第672話史のマラソン大会(1)

特に周囲にとって心配でしかないマラソン大会当日になった。

朝、由紀が無理やり史に体温計を差し込むと、36度9分。


由紀

「どうするの?」

「走る」

由紀

「このアホ!20㌔なんだよ?無理だって!」

「うるさい!」


そんな朝の状況はあったものの、史は結局、マラソン大会に出場してしまった。

その「朝の状況」を由紀から聞いていた里奈は、見守っているけれど不安でならない。

「危ないなあ、まったく、どうして無理するのかなあ」

「あの体育講師が陰険だからかなあ」

その里奈から話を聞いたクラスメイトたちも、口々に不安を言う。

「倒れるかも、史君」

「普通なら休むけれど、それでも出るのが史君だよね」

「コンサートはあきらめるかなあ・・・また倒れるに決まっている・・・」

「そんなコンサートの前に、史君を心配しないと・・・」

様々、心配の声は大きいものの、マラソン大会は始まってしまった。



その史は、ゆっくり目に走り出した。

いつもの先頭集団ではない。

史自身、「今日は無理かなあ、半分ぐらいの位置でゴールかなあ、棄権しないだけでもいいや」ぐらいの程度、かなり気楽に走っている。


そんな史がスピードをあげはじめたのは、10㌔過ぎた頃。

「汗出したら、身体が軽くなった」

「とにかくフォームと呼吸だけ保って、正確に走ろう」

そんなことだけを思って、どんどん、他の走者を抜いていく。


史が先頭集団に追いついたのは、15㌔過ぎ。

先頭集団は、陸上部、野球部、テニス部など、体育会関係のメンバーが全て。

そのメンバーたちは、病み上がりの史が追いついて来たことに、驚いている。


「え?史君、大丈夫?」

「コンサートもあるから無理しないで」

「棄権しないだけでも、すごいって思ったけれど、追いついてくるなんて」

先頭集団のクラスメイトからも声がかかるけれど、史はスピードを変えない。


史は、

「なんか、大丈夫みたい」

「フォームと呼吸だけ、正確にしているだけ」

「僕は、新聞部だし、走りの専門家でないから、それくらいしかできない」

と、答えるぐらいで、全く走るスピードを変えない。


史と他の先頭集団との差がつき始めたのは、18㌔過ぎ。

史は、周囲に気を使うタイプ。

「ねえ、もう少し早く走れそうなんだけど、先に行ってもいい?」

わざわざ、コトワリを入れるけれど、


「え?マジ?俺は限界・・・」

「すっごい・・・それで病み上がり?」

「史君、追いつけそうにない」

周囲の先頭集団は驚くばかりで、ついに史がトップに出てしまった。


19㌔を過ぎると、史の完全独走状態。

その情報が入った学園全体に驚きが走った。


そして史が先頭で学園グラウンドに入って来た時は、グラウンドを囲んで待ち構えていた全ての教師と学生が、大きな拍手で迎えることになった。


・・・ただ、例の体育講師だけは、「まさに気に入らない、苦虫を噛み潰したような」表情になっている。



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