第286話 それから三年後10


 旅館は最上級で、店員や仲居も一流だった。


 魚料理は、刺身から干物、天ぷらに塩釜焼き、寿司、茶漬け、兜焼き、エトセトラエトセトラ。


 多彩な魚料理に、舌鼓を打つ。


 というか、量が多すぎて、大凡の生徒は、途中でギブアップした。


 一義たちは、するすると食べて、


「ほ」


 食後の茶で一服。


 後に風呂に入ったが、露天風呂で、当然男女別。


「久方ぶりな気がするなぁ」


 一人で風呂に入るのも。


 別に風呂の間だけ、かしまし娘の維持を解けば良いだけだが、それはそれで引け目も覚える。


 本当に鬱陶しいなら、そうしているが、不思議と憎めない。


 親切な姫々。


 元気な音々。


 道化な花々。


 にくい配役だった。


「ほほう」


「育ってるね」


「…………」


「あう」


「僕にも頂戴!」


「花々先生……大きいな……」


 年頃の乙女なら、その手の話題は出るだろう。


 露天風呂で、石を積み上げた壁。


 女子風呂からの、キャッキャとした声は、一義の耳にも届いていた。


「ええ? 先生方は一義先生とお風呂に?」


「水着着用が必須ですけど」


「むぅ」


「ま、多感な時期だねぇ」


「羨ましい」


「君らにはまだ早い!」


「そんな問題……?」


「ていうか勝てる気が」


 乙女の心情も、十人十色。


「ふい」


 馬鹿話を肴に、空を見る。


 ところどころ雲があるが、月は夜空に確かにあった。


「月子……」


 ドクン、と、脈打つ。


「が……」


 心臓の鼓動が早まる。


「落ち着け……!」


 ギシィ、と、歯を食いしばる。


 ここにかしまし娘は居ない。


 倒れるわけには、いかなかった。


「大丈夫。大丈夫。大丈夫」


 逆上せも、一因だろう。


 早々に露天風呂を出る。


 十分温まったため、そこは問題ない。


 風呂上がりに牛乳を飲んでいると、異国部の講師と生徒がゾロゾロと。


「牛乳~」


「私も」


「…………」


 各々に牛乳を頼んで飲む。


 それから寝室へ。


 一義とかしまし娘は、離れ家だ。


 一応、一義の事情を斟酌しての事。


 ゼルダが監督で、めいめいの生徒たちは、大部屋で寝る準備。


 というより時間的に速攻で寝た。


「くあ」


 一義も徹夜だったため、眠気はあったが、


「呑みませんか?」


 と、ゼルダに誘われた。


「断るのも忍びない」


 そんなわけで、旅館内部での飲み屋に、顔を出す。


 ここからは大人タイムというわけだ。


「生徒たちは?」


「全員グッスリと」


 一義たちを引っ張って、商都を巡ったのだ。


 疲労もあるだろう。


 それは一義も同一だが、意図的にアドレナリンを過剰供給して、眠気を吹っ飛ばした。


「しかし……酒か」


 花々は、呑む気満々だ。


「せめて月見酒にしませんか」


 それは健全な提案だった。

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