第151話 いけない魔術の使い方20

「なにするんですか~」


「だからそれはこっちのセリフ」


「夜々が兄さんにドメスティックバイオレンスされる要因なんかありますか?」


「フェイ」


 一刀両断な一義の言に、


「…………」


 しばし沈思黙考。


 後に判断できたのか、


「ああー……」


 得心いったと夜々だった。


「納得して死んだはずのフェイを叩き起こしてアイリーンにぶつけるなんて趣味が悪いにもほどがないかい?」


「でもそれが夜々の娯楽ですし……」


 夜々に引け目や負い目はなかった。


 当然だと言わんばかりだ。


 一義の皮肉に何かしらの痛痒も感じていないようでさえある。


「そうやって趣味の悪いことばっかりやってると老後寂しいよ?」


「そんな問題があるならこんなことしませんよ」


「…………まぁ」


 一義は、


「そうかもね」


 頷くより他なかった。


「とにかく」


 と話題を修正する。


「フェイを解放して」


「それはフェイ本人に聞いてみないと」


「じゃあ呼んで」


「あいさー」


 そう言って夜々がパチンと指を鳴らすと一義と夜々の傍の空間が歪み、金髪金眼の美少女……フェイが現れた。


 金色のフェイは暗殺者の格好ではなく喪服のスーツを着ていた。


 常時仮面に黒衣というわけにもいかないのだろう。


 ともあれ、


「お呼びですかマスター」


「うん。まぁ。そのね」


 夜々は頬を人差し指で掻きながら言う。


「環境を変えてみる気はない?」


「是。マスターがそう仰るなら。それで? いかな環境に?」


 答えたのは夜々ではなく一義。


「僕のところ」


 ヒラヒラと手を振った。


「それはつまり……一義のハーレムに入れってこと?」


「忌憚なく言えば」


「お姉ちゃんもいるんでしょ?」


「忌憚なく言えば」


「嫌です」


「そう言うと思った」


 一義は苦笑する。


「だから決闘しよう」


「決闘?」


「うん。僕が勝ったらフェイ……君は僕のハーレムに入って」


「是。私が勝ったら?」


「そのまま僕を殺せばいい」


「命を懸ける、と?」


「他人の身の振り方に干渉するんだ。命くらいは懸けるさ」


「是。誠実ですね」


「我が儘なだけだよ」


 一義は肩をすくめる。


「魔術で和刀を創りだせるでしょ? 僕とフェイの分をお願い」


「是。構いませんが……」


 そう言ってフェイは己の意志を世界に投影する。


 二振りの和刀が顕現し、一振りが一義に渡される。


 フェイはスラリと鞘から和刀を抜く。


 一義は鞘に納めたまま腰だめに構えた。


「居合……」


 フェイの言葉は正解だった。


 一義とフェイは距離をとる。


 闇夜でも視認できる距離ではあるが。


 決闘の前に一義が問うた。


「フェイ……君はお姉ちゃんは好きかい?」


「否。私にお姉ちゃんを好きでいる資格なんてない」


「何故?」


「私はお姉ちゃんを背教者として身勝手に殺しておきながら自身はのうのうと生きている。そんな人間が愛を語るなんて笑止だと思わない?」


「……アイリーンは生きているよ?」


「でも殺したのは変わらない」


「まぁ許されることじゃないよね」


 一義は否定もフォローもしなかった。


 一義自身、自分を許せていないと云うことにおいてはフェイと同じなのだ。


 同類だ。


「じゃ、行くよ?」


「いつでもどうぞ」


 フェイの確認を聞いた後、一義は疾風となってフェイとの間合いを踏み潰す。


 腰だめの鞘から放たれる刀……居合だ。


 超速の居合はしかしてフェイの和刀に防がれる。


「っ!」


 なおかつ反撃される。


 が、次の瞬間フェイは驚愕に目を見開いた。


 一義の刀が鞘に収まっていたからだ。


 超神速の納刀。


「いったい何時?」


 フェイがそう思ったのも無理なからぬことだろう。


 しかして事実は事実として一義の和刀は鞘に収まっているのだった。


 そして再度放たれる居合。


 それはフェイの首筋に吸い込まれ、金人であるフェイの首を切り裂くことはできず、衝撃でフェイを吹っ飛ばすのだった。


「勝負あり……だね」


 ニカッと一義が笑う。


「さすが兄さん。規格外にもほどがある」


 夜々さえ一義の抜刀からの納刀への瞬時の切り替えには驚愕せざるをえなかった。


「さて……」


 と一義は和刀を納刀すると、


「決闘の条件……覚えてる?」


 皮肉気にフェイに確認をとった。


「是。覚えてますよ」


 ムクリと起き上がってムスッとフェイ。


「しょうがありません」


 不本意だと言う。


「一義のハーレムに入ってあげます」


 しかして諦めは即決だった。


「ただし私を加えたことでお姉ちゃんや私がギスギスしても知りませんよ?」


「ああ、それなら問題ない」


「何故?」


「アイリーンは今でもフェイのことが大好きだから」


 そう断言してニッコリ笑う一義は、それはそれは美しかった。


「あ……う……ですか……」


 フェイは一義の笑顔に少しだけ押されて頬を赤らめ漸くとばかりに答えを絞り出す。


「夜々」


「何でしょう兄さん?」


 一義の白い瞳を夜々の白い瞳が映す。


「フェイはもらっていくよ。使い魔はまた新しいのを探して」


「はいな」


 クスリと夜々は笑う。


 月に叢雲。


 その闇の中で輝きを失わない白と金の瞳が一義を射抜く。


「やれやれ。ハーレムの皆様方にはなんと説明したものか」


 憂いを含んで呟き、一義はガシガシとタオルで白い髪を拭う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る