第114話 エレナという王女20

 というわけで、皆々で一緒に寝ることになった。


 ディアナの寝室にキングサイズのベッドを四つ横に並べて就寝する。


 エレナは超感覚をもつ一義と花々に挟まれて寝転がっていた。


 ちなみにアイオンは自身の寝室で寝ているためこの場にはいない。


 キザイアも同様。


 音々が斥力結界を張ったまま眠りこけ、一義と花々は結界を張ってそれぞれに眠る。


 エレナは暗がりの中の冴えわたる月光だけを頼りに、あどけなくも可愛らしい一義の顔を見つめていた。


「…………」


 それだけのことなのにエレナはポーッと浮遊感にも似た高揚感を覚えるのだった。


 顔が火照る。


 ドキドキと心臓が鳴り眠気など微塵も感じない。


「……ああ……うう」


 自分で自分をコントロールできない。


 それがエレナにはもどかしかった。


 なにせ、


「……キスされた」


 のだから。


 一義にキスされた。


 それだけがぐるぐるとエレナの脳内を旋回していた。


 一義は格好いい。


 それは間違いない。


 一義は可愛い。


 それも間違いない。


 亜人であり、東夷であり、髪と瞳は白く、肌は浅黒い。


 そんな不気味さにさえ目をつぶれば一義の美貌は絶世と言って言い過ぎることのない代物である


 あれがエレナのファーストキスだった。


 ロマンチックとは程遠い。


 血臭の中でのキス。


 むせ返る血の臭いに涙が溢れようとしたエレナ……その瞳をキスという形で一義が拭ってくれたのだ。


 衝撃がエレナを貫いた。


 どうしようもなかった。


 一義曰く、


「ショック療法」


 ということだったが、少なくともファーストキスを一義に奪われたという事実は厳然としてある。


「…………」


 一義はすやすやと眠っている。


 その寝顔は純粋な少年としてのあどけなさを持っていた。


「……っ」


 またしても鼓動が速くなるエレナ。


 ドキドキとする……してしまう。


 しかして、それを恋だと認識するには障害が多数あった。


 ハーレムたちである。


 姫々、音々、花々、アイリーン、ディアナ、アイオン、ジャスミン。


 皆々一義の事を想っている。


 エレナは自分を顧みる。


 胸はある。


 が、それは花々もアイオンも同じことだ。


 スタイルでは姫々やアイリーンやジャスミンに負ける。


 音々の幼児体型もある意味で需要はあるだろう。


 つまりエレナは自身に価値を重く置いてはいないのである。


 胸打つ鼓動が恋の証であることは明白だ。


 しかして防衛機制がかかる。


 抑圧。


「ハーレムの魅力的な女の子たちに自分が敵うはずもない」


 とエレナは思ってしまうのだ。


 一義がソレを言葉として聞けば、


「杞憂だ」


 と一蹴するだろうが、その一義は夢の中。


 結局エレナは自分で自分に決着をつけるしかないのだった。


 月明かりだけを頼りにエレナは一義の顔を見つめて、それからその唇を見やる。


 自身のファーストキスを奪った唇。


 魅力的な……それこそ花弁のように美しい一義の唇。


「…………」


 そーっと静かにエレナは首に力を入れて頭部を動かす。


「…………」


 浴場からあがった時と同様……あの時はむせ返る血の臭いもあってロマンチックとは言い難かったが……エレナと一義の唇が近づく。


 しかして、


「……駄目っ」


 エレナは自制した。


 首を引っ込める。


 キス未遂。


 しかして心臓のドキドキは速まるばかり。


「……あ……う」


 もはや惑うこともない。


「これは恋である」


 そう結論付けるエレナ。


 しかして、


「ハーレムの女の子たちに悪い」


 そんな責任の放棄をエレナは自身に命じるのだった。


 一義を好きなのは自分だけではない。


 そして一義への恋愛感情を堂々と宣言するハーレムの女の子たちに比べ、自分は自分を誤魔化してばかり。


「……ズルい人間」


 そう結論付けるのは容易かった。


 そしてそれを言い訳にエレナは自身の恋心を押さえ込んで蓋をする。


「……今はまだ」


 と。


 エレナには決定的に勇気が足りていなかった。


 それだけが……それさえあればエレナの魅力はハーレムの女の子たちと比べても遜色ないはずであるのだが。


「……寝よう」


 ポツリと呟く。


 少なくとも自問自答して出る答えではない。


 先送り。


 抑圧。


 そして瞳を閉じるエレナ。


 当然ながら一睡も出来なかった。


 ただ心臓の鼓動を雑音として夜の中、一義を見つめ続けることだけがエレナに出来る最低限だった。

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