第212話 三人の姫は17


 とりあえず決闘は一義の勝利で終わった。


 が、ここで問題が起きた。


 正式に一義がナタリアの講師として迎えられたのだ。


 負けたクイーンは城の浴場を借りて風呂に浸かっていた。


「あう……」


 ライティング維持時間五秒の魔術師に負けた。


 それもクイーンが宣言する形で。


 一義の魔術そのものは簡単だ。


 力。


 光と同等に単純な現象。


 目で見えない分、光よりイメージはしにくいが、それでも単純には相違ない。


 魔術師として劣等生。


「本当に?」


 首を傾げざるを得ない。


「一義の使った魔術は断じて低位のソレでは無い」


 そうクイーンは思う。


 天井から水滴が落ちてピチョンと湯面に跳ねる。


「では一義は嘘をついたのか?」


 クイーンはそう疑うが、


「仮に嘘をついて何の得があるか?」


 それもまた疑問だった。


 一義の方にその気は無いがクイーンにとって王族の講師というのは名誉の塊のような役割だ。


 給料も結構な物となる。


 仮に一義がその役目を脅かすつもりなら誇張を用いるはずなのだ。


「自分の方が優秀だぞ」


 と言って初めて同じ舞台に立つ。


 となれば、


「事実は事実として……ですか……」


 一義は少ないキャパで以て魔術を行使したことに他ならない。


 それも一般的な魔術師に肩を並べる現象の具現。


 ソが何なのか?


「知りたくない」


 と言えば嘘になる。


「それに……」


 湯に浸かっているためかクイーンの頬が上気していた。


 赤色に染まる。


「お姫様抱っこ……されたし……」


 まぁされた。


 というか他に安全な受け止め方が無かったためだが。


 しかして一義にやられればそれは格別な意味を持つ。


 エルフ。


 東夷。


 忌み嫌われる存在ではあれど、その美貌までは否定できない。


 クイーン。


 お姫様。


 そう名付けられた自分がお姫様抱っこをされる。


 今まで下心有りきで近寄ってくる男性はいた。


 が、一義からはそんなものが見えない。


 ニッコリ笑う顔には邪気がなかった。


 その上でお姫様抱っこである。


「あう……」


 とクイーンが戸惑うのも無理はない。


 茶色の瞳に映る感情をクイーンは持て余していた。


「愛らしい……って言われた……」


 確かに言われた。


 それも邪気無く。


 下心無く。


 ただただクイーンの美少女性を褒めるだけの簡素な言葉だ。


 少なくとも一義にとっては。


 まさかソレが逆に効果的だったとは思いもよらないだろう。


 そしてクイーンは一義には思いもよらない感情を育んでいた。


「可愛い……って言われた……」


 確かに言われた。


 顔が真っ赤になるクイーン。


 今まで散々言われ尽くした言葉だ。


 誰もが言った。


「クイーンは可愛い」


 と。


 あまりにも言われるものだから、


「そうなのか」


 程度の認識はあった。


 そを一義にも言われただけだ。


 なのに雲泥の差があった。


 赤の他人に、


「可愛い」


 と言われることと、一義に、


「可愛い」


 と言われることには重みの違いがありありと実感できた。


「あう……」


 チャプンと口元まで湯に浸かる。


 ブクブクと泡立てる。


「色んな女の子と一緒に居た……」


 それもまた気がかりだ。


「私のことが好きなくせに」


 もはやツッコミも追いつかない状況だった。


 恋したのだ。


 クイーンは一義に。


 表層的思考はソレを認めることをしなかったが。


「とりあえずまぁ」


 結論づけた。


「向こうが私を好きなら少しは考えて上げてもいいですけど」


 やはりツッコミの追いつかない境地にクイーンは居るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る