第三話

第160話 嗚呼、青春の日々01


「ああ……」


 忘れない。


 忘れてなんかやるものか。


 この光景を。


 この罪科を。


 この愚鈍を。


 そして月子を。


「うわああああああああああっ!」


 草木も眠る丑三つ時。


 一義は悪夢によるショックで跳ね起きた。


「お兄ちゃん!」


 一義と一緒に寝ていた黒い髪の幼女……音々が一義を抱きしめる。


「大丈夫! 大丈夫だよ!」


「月子が……月子が死んだ……!」


「うん! うん!」


「何度も殺してる! 何度も! 何度も! 僕は! 僕はさぁ……!」


「大丈夫! 月子様はお兄ちゃんのことを恨んでないから!」


「でもこれは……僕の罪だ……」


「なら受け止めて!」


「受け止めてるよ……」


「違う! お兄ちゃんのソレは盲信! 自分が悪いんだって! 僕のせいでって! そうやって自分に責任転嫁してるだけ!」


「月子が死んだのは……!」


「お兄ちゃんの責任ではあっても罪科じゃない!」


「あ、うう……あうう……」


「大丈夫! お兄ちゃんには音々が居る! 姫々も居るし花々だって居る! だから共有させて! お兄ちゃんの苦しみを全て音々たちにぶつけて!」


「出来ないよ……」


「お願いだから……一人で苦しまないで……!」


「音々!」


 一義はギュッと音々を抱きしめた。


「ごめん……なさい……!」


「お兄ちゃんの苦しみは分かってる! でもだからってお兄ちゃんがその罪故に孤立するのは違うと思う!」


「優しいね……音々は……」


「お兄ちゃんが……居ればこそ!」


「ありがとう……」


 そして一義の発作は治まった。


「はぁ……」


 疲労の吐息をつく。


「お兄ちゃんは形而下は強いのに形而上では脆すぎるよう……」


「だからかしまし娘が居るんだよ」


「そうだけど」


 音々もソレに異論は無い。


「とりあえずロビーに行こ。寝付きが良くなるハーブティー淹れて貰おうよ」


「うん……」


 涙をグシッとぬぐって一義は音々の手を取りホテルのロビーに向かった。


 一階だ。


「どうぞ」


 一流ホテルのサービスマンが二人分のハーブティーを深夜であるにもかかわらず文句も言わずに用意してくれる。


「申し訳ありません」


 一義は謝った。


「何を仰います。お客様をもてなせなくて何のサービスマンでありましょうや。御用がありましたら何時でも声をおかけください。それでは」


 慇懃に一礼してサービスマンは去って行った。


 とはいえ呼び出しのベルの聞こえる範囲で姿を消しただけではあるが。


 一義か音々がベルを鳴らせば颯爽と現れるだろう。


 一義と音々は茶を飲む。


「ふぅ」


 吐息をつく。


「落ち着いた?」


「うん。まぁ」


「お兄ちゃんはまだ満たされないんだね」


「まるで月のように心が欠けるよ……」


 シェイクランスの一説のようであった。


「お兄ちゃんは可愛いね」


「エルフだからね」


 白い髪。


 黒い肌。


 長い耳。


 甘い顔。


「けどそんなことじゃないよ」


 音々は首を振る。


「お兄ちゃんの精神が愛らしいの」


「男としてソレはどうなのかな?」


「この際性別は関係ないよ」


「男が情けなくて音々は良いの?」


「うん。頼りにして貰って名誉なくらい」


「……そっか」


 一義は茶を飲む。


「きっとさっきの悲鳴は姫々と花々にも聞こえてるはずだよ」


「あう……」


「ま、今夜は私が当番だから身を引いているんだろうけど」


「あう……」


「可愛いお兄ちゃん」


「あう……」


「可愛いままでいてね?」


「……努力するよ」


 一義はそれだけ云った。




「きっとその罪を精算できたとき……」




 心の中で音々は呟く。


 きっと。


 そうきっと。


 何時に為るかまでは分からないが。


「それでも」


 そう願わずには居られなかった。

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