第43話 カウンター02

「一義は月子のこと……嫌い……?」


「嫌いじゃありません。それは本当だよ」


「じゃあ好き?」


「相対的……には……」


「好きじゃないんだ……」


「好きです……。好きですが……」


「ですが?」


「僕は月子の護衛を任されている身です。護衛対象と恋仲になるわけには……」


「月子が良いって言ってるのに……」


「そもそも何で僕如きを好きになったのです?」


「一義だけがこの城の中で月子の味方だから……。一義だけは月子を東夷として差別しないから……。一義だけは月子に優しくしてくれるから……」


「それは……そうだけど……さ……」


 困惑したように一義。


「乙女心は単純なんだよ。優しくされたら好きになる。それは森羅万象の摂理だよ?」


「そこまで言う……」


「だからね……一義……月子と恋仲になって……。それとも……月子じゃ嫌……?」


 月子は捨てられた忠犬のような瞳で一義を見つめる。


 降参とハンズアップする一義だった。


「参りました。僕も月子の事が好きだよ」


「本当?」


「本当」


「本当に本当?」


「本当に本当」


「じゃあキスしてくれる?」


「いいよ?」


 桜吹雪の中……一義は月子を押し倒して、顔と顔を目と鼻の先まで近づける。


「キス……するよ?」


「うん……。いいよ……」


 そう言って目を閉じる月子。


 月子の覚悟を受け止めて、一義は月子にキスをした。


 こうして一義と月子は恋仲になった。


 一義は月子の父たる大名に自身が月子に手を出したことを伝えると、「いいんじゃないか? それこそわしが望んだことである。これからも月子の傍にいてやってくれ」と月子の父はあっさりとそう言うのだった。


 打ち首を覚悟していた一義は肩透かしを食らった気分である。


「あれは難儀な子だが……これからも月子をよろしく頼む……」


 そうとまで言われる始末であった。


「…………」


 一義は沈黙するより他に無かった。


 月子はというと、


「月子にも大切な人が出来ました。それが月子には嬉しい……。灰かぶりと言われてきた不幸を覆すほどの幸福……。これはなんという名の夢でしょう?」


 心から一義と恋仲になったことを喜ぶのだった。


 灰色の髪を振り乱して、灰色の瞳を喜色に染めて、月子は一義に抱きつくのだった。


 そしてハーフエルフの月子が護衛のエルフたる一義と恋仲になったことは城中に知れ渡った。


 正確に言えばそれは最確認だったろう。


 もともと月子は一義にしか心を開いていなかったのだ。


 一義が月子を抱きしめ慰めている光景は城中の誰もが知っている。


 だからそれは最確認だった。


 まさか、ではなく、やはり、と言った感想なのである。


 中略。


「一義、一義、キスして」


 抱きついてくる月子のお尻にパタパタと振られる犬のしっぽを幻視する一義であった。


「はいはいお姫様」


 ちょうど禅の国から届いて読んでいた魔術書を閉じると、一義は月子を抱きしめ返してキスをするのだった。


「ぅん……ぅあ……」


「……っ……っ……」


 互いの口内を貪るように凌辱する月子と一義。


 そして、


「ぷはぁ……」


 とディープキスを止めると、月子は名残惜しそうに唇を離す。


「どうしたの? いきなり……」


「うん。あのね。一義に元気をもらいたくて」


「またお姉様方に虐められたんですか?」


「ううん。そんなことないよ? それにもう虐めなんて気にならないよ。一義が味方でいてくれるなら……」


「そう。よかった」


「一義が言ってくれたんだよ? 『月子は僕の言葉だけを気にかけて。いいじゃないか。誰に何を言われようとも。繊細な心を持った愛おしい月子のことを知っているのは……僕だけでいいんだよ』って。だから月子にとっての全ては一義の言葉の中にあるの」


「うん。僕が優しくしてあげるから月子は僕だけを見て」


 一義はニッコリと微笑んで月子のおとがいを人差し指でなぞるのだった。


「ふえ……」


 と真っ赤になって照れる月子。


 その月子は蠅でも追いかけるかのように視線をキョロキョロと彷徨わせ、そして一冊の本に辿り着いた。


 それは一義の読んでいた本だった。


「一義……その本なぁに?」


「魔術書だよ」


「魔術書?」


「そう。魔術書。魔術を指南するための本のこと」


「それを読めば魔術を使えるようになるの?」


「まぁ間違った解釈ではないね」


 一義はパラパラと魔術書のページをめくって月子に見せてあげた。


「一義、その本貸して!」


「なんでさ?」


「月子も魔術師になりたい!」


「駄目」


「なんで!?」


「危険だから」


「本を読むのに危険なの?」


「まさか。魔術書はただの本だよ。これを読んだからって危ないことは何もない」


「じゃあ何が危険なの?」


「魔術を覚えようと脳を働かせることが、だよ」


「なんで?」


「魔術を使うには病的な思い込みの力が必要なんだ。これをパワーイメージという」


「パワー……イメージ……」


「そう。パワーイメージ。それを使えるということは脳が壊れているということに他ならない」


「でも月子は半分エルフだよ? 魔術の才能はあるんじゃないの?」


 この月子の言葉は間違っていない。


 デミヒューマンは何故か人間より魔術を行使することに卓越している。


「それは……そうだけどさ……」


 ガシガシと後頭部を掻く一義。


 困った、とその顔が言っていた。


「月子も魔術覚えたい! 月子も一義と一緒になりたい! だから一義! 命令! 月子に魔術を教えて?」


「駄目って言ったら?」


「お父様にあることないこと……」


「わかったわかったわかりました姫様……」


 ハンズアップして降参を示す一義。


「もう。都合が悪くなるとすぐに権力を振るうんだから……」


「えへ。よろしくね。一義先生?」


 悪戯っぽく月子は笑うのだった。

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