第572話史の別居計画(1)

美智子と史は、大旦那のお屋敷に到着した。

玄関では、大旦那と奥様がお出迎え。

大旦那

「ああ、美智子さん、史、突然、呼び出して申し訳なかった」

奥様は、すまなそうな顔。

「ねえ、まったく、言い出したら聞かないものだから」

と言うけれど、美智子は

「いえ、本当にご心配をおかけして申し訳ありません」

と、頭を下げるし、史は何を言っていいのかわからない。


それでも、全員でリビングに入り、お茶を飲む。


大旦那は史に

「挨拶文の原稿修正は、ありがとう、相当読みやすくなった」

とほめ、史は

「はい、ありがとうございます、原文が名文ですので」

と頭を下げる。

奥様も、史をほめた。

「本当よね、私も少し史君が修正してくれた文を読ませてもらったけれど、きれいに直しますね、晃より柔らかい感じで好きです」

そんな史へのほめ言葉を聞く美智子は、うれしいような恥ずかしいような顔。


今度は史から大旦那に

「すごく悩んだ部分があって、昔風の格言の四字熟語とか漢詩から出てきたような表現は、日本語風にしてしまいました」

大旦那は、ニッコリと笑う。

「そうか、あれはね、そのままだとわからない人がいるかなあと思ったけれど」

「なかなか、そうかといって、表現を変えるセンスがなくてね」

奥様は、クスッと笑う。

「この人も年なので、頭が頑固になってきているの、ほんと、史君がいて、大助かりですよ」


そんな話が続いているけれど、美智子はハラハラしている。

それは、いつ大旦那の口から、「史が大学生になったら、ここの屋敷の離れに」という提案が出るのか、不安でならないから。

史に対して、自分から「独立したら?」などと言いながら、別居となると、やはりそれが現実となると寂しい。

ただ、別居するにしても、すぐに来られる祖父母の屋敷の中、心配はいらないとも思うけれど、やはり寂しさからは逃れられないと思う。


大旦那が、胸を張った。

そして、大き目の声で

「ところでな、史」


史は、「はい」と姿勢を正す。


奥様も、背筋をピンとした。


大旦那

「音大に入学したら、ここの屋敷の離れを使って欲しい」

「都心の様々なコンサート会場にも近い」

「食事とか洗濯とかは、屋敷の使用人に頼んでもいいし、自分でやってもかまわない」

やはり、単刀直入な言葉。

その上、「大旦那からのお願い」のような表現。


史は、少し考えた。

「はい、光栄です」とだけ答え、少し間をおいている。


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