする。


「天才たるもの、己の力量は常に把握しておかねばならんのでな」

「よくわかりませんが、なんだかすごいですね!」


 サツキの適当な褒め言葉に少々ガクッとながらも、進次郎は上体を起こしてオールを掴み、漕ぎ出そうと手に力を入れた。

 その時、遠くからボーっという汽笛の音が聞こえてきたので、その方向に顔を向ける進次郎。

 音がした方には、巨大な船の影が水平線上にぼんやりと浮かんでいた。


「あんなところに、豪華客船か……?」

「素敵なお船ですね~。私も一度くらいああいうのに乗ってみたいです!」


 無邪気な声をボートから出すサツキに、進次郎は鼻をフッと鳴らして微笑んだ。


「どうしても乗りたいと言うのなら、僕なら叶えてあげらなくもないけどね?」

「進次郎さん、それってどういう……?」

「それは……うん?」


 言いかけて、進次郎は船のある方角から巨大な影がだんだんこちらに迫っていることに気づいた。

 一瞬サメか何か来たのかとも考えたが、それにしては影が大きすぎる。


「サツキちゃん、逃げ……どわーっ!?」

「進次郎さん!」


 高速で通り過ぎた巨大な影の起こした波で、進次郎はボートから投げ出され、海面に落下した。

 すぐさまサツキが人間に戻り、沈む進次郎の下まで潜水し再びボートに変身することで金魚すくいのような要領で進次郎を助け出す。

 サツキの上で進次郎が手をついて、ゲホゲホと咳込み海水を吐き出す。


「進次郎さん、大丈夫ですか!」

「僕は大丈夫だけど……い、今のはいったい……?」


 ボートの上でうつ伏せになりながら、進次郎は漏らすように呟いた。




 【6】


「……ん?」


 照瀬と話していた裕太たちは、海の方に人だかりができて騒がしくなったので何事かと立ち上がった。

 現場に群がる人たちでよく見えないので、祐太はジェイカイザーのコックピットまで登って何が起こっているのかを観察する。

 見える範囲で察するに、海岸に近い沖の水面から、オレンジ色の巨大な物体が浮かび上がっており、周辺にいた海水浴客が野次馬のように何だ何だと周りに集まっているようだった。

