第69話 いけない魔術の使い方05

 王都に出張したりドラゴン狩りに出張ったり、そんなこんなをして学院生活を過ごしている者にもそうでない者にも時間は平等に流れる。


 そんなわけで一義とかしまし娘が王立魔法学院に入学してから三カ月の時が過ぎた。


 そして昇進試験期がやってくる。


 魔術を覚えた者がそのお披露目をして学院に実力を示す機会のことである。


 三カ月に一回……年四回行われる昇進試験に受かれば一過生は二過生……三過生……四過生と昇進することが出来る。


 基準は単純にして明快。


 どれだけの殺傷能力を持つ魔術を修得したかである。


 魔術が戦争の道具である以上、王立魔法学院が攻性魔術を称賛するのは仕方のないことであり、必然でさえあった。


 具体的には入学したての者……あるいは魔術を覚えていないものが一過生であり、何であれ魔術を覚えた者が二過生、殺傷能力を持つシンボリック魔術を覚えた者が三過生、殺傷能力を持つ非シンボリック魔術……オリジナルマジックを覚えた者が四過生ということになる。


 特に攻撃性能の無い明かりをつける魔術……ライティングを覚えれば一過生は二過生に上がれるのである。


 ファイヤーボールやアイシクルランスなどの火……水……風……土などの四大エレメントに即した攻撃魔術を覚えれば三過生になれる。


 そしてビアンカの殺竜の魔術や、ハーモニーの炎剣の魔術や、音々の漸近境界のように戦争あるいは闘争に特化したオリジナルの魔術を覚えれば四過生になれる。


 王立魔法学院はそういうシステムになっているのである。


 どこまでも戦争に特化した……王立魔法学院の歪みがここにある。


 無論、それがいけないことだと言える者はいないのだが。


 しかしてそれがつまらないモノだと言える者はいる。


 一義だ。


 一義は攻性魔術に毛ほどの価値も見出してはいなかったし、一過生であることに後ろ暗い感情なぞ持ってはいなかった。


 しかしてライティングの魔術およびビアンカとの決闘にて使った《ある理由》によって加速する魔術は学院のお偉方に認められ二過生へと進級した。


 そういうわけで一義は二過生の証である緑のネクタイをもらい……それを首に巻くのだった。


 姫々と音々と花々は、それぞれハンマースペースと漸近境界と金剛の魔術がオリジナルマジックと認められて四過生の証である紫色のネクタイを与えられ、それを首に巻くのだった。


 そして二年も一過生であり続けた劣等生にして雷帝の妹であるところのジンジャーはドラッグを摂取してファイヤーボールを放ち三過生への進級を認められて青色のネクタイを巻くのだった。


「えへへぇ……」


 とジンジャーは始終ご機嫌だった。


 時は昼。


 太陽は天頂に上りさんさんと光を世界に届ける。


 場所は入学式の日に行った大陸東方系の食堂。


 一義と姫々と音々と花々とアイリーンとビアンカとジンジャーとハーモニーがそこで昼食を摂っていた。


 ジンジャーはというと三過生の証である青色のネクタイを何度も触れる。


「これもアイリーンさんとお姉ちゃんとクリスタルのおかげです」


 調子よくそう言って湯豆腐を口にするジンジャー。


「……皮肉だね」


 そう言ってカモ蕎麦をすする一義。


 そんな一義の皮肉に反応するジンジャー。


「何ですか? 悪いことでもあるんですか?」


 そんなジンジャーに、


「力って何だと思う?」


 と一義は問うた。


「力……?」


 わからないと燈色の瞳を揺らめかせるジンジャー。


 燈色の髪が風に撫ぜられる。


「そう。力だ。力を持つってどういうことだと思う?」


 問う一義に、


「考えたこともないよ。力が欲しくて、ここまで我武者羅に頑張ってきたんだから」


 答えるジンジャー。


「だろうね。ジンジャーならそうだろうね……」


 あっさりと言う一義であった。


「力を持つってことはね……歪みを呼び寄せることだと僕は思うんだ」


「歪み……?」


「そう。力っていうのは歪みを生むか歪みを正すか……それだけの事象に過ぎないんじゃないかな?」


「どういうこと?」


「力っていうのは周囲に対して影響力を持つと僕は思う。その力が発動するか否かを考慮しなくてもね。だから力っていうのは持った時点でその力に取り込まれるのが人間の業なんじゃないかな?」


