第176話 嗚呼、青春の日々17


 そしてまた夜が訪れる。


 毎度毎度の東方食堂。


 一義たちはモツ鍋をつついていた。


 結果論として、


「あーうー」


 ジンジャーは進歩しなかった。


 もっとも一日二日で進歩できるのなら魔法学院は要らないだろう。


「とりあえず瞑想から」


 トランスセットをこなすことが回りくどいように見えて一番の近道だ。


「雷……雷……」


 ぶつぶつと呟く。


 一義はモツをはむはむ。


「ていうかディアナたちはこんなところで食事とっていいの?」


 今更ではあるが。


「あまり権威が下がるのも国のためにはならないかと」


 そう一義は言うのである。


「その辺のしがらみは気にしませんよ」


 キャベツとニラをはむはむと食べながらディアナは素っ気なく言った。


「まぁ当人が良いなら良いけどね」


 鍋を箸でつつく。


「というかどういう料理だコレ」


 困惑しているのはジャスミンである。


 一つの鍋を複数でつつくという文化は大陸西方には無い。


 というか東方でも和の国くらいだろう。


 それ故に懐かしさに浸れるのだが。


「ま、郷に入っては……」


「郷に従え!」


「だね」


 かしまし娘が淡々と言う。


「衛生面は考慮されてないのか?」


「別段毒を持っている人間が……」


 とそこまで言って、


「いるか」


 とアイリーンとフェイを見やる。


「はい。フェイちゃん。あーん」


「いいから。お姉ちゃん……」


 暗殺術の極み。


 ファンダメンタリストの刺客。


 体も脳もぶっ壊れているが、ついでに良識も期待できない。


 毒の扱いならば一義と同等か少し下と言ったところだろう。


「でもまぁ今更二人が毒を盛る可能性も無いから気楽な物ですよ」


「死んだらアイリーン様に復活させて貰えば良いだけですからね……」


「かねぇ……」


 ジャスミンは箸をくわえて夜空を見上げた。


 澄み切った大気故に星がよく見える。


 屋外の席にてモツ鍋大会だ。


「…………!」


 ハーモニーはキャベツとニラを山盛りに確保してあぐあぐと胃に入れていく。


 どこにそこまでの懐があるのか?


 それは永遠の疑問。


 人類史の命題だ。


「ハーモニーは可愛いね」


「…………!」


 噴飯するハーモニーだった。


 さもあらんが。


「…………」


 真っ赤になって一義を見やるハーモニー。


 恋する乙女特有の表情である。


 それがまた一義を惹き付ける。


「冗談」


 言った後、


「ハーモニーが可愛いのは事実だけど」


 プシューと茹だるハーモニー。


「ご主人様?」


「お兄ちゃん?」


「旦那様?」


 かしまし娘が牽制してくる。


 無論他のハーレムの子たちも。


「みんなかわいいよー」


 棒読みだ。


 当然わざとである。


 怒りを買ったが、


「では他にどうしろと?」


 と問えばハーレムの子たちも戸惑うだろう。


「一義に特別扱いして欲しい」


 と、


「一義の意思を尊重したい」


 は相容れない。


 それをわかって尚一人もハーレムを脱退しないのが一義の人徳なのだが。


 モツをはむはむ。


「一義様?」


 とこれはディアナ。


「何でがしょ?」


 と一義。


「私と一緒に国を運営してみませんか?」


「エルフが政に関わったら非難殺到だよ?」


「気にしません」


「僕の胃に優しくないから却下」


「王様になれますよ?」


「別の人を見繕って」


「一義様が良いんです」


「そりゃ重畳」


 モツをはむはむ。


「一義」


 とこれはジャスミン。


「何でっしゃろ?」


「俺と同じくロイヤルナイトになれ」


「断る」


 迷い無い断絶だった。


 というか他に選択肢が有り得ないのが一義というエルフなのだが。

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