 海面に現れたそれは、カニのハサミにも見える巨大なアームを上に向け、煙の尾を引くミサイルのような何かを上空へと発射した。

 そのミサイルは空中で弾け、花火が爆発するような轟音と眩しい閃光が辺りに響き渡る。

 爆発音と光を受けた野次馬たちは悲鳴を上げながら散り散りに逃げ出し、途端に海水浴場はパニックに包まれた。


「おい笠本の小僧! 今の爆発音は何だ!?」

「なにか、キャリーフレームのようなものがミサイルみたいなのを発射したみたいです!」

『私の目にはオレンジ色で、ハサミみたいなのを持っているマシーンが映っているぞ!』

だいだい色で、ハサミ。そして水中型……JIO社製の海底探査用キャリーフレーム〈カブロ〉ね!」


 手のひらに拳を載せ機体名を言い当てるエリィの傍らで、先程富永が乗り込んだクロドーベルが勇ましく立ち上がる。


「犯罪者の出現でありますね! 神妙にお縄につけでありまーーす!!」


 富永が威勢のいい声とともに〈クロドーベル〉を走らせ〈カブロ〉の方向へと駆けていく。

 その〈カブロ〉はというと、接近する警察のキャリーフレームに気づいたのか、沖の方へと逃げるように潜行した。


「逃げようとしても、そうは行かないでありまーす!」

「おい富永、よせっ!」


 照瀬の制止も聞かずに蟹型キャリーフレームの後を追って海に飛び込む富永の〈クロドーベル〉は、水面に大きな水柱を上げて沈んでいった。

 裕太たちは水しぶきとなって振り注ぐ海水のしょっぱさに顔をしかめながら、富永が沈んだ地点を食い入るように見つめる。

 水面の波紋が波にかき消され波の音だけが響く、しばしの静寂に包まれる海岸。

 数秒後、その静寂を切り裂くように照瀬の持つ通信機から富永の悲痛な声が響いてきた。


「がぼぼぼごぼぼぼ!?」

「だからよせと言ったんだ! 脱出しろ、富永!」


 文字通り泡を食っている富永の助けを求める声に、声をぶつけるようにして照瀬が叫ぶ。


「ごぼばばぼが!」


 脱出装置の作動する音とともに通信が切れ、やがて水面に浮き輪に乗ってぐったりした状態の富永が浮かび上がった。

 慌てて照瀬が水面をバシャバシャと踏み抜きながら駆け寄り、浮き輪ごと富永を引っ張って回収する。


「おい富永、生きてるか!?」

「じ、じぬがどぼぼびばびぱ死ぬかと思いました……」

「あーあー、ひでぇ有様だな」


 困った顔をした大田原がそんなことを言いながら、いつもの特濃トマトジュースのパック片手に麦わら帽子姿で現れた。

 被っていた帽子を外して暑そうな顔で顔を仰ぐ大田原に、富永をレジャーシートに寝かせた照瀬が食って掛かる。


「隊長! なぜ湾岸の警備なのに耐水処理をしていないのですか!?」

「海水浴場に水中用キャリーフレームが乗り込んだ前例がないんで、俺も掛け合ったけど却下されたんだよ。恨むなら上層部を恨んでくれ」

「では、あのキャリーフレームに対して我々はどうしようもないじゃありませんか!」

「困ったときは……なあ、坊主?」


 銀歯混じりの歯をキラリと見せながら、ニヤついた顔で裕太の顔を見上げる大田原。

 裕太はふう、とひとつため息を吐くと後ろ飛びでジェイカイザーのパイロットシートに飛び込んだ。


「沖に行った進次郎達が心配だから戦うんですからね」

「坊主のツンデレなんて嬉しくもねえよ。ジェイカイザーの気密性についてはトマスからのお墨付きが出てるから安心しな。ま、小遣いは弾んでやるから頑張ってくれよ」

「ったく、警察の尻拭いみたいなものなのに軽く言ってくれますね。よーし、行くぞジェイカイザー!」


 裕太は操縦レバーを力強く握り、指先との神経接続を行って気合を入れ、砂浜に刺さったシールドをジェイカイザーの左腕に装着する。

 砂を撒き散らさないようにバーニアは使わず、ジェイカイザーをゆっくりと沖の方へと歩かせる裕太だが。


『待て、裕太!』

「どうした、ジェイカイザー!?」

『まだ私は準備運動をしていないぞ!』

「だああっ!」


 何事かと手を止めた裕太は、ジェイカイザーの天然ボケに思わずずっこけた。

 コックピットの中でひっくり返った裕太は急いで体勢をととのえてパイロットシートに座り直す。


「ロボットのお前に準備運動が要るかーっ!!」

『そ、そうなのか……』

「馬鹿なこと言ってないでさっさと行くぞ!」

『おう! 水着のお姉さんを怖がらせた罪を償わせてやる!』

「もっとマシな意気込みをしろよ!」


 改めて裕太はペダルを踏み込み、ジェイカイザーを海へと飛び込ませた。




 【7】


 ジェイカイザーの全身が海水に浸かり、操縦レバーやペダルがぐっと重くなる。

 海底の岩場に足をつけ、裕太は周囲を見渡した。

 陽の光が海面で屈折し、波に揺られることであたりが動くスポットライトに照らされるようにテラテラと明暗を繰り返す。

 所々に突き出た岩の陰からは魚の群れが出たり入ったりを繰り返し、水底に斑点模様を描き出していた。

 辺りを警戒しながら、重い操縦感に裕太は手足を慣らしながらジェイカイザーに話しかける。


