第245話 いけない魔術の使い方23


 別段地獄絵図にも出来るのだ。


 一義がやろうと思えば。


 意味が無いからしないだけである。


 必死で一義を押し留めようとする兵士には尊敬の念すら覚える。


 そうするに足る……命を捨てても守るべき価値が風の国の王族にはある。


 そう言っているも同然だったのだから。


 尤も……だからといって一義がほだされるはずもない。


 一義は一義で平穏を守るために害的因子を排除せねばならない。


 それが此度の風の国の王族と云うだけだ。


「とりあえずどうしようか?」


 風の国に喧嘩を売ったは良いものの、王族の私室も寝室も一義の脳内地図には登録されていない。


「釣ろうかな?」


 とりあえず効率優先で一義はそう考えた。


 謁見の間に向かう。


 兵士たちはどこからともなく現れるが一義は平然と無視してのける。


 謁見の間に着くと、一義は王座に座る。


「不敬な!」


 兵士たちの怒り如何ほどのものか。


 少なくとも一義は気にしていない。


「とりあえず王族を謁見の間に呼んで。別段城ごと吹っ飛ばすことも出来るけどあまり犠牲は出したくないし君たちも無意味に死にたくないでしょ?」


 その通りではあった。


 もはや一義にとって兵士は鎧袖一触に出来る程度の価値しか無い。


 その上で王族を守るためならば……なるほど一義の意に従うほか無いのである。


 一義は王座に座ってポーッと虚空を見ていた。


 宮廷魔術師や王族騎士が攻撃を仕掛けるも特に警戒には値しないという感想だ。


「この常識の埒外をどう扱えばいいのか?」


 それが兵士たちのテーゼで、反抗心を叩き折られた以上、困惑するしかなかった。


 ともあれ王族が謁見の間に連れてこられた。


 斥力の結界によって逃げ場を失ったため、一義のルールに従うほか無いのも事実だ。


「貴君の意思は那辺に在る?」


 国王がそう問いただした。


 他の王族も言葉こそ発しないものの似たような感想らしい。


「第一王子ってのは誰?」


「私だが?」


 率直に名乗り出る。


 一応情報通りの顔立ちをした精悍な若者が一義を睨む。


 嘘では無いと判断して一義は話を進める。


「とりあえず君の目論見は完全に潰えたよ」


「何の話だ?」


 惚ける第一王子に一義は苦笑した。


 全く以て屈託のない笑みだ。


「ディアナに対して発言力のある僕を殺して戦争を引き起こす……でしょ?」


 言葉の方も屈託が無かった。


「何の話だ?」


 国王が困惑した。


 無理もないが。


「既に裏は取ってるから誤魔化しは無しでいこう」


 牽制と云う名の命令。


 少なくともこの場でイニシアチブを握っているのは一義の方だ。


「ねぇ第一王子?」


「む……ぐ……」


 全てを見透かされている。


 そうではあるのだ。


「我の息子が何かしたのか?」


「鉄の国のファンダメンタリストに僕とローズマリーの暗殺を依頼して戦争を誘発させようとしたんですよ」


「?」


 と国王。


 自身とローズマリーの立場を細かく説明した後、一義は結論づける。


「僕とローズマリーはディアナにとってのお気に入りです。そをファンダメンタリストが殺して、それを鉄の国の仕業に見せつける。僕は特に鉄の国と敵対しているから不自然では無いでしょう。そうやって霧の国のディアナ陛下を煽って鉄の国に悪感情を持たせる。鉄の国と霧の国を一触即発にした後、霧の国に挟撃を持ちかける。鉄の国は挟んで存在する霧の国と風の国の両方を相手取って戦争をしなければならず、結果として不利な状況に身を置く。あらすじとしてはこんな所でしょ?」


 一義は第一王子を見やった。


「本当か?」


 国王が息子にそう問うた。


「ええ、まぁ」


 王子殿下は簡潔に認めた。


「ちなみにもうその策略は通じないよ」


 一義が追い打ちをかける。


「僕のディアナへの発言力の高さがこの際のキーだったけど……それは反対の意味も持つ。僕が一言ディアナに口を聞けば霧の国は鉄の国を媒介として風の国に戦争を仕掛けられる。一応それだけの信頼は得られているからね」


 ほとんど容赦というものがなかった。


 戦争は最低でも一対一……理想を云うなら複数の国家が協力して一つの国を攻め滅ぼすのが常道だ。


 一義を殺すことでディアナを煽り、鉄の国を霧の国と風の国の双方で攻め滅ぼすのが戦略なら……逆にその事実を霧の国に暴露して無尽蔵の補給のもとで鉄の国を風の国に宛がうのも戦略だ。


 二つの国家で一国を撃つ。


 ハマれば綺麗な戦争になったろうが、喧嘩を売る相手を間違えた。


 一義を矛盾と知っていれば、また別の方法もあったろうが。


「で、国王? ここであなたの息子を見殺しにすることと、霧の国と鉄の国の双方を敵に回して戦争をすることのどちらを選びます?」


「む……ぐ……」


「仮に後者を選ぶなら当然風の国の混乱を呼ぶために政治機能を停止させる手段に出ますけど……」


 要するに王族丸ごと殲滅すると一義は言っているのだ。


「父君! 鉄の国とて恐れるに足りません! 霧の国の援護とてたかがしれたものでしょう! であればテロリストのはったりに乗る必要は――」


「黙ってて」


 一義は人差し指を第一王子に向けた。


 斥力によって壁に叩きつけられる第一王子。


「陛下にはご聡明な決断をして貰いたいのですが……」


「わかった。元より愚息がまいた種だ。こちらで処理するとしよう」


「話が分かる人は嫌いじゃないですよ。今後も野心を持たずに与えられた領域で徴税するのならこちらとしても話しやすいですし」


 いけしゃあしゃあと言ってのける一義だった。

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