第284話 それから三年後08


 そして来たる一ヶ月後。


「皆さん準備は出来ているでしょうか?」


 ゼルダの最終確認に、


「はーい」


 と答える生徒たち。


 付き添いの一義たちも、講師枠で予算内だ。


 広い荷台の馬車に乗って、温泉旅館までの旅。


 一日目は林道を通って、和の国の大河の橋を渡る。


 月夜の空に、地には螢。


 燐光のように消えては光る。


「ああ、貴女の愛もあの月のように」


 シェイクランスの脚本の一角。


 月見デートしたい感じだが、今は団体行動中。


 余計な感傷は空気ブレイカーだ。


「大丈夫ですか?」


 姫々が聡く気付いた。


「ま、今は何とかね」


 螢の群れを見ながら、夜を過ごす。


 飽きることの無い景色。


 とはいえ徹夜で見るほど剛毅でもない。


 単純に眠って発作が起こったら問題なので、一日目は寝ないことにしているのだ。


 馬車を止めて、荷台で居眠りする生徒たち。


 山賊や不逞浪士の類は出るが、一義たちにしてみれば、塵芥より興味がない。


「あまりご自分をお責めにならないでくださいね?」


「無理筋」


「それも十全に理解はしていますけども……」


 一種のカウンターとして、かしまし娘が居るため、


「全く処置無し」


 とまでは言えない。


 少なくとも、


「心が救われたい」


 という願いの具現が、かしまし娘だ。


 である以上、何処かにあるはずなのだ。


 一義にとっての金人が。


 螢を見ながら考える。


「夜々は今頃笑っているだろうね」


「あー……」


 と花々。


「妹御は色々とアレだし」


 性格が歪曲している。


 捻れている……というよりもう少し深刻だ。


 結果、表現が「歪曲」と相成る。


 パチパチと焚き火が鳴る。


 渇いた枝を火中に放る。


「月子様ほど愛らしい少女も中々いませんしね」


「ある種不細工だったら、まだ僕の感傷も小さくて済んだかも」


「結果論で語れば無意味だよ!」


 空気を読めないのは音々らしい。


 が、同時に暗鬱さを払拭する元気がある。


 夜の闇に潰れてしまいそうなときには、音々の元気が有用だ。


「しっかし……」


 一義の嘆息。


「情緒の欠片もありゃしないね」


 疲労もすると言う物。


 囲まれていた。


 大凡半径五メートルの円周上で。


 山賊の類だ。


 音々の斥力の結界で隔離しているため近づけないが、魔術は永遠では無い。


 そこを狙うつもりなのだろうが、生憎と採算が誤っている。


「便利な物だなぁ」


 斥力にフィルターをかけ、音声まで遮断。


 結果醜いヤジは空虚であり、馬車の荷台で眠る生徒たちは安眠だ。


「どうするお兄ちゃん?」


「放っておいてもいいけど……」


 別に困りはしない。


 ただ、


「修学旅行の一日目の体験が螢の燐光ではなく流血沙汰になるのもなぁ」


 程度の感傷も覚える。


 むしろ哀愁ですらある。


「わたくしが排除しましょうか?」


「銃声は生徒を起こすから駄目」


「そうですね」


 別にソレだけが、姫々の手段で無いにしても。


「音々は障壁を維持」


「あいあい」


「じゃ、音も聞こえないということで」


「あたしの出番かい?」


「シクヨロ」


 一義の視線を受け止める、赤の眼。


 血の色は、同色を欲す。


「僕たちって一体何だろね?」


 たまに一義は思うのだが、


「やれる事とやってる事が比例してないような……」


 そんな思念。


 花々はバーサーカーとなって山賊に襲いかかった。


 さすがに少女たちに撲殺死体を見せればショッキング映像……R18指定なので穏やかに骨を折る程度で退散させた。


「螢が綺麗だなぁ」


 どう考えても、現実逃避の一言でしかなかった。

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