「……勢いで飛び込んだは良いけどさ。ジェイカイザー、お前水中でどれくらい動けるんだ?」

『低い方からC・B・A・Sの4段階のうちで表すなら、Bくらいだぞ!』

「それって割とダメな方じゃねーか! ……っと、奴のお出ましか!」


 裕太がツッコミを入れている間に、岩陰から巨大な影が姿を現した。

 差し込む太陽光をオレンジ色の装甲で反射しながら、〈カブロ〉はハサミの間からミサイルのようなものを射出する。


「笠本くん! あの〈カブロ〉は改造されてるみたいよ! 大きなハサミから放たれる魚雷に気をつけて!」

「銀川、わかった! さっさと片付けてやる!」


 陸上のときに比べて重いレバーを力強く捻り、ジェイカイザーにショックライフルを構えさせる裕太。

 正面から接近する魚雷に照準を合わせ、引き金を引く。

 ……だが、銃口から淡い光が一瞬出るだけで、いつもの光弾は発射されなかった。


「な、何で撃てないんだ!?」

『裕太、避けろ!』

「何!? うあああっ!?」


 咄嗟にシールドで受け止めたものの魚雷の直撃を受け、後方へとふっとばされるジェイカイザー。

 裕太はとっさにバーニアを噴射させブレーキをかけようとしたが、間に合わずジェイカイザーの背中にぶつかった岩盤が砕け散る。


「笠本くん大丈夫!? ショックライフルの弾はそこじゃ海水に放電しちゃうから発射できないわよぉ!」

「先に言ってくれよ! 銀川、〈カブロ〉に弱点はないのか!?」

「えーっと、もとは海底探査用だから外からの圧力には強いし、ハサミ状のアームは鉄骨を挟み潰すくらいのパワーが有るわ!」

「それ強い部分じゃねーか!」

『裕太、今度は左だ!』


 ジェイカイザーの声に反応して左を向くと、〈カブロ〉がハサミを構えながら接近してきていた。


「突進攻撃!? ……ミサイルは弾切れか!」


 慌ててバーニアを吹かせ、姿勢を下げるジェイカイザーだが、回避が遅れたためか左腕が〈カブロ〉のハサミに掴まれてしまった。

 ミシミシという痛々しい音とともに亀裂が入るジェイカイザーの左腕。

 祐太はショックライフルの接射をしようと右腕で銃口を〈カブロ〉に押し当てるが、引き金を引く前に離脱されてしまう。

 ジェイカイザーのもとから一時後退した〈カブロ〉は、回り込むような動きで再び突進を仕掛けてこようとしていた。


「こいつ、手強い……!」


 裕太は小声でつぶやきながら、操縦レバーを握る手に力を入れた。



 ※ ※ ※



 操縦レバーを押し込んで〈カブロ〉を旋回させながら内宮はジェイカイザーの手応えのなさにコックピット内でほくそ笑む。


「……なんや、水中やと大したことあらへんなぁ! 訓馬はんにデータ渡すまでもない、ここでうちが潰したるわ!」



 ※ ※ ※



 水中を8の字を描くように動き回り、突進攻撃を繰り返す〈カブロ〉に苦戦する裕太。

 バーニアの推進力で無理やり動くことはできるが、水の抵抗を考慮されていないジェイカイザーの形状はただでさえ部品が旧式故に高くない運動性能を著しく低下させる。

 反撃の糸口が見えないまま、いたずらに疲弊していく裕太に、携帯電話越しにエリィが声をかける。


「笠本くん! 思い出したんだけど〈カブロ〉は旋回能力が低いわよぉ!」

「だからって、どうすりゃいいんだよ!」

『裕太、ジェイアンカーを使え!』

「え? そんな武器お前にあったっけ……?」

『画面だ、画面を見ろ!』


 聞き慣れない武器名にぽかんとしながらジェイカイザーの言うとおりに正面の画面を見ると、右下に「搭乗回数10回記念:ジェイアンカー解放」という小さなポップアップが浮かび上がっていた。


「携帯ゲームのログインボーナスかよ!?」

『早くしろ、裕太!』

「どんな武器かしらねえが、ダメもとだ! 行けぇ!」

『喰らえ、ジェイアンカー!!』


 ジェイカイザーの叫びとともに右手の甲から、Cの字のような形をした有線式アンカーが勢い良く射出された。

 アンカーは後部についたバーニアから海中に気泡の線を噴出し、速度を上げて直進する。

 正面から放たれた攻撃に、〈カブロ〉は機首を上げて直撃を避けようとするが、追うように軌道を変えたアンカーを受け、オレンジ色の装甲を凹ませる。


「……新武器のくせに大して効いてねぇな。ある程度は思った通りに動いてくれるみたいだが」


 ぼやく裕太をよそに、機首を上げた〈カブロ〉はジェイカイザーの真上を通り過ぎ、旋回して再び突進コースへと戻っていく。


『どうする、裕太!? このまま海の藻屑にされるのは嫌だぞ!』

「俺だって嫌だよ! くそっ……水中じゃなければ!」


 みたび突進攻撃を行おうとする〈カブロ〉を前に、裕太は思考を巡らせる。

 必死に考える横でわたわたするジェイカイザーの声を聞き、さきほどジェイアンカーと交わした会話を思い出した。


 ──人間は水の生き物じゃないから、海で身体を動かしてると陸の何倍も疲れるんだよ。

 ──では陸上で遊べばいいのではないか?


