第294話 思えばいと疾し02


 快晴。


 今日も今日とて、一義は、のらくら。


 テラス席で本を読んでいると、


「先生」


 と声をかけられた。


 そちらを見やると、碧色の髪と瞳の美少女が居た。


「やっほ、です」


 外見年齢は、一義と同等。


 波模様の和服を着て、腰に剣を差している。


 少し時間が経っているきらいはあったが、誰かは見て取れる。


「ステファニー……」


「ですです」


「久しぶりだね」


「ご無沙汰しております」


「顔を見せに?」


「近くまで寄ったものですから」


「ほう」


 と一義。


 愛らしく育った生徒の溌剌さには、元気を貰える。


「それにしても先生方は老けませんねぇ」


「まぁね」


 中身も、大して変わっていない。


 講師になる前の、ヒモ男に戻っているため、退化しているともとれる。


「先生らしいです」


 クスクス、と、ステファニーは笑った。


「今は何をしているんだい?」


「とある城の警邏隊に所属しています」


 和の国は王都以外にも、都市を統べる大名が存在し、幾つかの城が建てられている。


 その内の一つの城に雇われた、と、ステファニーは言ったのだ。


「警邏隊ね」


 大名の持つ懐刀の一つだ。


 一義が一から仕込んだ、斥力魔術。


 その行使と応用とを、入念に教えた。


 攻撃の効率。


 防御の展開。


 害性の邪魔。


 移動の補助。


 エトセトラエトセトラ。


 単純な『力』であるため、光などの例外を除いて、万物に適応さるる現象だ。


「攻撃に良し防御に良しですね」


 とステファニーは笑った。


「その分じゃ快適にやっていそうだね」


「これでも出世頭です」


 ムフン、と、胸を張ったあと、ウィンク。


「先生の指導の賜物です」


「そりゃ良かった」


 笑う一義。


「ご主人様。お茶のお代わりは……ああ」


 姫々が、テラス席に、顔を出す。


「姫々先生。お久しぶりです」


「ですね。息災で何よりです」


「ええ。おかげさまをもちまして」


「王都には何用で?」


「警邏隊の王都招聘に選ばれまして」


「それはそれは」


 時折王都は軍事の一環で、各地の城から懐刀を呼んで、軍事力の情報共有と並列化を促す。


 そこに選ばれたということは、即ちステファニーが推薦されるだけの評価を得ていることの逆説だ。


「名誉ですね」


「有り難い事です」


 ステファニーは、照れ笑い。


 むず痒いらしい。


「先生におかれましては見目麗しゅう」


「まぁご主人様の居るところ何処にでも居るわたくしたちですし」


 こっちも照れ笑い。


「団子を食べていきませんか? 奢りますよ?」


「ではありがたく」


 そしてステファニーは、テラス席の一義の隣に座った。


「先生?」


「はいはい」


「実は私」


「…………」


「まだ処女です」


「…………」


 傾けた湯飲みが、ピタリと止まった。


 定量の茶を、飲み干す。


「で?」


「今でも先生が好きです」


「思春期ぐらいから惚れられたよね」


「私とザンティピーは初期からでしたよ?」


「あー、そだっけ」


「一応出世したので、先生を養ってあげられますけど」


「既に働いている身分だ」


 まこと、言葉とは、恐ろしい。


「まぁそうなんでしょうけど」


 苦笑するより他に無し。

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