「私が力に魅入られているって言いたいの?」


「いや……そんな単純な話じゃないんだ……。力を持って有頂天になるくらいなら優しいものさ。僕はその後のジンジャーが心配だ」


「どういうこと?」


「力っていうのはね……発動しなくても蓄えているだけで影響力を持つんだ。それは抑止力だったり威嚇だったり増長だったりする。ともあれ力を持たないものが力を持つとその力に支配される。これは間違いない。何より僕が言うからね」


「…………」


 沈黙するジンジャー。


「つまりソレが歪みだよ」


「なんなのさ? 歪みって……」


「影響力……といえばまだしもわかりやすいかな? 力を持つことで世界に対して影響力を持つ。それが力の本質なんだと思う」


「力を持つことが悪いことだと?」


「そうじゃない。そうじゃないんだよ。力を善行に使おうが悪行に使おうが、それは等しく同じことだと言いたいんだ」


「……それこそわかんないよ。良いことに使えば善行で、悪いことに使えば悪行なんじゃないの?」


 湯豆腐を食べながらジンジャー。


 一義はフルフルと首を横に振る。


「力を持った時点で今まで力を持たなかった自分と乖離する。それが力なんだよ。だから善し悪しはともあれ力を持った時点で君は今までの自分を破却することになる」


「新しい自分に生まれ変わるってこと?」


「良く言えばその通りだね」


「悪く言えば?」


「今までの不干渉でいられた自分を捨てることになるって意味さ。歪みを生み……歪みを正す……力っていうのはそのためだけのモノでしかないんだ。つまりアクションとリアクションを起こすためのモノでしかないんだ……本質的にはね」


「でもアクションを起こせるなら……それは良くも悪くもいい意味じゃないの?」


「そうでもない。何物にも影響を与えない存在が……理想としての悩みからの解放というのなら力はそれを阻害するファクターだ。無意味というのは救いであって、有意義というのは懊悩の根幹なんだよ」


「よくわかんない……」


「力を是とするなら環境の変化をも是とすることになる。変化を許容することは歪みを生むことになる。だから歪みを生まないためには力を得ないという方法もあるということさ」


「でも力が無ければ何もできないよ」


「そんなことはないよ。力が無くても出来ることは無限にある。むしろ力によって推し進めることが選択肢をせばめているとも言える」


「つまり……一義は私がファイヤーボールを覚えたのに反対ってわけ?」


「そういう意味じゃないことは既に話した。僕はただジンジャーが力を得ることで自身が変わることに対して少しばかり不安を持っているというだけさ」


「力を持たない方がいいの?」


「だからそうじゃないって。ただ力は影響力を持ち、影響力は良し悪しを問わずに歪みを生む。ジンジャーがそのファイヤーボールを善行に使うとしても、今までは使えなかった自分ということに対してのカウンターになるんじゃないかって言ってるのさ」


「やっぱり否定されているようにしか聞こえないんだけどな……」


「うーん。僕も上手く言えないんだよね。言葉の取捨選択に誤りがあることは認めるよ。第一……僕自身も力の隷従だ」


 そう言って一義はガシガシと後頭部を掻く。


「ともあれ、力に呑み込まれることに対して警戒をしておいてほしいんだ。ジンジャーは力を持った。それがいかな手段を生み、いかな可能性を潰すのか……それを正しく認識してほしいんだ」


「悪いことに使う気はないよ?」


「善いことも悪いことも紙一重だよ。できれば力による選択を君がしないでくれればいいんだけど……僕と違ってね……」


 そう自虐して一義はカモ蕎麦をすするのだった。

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