第21話 決闘09
「……ちょっと待て……それって……」
アイリーンを睨みつけながら一義が問うと、
「……はい……。……私の魔術は……エーテル体やスピリチュアル体……いわゆる魂の存在を否定する魔術なんです……」
アイリーンはあっさりとそう言った。
「……魂の存在を……否定するっていうの……?」
「……はい……」
「……でもそれだと矛盾するよ……。……肉体の修復が土属性なら火の属性のエーテル体の存在も在って然るべきだ……」
「……そもそも一義はシンボリック魔術を何だと思っているのです……?」
「……何って……火、水、風、土のシンボルを持つ魔術の総称じゃないの……?」
「……では聞きますが……世界万物を支配する法則を……たった四つの属性だけで説明できるとでも……?」
「……っ……!」
絶句する一義。
「……できないの……?」
「……そりゃできないでしょう……。……もしも本当に世界が四大エレメントで説明できるなら人類はとっくに世界の全てを説明できていますよ……」
「「「「…………」」」」
沈黙する一義とかしまし娘。
アイリーンは突き詰めていた顔を離して椅子によっかかると、
「だからこれは秘密ね。とくにヤーウェ教のはびこる大陸西方では」
肩をすくめてそう言った。
突き詰めていた頭部を解放してそれぞれの席に着く一義とかしまし娘。
「魂の否定……それはつまり唯一神ヤーウェが人に与えた命の存在の否定……。なるほどね。そりゃ一級の情報だ」
一義は紅茶を飲みながら言う。
次に口を開いたのは姫々である。
「では…アイリーン様……そのことを鉄の国は知っているのですか……?」
「皇帝と一部の宮廷魔術師は知ってますよ」
淡泊にアイリーン。
「人間に高次の体は存在しない。魂なんて存在しない。そんなことは誰が何かを言うよりも明らかでしょう?」
「大陸東方にも五行というシンボリック魔術があるんだけど魂の存在までは否定してなかったなぁ……」
紅茶を飲みながら一義。
「人は全て肉体によって動いているんですよ。魂なんて物理に因らない生命の根源なんて存在しません」
「にわかには信じがたいけど……」
「では聞きますけど一義……魂とはどういうものですか?」
「どうと言われてもなぁ……。生命を生足らしめている非物質的な存在だよね? それがあって初めて生命は生きていられて、肉体が死滅したらその生命の魂は天国か地獄に行くっていう……」
「では幽霊とはどんな存在だというんです?」
「それは未練を残した魂がこの世にとどまる現象でしょう?」
「つまり幽霊とは魂だと?」
「他に解釈があるかい?」
「で……その幽霊……つまるところの魂は自らを認識し、周囲を視界に収めて、人の声を聞き、霊感の良い者には声を届けることが出来ると……?」
「まぁそうだね」
首肯する一義。
「つまりそれをするだけの能力が魂には有ると……」
「違うのかい?」
「違いますね」
アイリーンはきっぱりと言う。
「そもそも……そんな能力が魂にあるのなら人間は脳や目や耳や声帯を持つ必要はないでしょう?」
そんなアイリーンの言葉に、
「まぁ言われてみれば……」
「その通りでは」
「あるのだがね」
かしまし娘が頷く。
「魂が……エーテル体やスピリチュアル体が……存在しない……? ……それを信じろっていうの?」
「別に信じる必要はないですよ? ただ私がそう思っているだけで事実は違うかもしれませんし」
「でっかい爆弾を抱えてしまったなぁ……」
しみじみと呟く一義であった。
「で、それを知った鉄の国の皇帝はどうなったの?」
こんなとぼけたことを聞くのは音々である。
「別に何とも。魂の存在を否定されても飄々としていましたよ。いや……それどころじゃありませんでしたね」
「というと……?」
「死に対して過敏に恐れるようになったのです」
苦汁の言葉を吐き出すようなアイリーンの表情に、
「「「「…………」」」」
何も答えられなくなる一義とかしまし娘。
それから沈黙の妖精が一義たちの周りを飛びまわり、その沈黙を一番に破ったのは一義だった。
「ええと……つまり……?」
そんな一義の疑問に、
「皇帝は私を城に閉じ込めて自身の死を恐れるようになりました」
アイリーンは苦しそうに答える。
「食事をするのにも毒殺を恐れて私を傍に置き、手洗いに行くのにも暗殺を恐れて私を傍に置き、何がなくても私を傍に置いて『お前の魔術だけが頼りだ』と私に懇願するようになりました」
「「「「…………」」」」
「つまり私という死に対するカウンターを持ったことで余計に死を浮き彫りにされたんですね……鉄の国の皇帝は」
「「「「…………」」」」
「でもそんな生き方は人とは言えない。誰もが死を認識せずに今を生きている。死は突然降りかかるモノ。それを皇帝に認識させたくて私は鉄の国を去りました」
「しかし……」
「それは……」
「誰でも……」
「思うことだと思うがね」
一義とかしまし娘はそう答える。
「わかっています。皇帝をそうしてしまったのは私の責任。故に私は鉄の国を去ったのですから」
アイリーンは口惜しそうに言葉をこぼすのだった。
「「「「…………」」」」
一義とかしまし娘は沈黙する以外の方法を知らなかった。
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