3-13「確かに見つかったのじゃ」

「相変わらず暑苦しいな……」


 祭りで活気付くこの街で人捜しをするのは無謀だ。

 分かってはいたけれど、やはり人が多い。辺りを見回そうとしても異常な人口密度のせいで思うように探せなかった。

 闇雲に探していては時間が過ぎていくだけだろう。


 通信手段を使わずに一人の少女を見つける。

 奴が居ると予想されるエリアは半径二キロメートル程。

 控えめに言って無理難題である。見つかりっこない。諦めて帰った方がいいんじゃないか?

 ――っと普通ならこう思うだろう。



 だが俺は違う。自信があったのだ。堂庭の居場所くらい目星はついている。

 今は幼馴染みという長い付き合いを生かす時だろう。あいつの行動や考えに関しては、正直桜ちゃんより理解しているつもりだしな。


 それに、俺が堂庭を見つけることで優位性を保てるという大きなメリットが生まれるのだ。

 ――何故なら『貸し』ができるからである。

 いつもだらしないと呆れた顔をする堂庭も、この一件があれば少しは落ち着いてくれるに違いない。

 文句を言われても「お前だって迷子になったじゃないか」と言い返すことだってできる。


 このチャンス……逃すわけにはいかない!



 ……と思いつつも堂庭の事が心配でもあった。早く見つけないと。

 気持ちの高ぶりを抑え、俺は大通りから路地裏に入り、更に奥へ進んだ。

 まるで野良猫のように建物の間をするすると通り過ぎ、ある場所へ向かう。


 堂庭が行きそうな場所その一。

 保育園前。


 ここは俺が予めマークしておいた場所である。

 堂庭が近付かないように注意するという意味合いで調査していたのだが、まさかこんな事で役に立つとは。

 期待に胸を膨らませながら歩を進めて到着。

 しかし結果はハズレ。堂庭は居なかった。


「よし、なら次は……」


 まだアテは残っている。

 気持ちを素早く切り替えて、俺は次の場所へ向かった。



「ここも駄目か……」


 続いてやってきたのは会場から少し離れた場所にある神社。

 静穏で人も少ない穴場であり、堂庭と来た事もあったのだが今日は来ていないようだ。



 堂庭が行きそうな場所その三。

 公園。


 休憩所と化しており賑わっていたが、見慣れたアイツの姿は居なかった。



「どこ行ったんだよ……」


 思わず愚痴がこぼれる。

 意気揚々と掲げていたアテは残念ながら、これで全て使い切ってしまった。

 呆気無い感じはするが、これでも自信はあったのである。絶対居ると思ったんだけどなぁ。


 足元の石ころを蹴ってみる。あちこちで聞こえる楽しそうな笑い声が耳についた。

 こっちは不安を押し殺して人捜しをしているというのに……。

 周囲に溢れる笑顔を見る度に、俺の顔は歪んでいく気がした。


 すると、ズボンのポケットがぶるぶると震え出した。着信が来たようである。

 ディスプレイを見ると『修善寺 雫』と表示されていた。


「……もしもし」

「宮ヶ谷殿、お主に一つ報告があるのじゃ」

「お、見つかったのか!?」


 まさかの内容に声のトーンが上がる。

 もしかしてずっとトイレに居座ってたってオチだったのか? そうだったのか!?


「あぁ、確かに見つかったのじゃ。…………愛川殿の妹さんがのう」

「うぉぉぉ!! ……って愛川さん?」


 あれ、堂庭じゃないの?


「左様。迷子センターに保護されていたらしく、家族の方が無事引き取ったらしいぞ」

「そ、そっか……。良かったな……」

「お主の方はどうじゃ? 見つかりそうかえ?」

「そうだな……。もう少し時間かかるかもしれない、かな」


 アテが全て外れて絶望的だなんて……言えない。


「こっちは相変わらずの状態じゃ。出てくる気配すら感じないのう」

「そうか……。まあ見つかったら電話するよ。そっちも何かあったらまた連絡して」

「了解なのじゃ。健闘を祈っているぞ」

「おう」


 通話はここで切れた。

 すっかり忘れていたが、愛川さんの妹も迷子だったんだよな。

 修善寺さんから朗報を貰えたが、こちらの状況としては依然として変わらない。


 スマホの時計は十九時十分を指していた。

 そしてライブの開場時間は十九時。既に時間は過ぎてしまっている。

 チケットを用意してくれた桜ちゃんには申し訳ないが、今は堂庭を見つける事が先決だ。


「堂庭! おーい! 居たら返事してくれ!」


 やるせなくなった俺は声を張り上げて探し回ることにした。

 当然周囲から多くの注目や視線を集めたが、そんな事は気にしない。

 人波をかき分け、夢中になって歩き続けた。


 二十分程経っただろうか。

 喉は既にカラカラに枯れていた。痛みも感じるようになっており、これ以上大声を出すのは難しい。


 万事休すか……。諦めて桜ちゃん達の元へ戻ろうか。

 汗だくになった顔を手で拭って考える。時には撤退という判断も必要だろう。

 何なら一旦戻って三人で話し合おう。堂庭の両親に連絡して本格的に探し出すのが賢明かもしれない。

 逆向きに振り返って一歩踏み出す。すると、近くに設置されているスピーカーから女性の声が流れ始めた。


「迷子のお知らせを致します……」


 迷子か……。俺は足を止めてスピーカーからの声に耳を澄ます。可哀想に、家族とはぐれちゃったんだろうなと思いながら。


「堂庭瑛美ちゃんという九歳の女の子を預かっております。身長は百三十センチくらいで、ピンク色で向日葵の柄が入った浴衣を着ています。ご家族の方は至急、駅前にございます迷子センターまでお越しください。繰り返します……」




「…………は?」

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