「これだ! ジェイカイザー、奴を砂浜にあげてやるぞ!」

『そうか、水中用のマシーンなら、陸ではあまり動けない! ……だが、どうやるのだ?』

「こうするんだよ!」


 裕太は接近する〈カブロ〉に向かって、再びジェイアンカーを射出した。

 放たれたジェイアンカーは〈カブロ〉からは大きく外れ、その下を潜り込むように進んでいく。


『おい、当たらないじゃないか!』

「黙ってろ、ジェイカイザー! ……今だ!」


 裕太はアンカーが〈カブロ〉の真下に来た瞬間に操縦レバーを力強く引っ張った。

 するとアンカーが〈カブロ〉の底を殴り抜けるように真上に進路を変え、その機首を斜め上に押し上げる。

 機首を上に向けられた〈カブロ〉はブレーキも旋回もままならず、トビウオの如く水面へと飛び出した結果、砂浜に先端から突き刺さるように落下した。


 水揚げされ身動きの取れない〈カブロ〉を追って、ジェイカイザーも海面に水柱をあげながらバーニアを吹かせた大ジャンプで海水浴場へと着地する。

 虚しく舵が空をあおぎ、推進用のスクリューを空回りさせる水中用キャリーフレームを見下ろし、裕太はジェイカイザーに警棒を持たせて振りかぶる。


「はい、おしまいっと!」


 淡々と〈カブロ〉の動力部に警棒を突き刺すと、機体全体にスパークが走り小さな爆発を2,3度起こしてグッタリとするように動かなくなった。


『裕太! もっと格好良くとどめを刺せないのか!』

「この状態でどうかっこよく決めればいいんだよ!」



 ※ ※ ※



 動かなくなった〈カブロ〉の中で、内宮は悔しそうに下唇を噛んでコンソールを殴りつける。

 今回は楽に勝てる戦いのはずだった。

 相手の苦手な環境に誘い込み、一方的に攻撃できていたはずなのに。


「……新兵器なんて反則や!」


 キーザには負けてもいいとは言われていたが、やはり負けるというのは悔しいものである。

 内宮は歯ぎしりを鳴らしながら自爆装置のスイッチをグッと押し込みながら、力いっぱい叫んだ。


「……跳躍!」



 ※ ※ ※



『裕太! マシーンから生体反応が消失したぞ!』

「なんだって!?」


 ジェイカイザーの慌てた様子の声を聞き、裕太の脳裏によぎるドラマ撮影の時に襲ってきた〈ドゥワウフ〉の末路。

 消える生体反応、コックピットから聞こえるカウントダウン、そして大爆発。

 大田原は搭乗者が消え自爆する機体群を『グール』と呼び注意を促していた。

 となれば、この〈カブロ〉も数秒後には爆発する可能性が高い。

 浜辺には、まだエリィや照瀬たちが残っているのでこのままほうっておくわけにもいかない。


 裕太は海岸に背を向けたままジェイカイザーに〈カブロ〉の胴体を掴ませ、力の限りレバーを引っ張った。

 無人となった〈カブロ〉の装甲にジェイカイザーの指が食い込んでいき、徐々に持ち上がって砂から離れていく。


「こンのぉぉぉ……ヤロォォォ!」


 叫びながら、身体全体ごと後ろへと逸らしレバーを引っ張りぬく裕太。

 その動きに呼応するように、ジェイカイザーが〈カブロ〉を掴んだまま後方へと倒れ、その勢いで遠くへと巴投げの要領で海へと放り投げた。

 先程戦っていた辺りの沖に水柱が上がり、やがて轟音と共に大爆発が起こった。


「二度も……同じ手を喰らうかよ……!」


