第35話 けつだん

 と、なると次に標的となるのは最も距離が近い三人。

 アライさん、オオカミ、ヘラジカだ。この状況での追撃をまぬがれる事は不可能に近い。


「…………」


 どこで間違えたのか。

 オオカミはこの時既に後悔の念に駆られていた。

 行き詰った状況に、迫りくる恐怖から最悪の判断が思い浮かばれ、思考を支配し掛ける。


 それは。


 “ヘラジカを見捨てる”。


 簡単な事だ。現状で荷物になっているヘラジカを見捨てれば、残りのフレンズはこの戦場からは離脱出来る。ショウジョウトキがリムガゼルを運び、残りの二人はその場から撤退する。その後、ハクトウワシの安否確認の為に、落下地点へと向かい、あわよくば回収し、もう一度策を練り直す。


 現状に置ける、最も合理的な判断だ。


 オオカミはこの場に置いて最も知性の高いフレンズ。だからこそ、責任感が重く圧し掛かる。誰よりも思考を回し、最も効果的な一手を下さなければならない。


 それが、冷徹な決断だったとしても。


『この作戦が仮に、失敗したとしても、誰もオオカミを恨んだりはしないさ』

『そ、そうですよ、オオカミさん! 私も恨みませんよー』


 ヘラジカとリムガゼルの以前の言葉が脳裏のうりよぎる。


 少しの。

 一人の。一匹の。


 最低限の。

 最低限の犠牲で、この場の皆が助かるのなら……。


 オオカミの表情が曇る。すると、今にも倒れそうなヘラジカが口火を切った。


「オオカミ……、私を置いていけ……」


 ヘラジカの言葉に、アライさんは唖然とし、意味を問う。


「何を……、言っているのだ……!?」

「分かっているはずだよ……、オオカミ……、私を連れては逃げられない……」

「………………」

「小型セルリアンも……、すぐに追いつき包囲してくる……。もう時間が……、ないんだ……」


 アライさんもここまで来てようやく意味を理解すると、頭を横に何度も振った。


「無理なのだ。アライさんはそんなこと出来ないのだ……。……オオカミ?」

「………………っく。どうしてこんな……」

「見捨てるなんて、そんなこと……。アライさんは一人でもヘラジカを助けるのだ!!」

「ありがとう……、アライさん……。さぁ、オオカミ!!」

「………………」


 オオカミの唇と力いっぱい握られた手は、小さく震えていた。そこには後悔と自分の無力さを呪った感情が込められている。


 そして、オオカミは英断を下した。


「ヘラジカ……、あなたの判断は間違えなく正しいものだわ。私も同意する」

「そうか……。良かったよ……」


 オオカミが賛同した事に、ヘラジカは満足し、覚悟を決め、その時を待つ事とした。


「だけどね、どうやら私も馬鹿みたいね。フレンズ化して知性が落ちたのかしら?」

「オオカミ……?」

「その提案は聞き入れられないわ。“理性”より“本能”を優先したいみたい。何せ、なんでね」


 ニコっと笑ったオオカミを見て、アライさんの表情も明るいものへと変化した。


「オオカミが何を言ってるのかよく分からないけど、これだけは言えるのだ! その笑顔は本物なのだっ!」


 笑顔を返したアライさんと直面すると、赤面し、オオカミが思わず目を逸らす。


「は、恥ずかしいな……」

「っふ……、あはは。みんな、どうかしてるよ」


 ヘラジカが緊迫感の欠けるやり取りに思わず笑みをこぼした。


「そうみたいね」

「けど、状況は変わらない。その判断が正しいものだったと証明しなければね」

「…………そうね」


 精一杯の力を振り絞り、離脱を試みる。

 ユメリアンが方向を変え、遂に三人を正面に捉える。下部の足がゆっくりと此方へと近付き始めた。


「……っく」


 迫りくる脅威。

 オオカミは後方を確認しながら、必死にヘラジカをひく。アライさんも自分より一回り以上大きなヘラジカを支え続けている。


 しかし。状況は悪化の一途を辿る。


 と、思われたその時。


 ガサガサと木々を擦る音を立て、羽をいくつも落としながらその光りが上空へと駆け、翼を揺らした。


「――――!?」


 その場の誰しも彼女の姿に見入られた。


「――――――!!!」


 ユメリアンもその脅威に反応し、再び対面する事となった。


「ハ、ハクトウワシ!? 無事だった……、いや、あれで、まだ戦うの!?」


 オオカミが言葉を変える程、彼女の姿は朽ち果てる寸前の花の様であった。

 しかし。ハクトウワシは言い放つ。


「……まだだわ。……まだっ!! まだ……、!!!!」

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