第37話 ゆめ

「任せてほしいって……、何かあるの?」

「これは……」


 アライさんは自分の手をじっと見つめた。そこには自分が信じ続けた手と、必死に学んだ経験の跡が残されていた。いつかの事を思い出す。


『アライさん……、これは使い方によっては何かを傷付ける武器になってしまうんだよ。だから、やたらと使っちゃ駄目だからね』

『そんなに危ないものなのか?』

『そうだね。自分や仲間が危機に陥った時、本当にピンチな時だけ使うことを許可します』

『分かったのだ。危機の……時と、本当にピンチな時だけなのだ!』

『うん!』


 その約束以降、アライさんは一度としてそれを使う事はなかった。それは当然、そんな局面に陥った事がなかったから、とも言える。


 そして、“そんな局面”を遥かに超える現状が、今ここにある。


 ユメリアン。

 夢の力によって、フレンズ達を閉じ込める能力。そして、強靭な足と、異色な形態を持つ、大型セルリアン。それに加え、周りをうろつく小型セルリアンの数々。


 今までのジャパリパークで、これ程の脅威に向き合ったフレンズはそう居ない。ユメリアンが発生する程、ジャパリパークは少しずつ、変わり始めていたのだ。その変化をもたらす者、核となる存在が徐々にその力を蓄えている事実が、この現象の温床おんしょうともいえる。


「……正しい判断なんだと、思うのだ」

「?」

「だから、仲間のために、皆のために、アライさんに任せてほしいのだ」


 その言葉に嘘や偽りは存在しない。

 むしろ、前提としてアライさんはその方法を知らない。

 知性は低いが、直進的で、仲間思いのフレンズ。オオカミは、この短時間でそれを簡単に理解出来た。


 医者であれば、さじを投げたくなるのがこの現状。

 そんな、深刻な状況で“任せてほしい”と言い出すのだから、何かしらの考えがあるのだと、オオカミは察した。


「……分かったわ。どうせ、策は無いのだし、アライさんを信じてみよう」

「助かるのだ!」

「オオカミさんがそう言うなら……。そ、それに何かしなくては、現状は動きませんしねっ! 私もまだ、戦えます……!」


 負傷したリムガゼルが、またその闘志に火を灯す。上空を見上げる彼女の目には、ハクトウワシの姿があった。その眼差しは、尊敬の念に堪えないものがある。


「だ、大丈夫なんですか?」


 ショウジョウトキが思わず心配するが、それを押し退けて、いつもは弱気なリムガゼルが言い切る。


「ハクトウワシさんは、戦い抜きますよ。最後まで。私も……、いつまでも臆病なままではいられませんっ!! ヘラジカさんやハクトウワシさんの様に、強くなりたいんですっ。自分を変えるために……。わ、私も騎士のはしくれですからっ!!」


 自身の武器をぎゅっと握りしめ、言い放ったリムガゼルの姿はいつもより少しだけ大きく見えたかもしれない。内に秘めた思いを言い出す事は、簡単であって難しい。その小さな一歩を、弱気な彼女は今、確実に踏み込んだのだ。


 その様子に、そして、ハクトウワシの雄姿にあてられて重傷を負った彼女までもが再び立ち上がった。


「私も……、戦うよ……」

「ヘラジカ……、そんな体では……」

「オオカミ、察してくれ……。リムガゼルの憧れとして、そして、“森の王”として……、この誇りを胸に戦い抜きたい。それに、戦友がまだ戦っているからね。私だけ、のこのこと退くわけにはいかないよ」

「…………っふ。確かに、そうね」


 オオカミはヘラジカの気持ちをんで、拒む事を止めた。それにはオオカミ自身も、ハクトウワシの姿にあてられたものがあったからだ。そして、ショウジョウトキもその馬鹿げた負傷者達の言い様に、続いた。


「こんなボロボロな二人が戦うんです。私も、少しばかりお手伝いしますよ(ドヤァ)」

「これで、皆、勢揃いなのだっ!」

「うん。それじゃあ、行こうか。もう一度っ!」


 オオカミの合図と共に、仲間意識の高まったフレンズ達が合わせて声を上げた。


「「「「おおっー!!!!」」」」

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