 巻き上げられた海水が雨のように降り注ぐ中、逆さになったジェイカイザーのコックピット内で裕太は足と尻を上に向けたまま呟いた。




 【8】


「ほげぇー……生き返るぅー」


 海面を照らすように浮かぶ月の光を受けながら、お湯に顎まで浸かった進次郎が間延びした情けない声を出した。


 一連の騒ぎの後、裕太たちはジェイカイザーの片付けを明日に回して海水浴場近くの旅館にチェックインをした。

 市内でも指折りの温泉旅館に来たからにはと、部屋に荷物を置いてほぼ貸し切り状態と化している温泉へとやって来たのだった。


「情けない声出すなよ進次郎」


 頭に畳んだタオルを乗せながら、石造りの浴槽に裕太が腰を下ろしつつ呆れ声を出す。

 進次郎は裕太の言葉に眉をムッとさせながら、スイーッと裕太の前に移動した。


「そうは言ってもだな、僕は危うく死にかけたのだぞ? やっとこさ砂浜まで戻ってきたと思ったらいきなり目の前で爆発が起こるし」

「ま、まあ無事だったから良かったじゃないか」

「そうは言うがな……」


 そう言いながら口までお湯に沈みブクブクと泡を吐く進次郎を苦笑いしながら眺める裕太の耳に、聞き慣れたしゃがれ声が聞こえてきた。


「おう、おめえらも入ってたのか」


 腰にタオルを撒いた格好の大田原がそう言いながら露天風呂の扉を開けた。

 手に持ったビンの浮かぶ風呂桶を水面に浮かべながら、肋骨の浮き出たシミだらけの身体を湯船に沈める大田原。


「それ、お酒ですか?」

「いいだろう、風情があるぜぇ?」

「酔っ払ってお風呂に入ると酔いがひどくなるらしいですけど」

「若ぇモンは細かいこと気にすんな!」


 そう言いながら、手に持った小さなお猪口にビンのお酒を注ぎ、カァーッと言いながらえつに入る大田原を「おっさん臭いな」と横目でぼやく進次郎。


「……っていうか、何で大田原さんがこの旅館に来ているんですか?」

「こちとら上層部に無茶言われて出張してきた身でよ、遅くまで警備に当たる代わりに一泊宿を用意してもらったってわけだ。ちなみに照瀬は既に酔いつぶれて寝ている」

「照瀬さーん……」


 そんな会話をしながら3人でまったりと湯に浸かっていると、竹づくりの壁の向こうからエリィとサツキのものと思われる明るい声がかすかに聞こえてきた。


「女子組も堪能してるみたいだな」

「坊主ども、女湯を覗きに行ったりしねえのか?」


 大田原の口から出た突拍子もない案に、口を揃えて「え?」と言いつつ目を白黒させる裕太と進次郎。


「何でそんなことを」

「ガハハハハ! 青春漫画とかだとそういう展開あるじゃねえか。劣情に駆られた男どもが無い知恵絞って覗き行為に勤しむってやつがよ」

「……酔ってますね大田原さん。例え俺達がそんなことを企む破廉恥野郎だったとしても、現役警官の目の前でそういうことはしないと思いますよ」

「そうか、それもそうだな! ガハハハハ!」


 高笑いをする大田原の横で、裕太と進次郎はいろいろな感情のこもったため息を吐いた。



 ※ ※ ※



 身体の隅々まで洗い終えたエリィは、自身の肉体を隠していた1枚のタオルを畳んで湯船の淵に乗せる、

 外気に晒される乙女の柔肌、先ほどまで浴びたシャワーの水がつぅ……っと胸から足元に掛けて垂れていくお湯の温度を確かめるように、つま先からそっと身体を湯船に浸けていく。

