第534話マスターの縁結び(3)

亜美は、予定通り、午後8時に、カフェ・ルミエールのドアを開けた。


「いらっしゃいませ、亜美様」

美幸から声がかかった。


亜美が、少し緊張気味に頷くと、美幸はさっと亜美に近づき

「あちらのテーブルに」

と、誘導する。


しかし、亜美はそこで首を傾げた。

美幸の誘導の意味がわからない。

「あの、美幸さん、お先に誰かがお座りに」

確かに、若い男性が一人座っている。

ただ、背中を見せて座っているので、その顔がわからない。



その次の瞬間だった。

座っていた若い男性が、突然立ち上がり、振り向いて顔を見せた。


「あ!」

亜美自身、信じられないような声を出してしまった。

そして、その若い男性の顔をマジマジと見る。


美幸は、亜美にクスッと笑う。

「亜美様、覚えておいでですよね、あの時のこと」

亜美は、その時点で顔が真っ赤。

「え・・・あ・・・あの時のお方ですよね・・・・」

「・・・恥ずかしい・・・です・・・」

そこまで思って、マスターの顔をチラッと見るけれど、マスターは顔をそむけている。


亜美は思った。

「うーーー・・・マスターの意地悪・・・恥ずかしいよ、私」

少し足が止まってしまいそうになるけれど、自分を見ている若い男性の目が、とにかくキラキラしている。


美幸からまた声がかかった。

「大丈夫ですって、彼は久我道彦さんっていって、マスターとも遠縁になるのかな、とにかくしっかりとしたお方ですよ」

「まずは、お座りになって」


亜美は、そこまで言われては仕方ないと思った。

シズシズと進み、久我道彦の前に立った。

声をかけてきたのは久我道彦から。

「亜美様ですね、私、久我道彦と申します」

「その節は・・・とても心配しておりました」

「その後は・・・いかが・・・かと?」

などと言いながら、亜美を自分の前の席に座らせる。


亜美自身、驚いてしまったけれど、自分も「全くスンナリ」と、久我道彦の前に座ってしまったのである。

亜美も、頭を下げた。

ただ、出てきた言葉は、まず謝罪のようなもの。

「本当に、あの折りには、申し訳ありませんでした」

「とんでもないことを、いたしてしまいまして・・・」


しかし、久我道彦は首を横に振る。

「いえいえ、何も気にしていません」

「むしろ、あの後、あなたのことが気になって仕方がなくて」

「今日も、もし亜美様が来られなかったら、また眠れない夜になったかと」

久我道彦の顔が、少しずつ赤くなっている。







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