 足先から伝わる熱に反射的に身震いを起こしてしまうが、その熱にエリィは絶妙な心地よさを感じつつゆっくりと腰を下ろす。

 やがて肩まで浸かると「んっ……ふふっ……」と少女らしからぬ艶めかしく色っぱい吐息が口から漏れてしまった。

 湯気を通して光を拡散させる月を見上げながら、エリィは身体から疲れを追い出すように両腕を思いっきり上に伸ばす。


「海の見える露天風呂、素敵よねぇ!」


 全身で感じる温泉の気持ちよさに身を震わせながら、弾んだ声でサツキに話しかけると、サツキもまったりとした顔で温泉の効能を楽しんでいた。


「人の身体で湯に浸るというのもなかなか気持ちいいですね」

「サツキちゃん、いつもお風呂はシャワーなのぉ?」

「いえ、衣類に擬態して洗濯機でガーッとするんです。柔軟剤の香りが身体いっぱいに広がって気持ちがいいですよ」

「……それ、お風呂って言わないわよぉ」


 呆れた様子でエリィがツッコむと、身体全体を大きなタオルで隠した富永がぴちゃぴちゃと足音を立てながらエリィたちの前に姿を表した。


「最近の学生さんは変わっておりますなぁ」

「……この子だけが特別なだけですよぉ」

「わぁ! 海水浴場がよく見えるでありますよ!」


 まるで子供のように、富永ははしゃぎ声を上げながら露天浴場の柵から身を乗り出し、海岸を一望した。

 エリィ達もその横に並んで海岸を望むと、あまりの綺麗な風景にわぁ、と自然に声が漏れた。

 暗闇に浮かぶ満点の星空が、波を受けてゆらゆらと揺れる水面に映し出されて、ひとつの絵画のような不思議な光景を作り出していた。

 人のいなくなった砂浜は月明かりを受けてキラキラと輝き、まるで宝石箱を覗いているようだ。

 そして、宝石の中に一際黒光りする巨大な影。

 その巨体はまっすぐにこちらを見据え、文字通りじっと目を光らせている。


「エリィさん、あれってジェイカイザーですよね?」

「こっちを見ているようにも見えるでありますねえ」

「って、まさか……」


 エリィの額に、嫌な予感が生み出した汗がひとしずく垂れた。



 ※ ※ ※



『裕太! お前に代わって私が女体の神秘を録画しているからな!』


 ビニール袋に入った裕太の携帯電話から、興奮した様子のジェイカイザーが高らかに叫んだ。

 突然の相棒の覗き宣言に裕太は憤激の雄叫びを上げ、煮えたぎるような熱い感情をジェイカイザーに叩き込む。


「んなこた頼んでねぇぞこのエロロボット! おい銀川! ジェイカイザーがそっち覗いているぞ!」

『あ、この裏切り者!』


 裕太の怒声が届いたのか、壁の向こうの女湯からエリィの悲鳴が聞こえてきた。



 ※ ※ ※



「いゃーん! 笠元くんならともかく、ジェイカイザーに見られるのは嫌ぁー!」


 慌てて胸と局部を手で覆い隠し、その場にしゃがみ込むエリィ。

 身体にタオルを巻いた状態の富永と羞恥心のないサツキはジェイカイザーの視線からエリィを守ろうと彼女の前に出て壁となった。


「サツキちゃん、なんとかしてぇ!」

「わかりました!」


 サツキはこくりと頷くと、身体を一切隠さずに柵から身を乗り出し、右腕をジェイカイザーに向けてまっすぐに突き出した。

 その肘の先は鋼鉄のような色へと変化し、やがて分離して炎を吹き上げながらジェイカイザーに飛んでいく。


「ロケットサミング目潰し!」

『ふべらっ!?』


 サツキより放たれた小さな鋼鉄の弾丸はジェイカイザーのカメラアイを的確に潰すように衝突し、ジェイカイザーの頭部が火花を上げながらグシャリと潰れていった。


「最近の学生さんは手が飛ばせるんですなぁ」

「……この子だけですからねぇ?」


 エリィは富永にそう言いながら、いそいそと再び身体を湯船に沈めた。



 ※ ※ ※



『まだだ、メインセンサーをやられた程度で……!』

「とっとと諦めろこのクソロボット! ったく……。すみませんね大田原さん、修理にお手数かけます」


 申し訳無い気分で相棒の不貞を謝ると、大田原はハハハと軽く笑いながらお猪口の酒をぐいっと飲み干した。


「〈カブロ〉のパンチは強烈だった! ……ということにしとこうか坊主」

「ええ……そういうことにしといてください……」


 ビニール袋ごと携帯電話を湯船に沈め、裕太は大きくため息を吐いた。

 ジェイカイザーの立つ砂浜を横目で見ながら、裕太は何か頭に引っかかりを感じていた。


「……何か忘れてるような?」


 そう小声で呟いたが、何だったかが思い出せないうちに温泉の気持ちよさにまどろんで忘れてしまった。



 ※ ※ ※



 ジェイカイザーから少し離れた砂浜に、ひとり体育座りで哀愁を漂わせながら月を見上げる男。


「俺の……出会い……」


 誰もいなくなった海水浴場で、月明かりを受けながら軽部は虚しく孤独に呟いた。



……続く



─────────────────────────────────────────────────

登場マシン紹介No.6

【カブロ】

全高:3.4メートル

重量:8.4トン


 JIO社製の海底探査用キャリーフレーム。

 キャリーフレームの中では珍しく人型ではない機体であり、全体のフォルムはザリガニを思わせる。

 鉄骨すら容易に挟み切る力を持つハサミ型アームを備えており、近接戦闘能力は高い。

 今回搭乗した機体はハサミ部分に魚雷発射管を増設した改造機であるが、その魚雷は威嚇・牽制用であり威力が低かった。

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