第496話由紀と清さん(6)
焦りと不安を感じている由紀を、さらに刺激することが発生した。
マスターが清に、声をかけた。
「清さん、由紀ちゃんと史君が来る前に、作り始めたの続きをしたら?」
「誰か手元をやってもらって」
「洋子さんと一緒でもいいし、近所の木村和菓子店から、ここに修行に来ている奈津美ちゃんも、いい腕している」
大旦那は、それでニッコリ、異存はない様子。
洋子もうれしそうな顔になるし、キッチンから奈津美が笑顔を見せている。
清も、それで、すんなりと立ち上がり、
「じゃあ、簡単なものだけど」
と言って、すぐに立ち上がり、キッチンに向かう。
当然、洋子も、一緒にキッチンに歩いていく。
由紀は、ますます無力感を味わう。
「そんな洋子さんと奈津美ちゃんに、かなわないって・・・私、素人だし」
「お母さんにも、教わっていないし」
そう思うので、顔が下に向いてしまう。
顔を下に向けながら、史を横目で見ると、いつものクールな顔。
「ふん!この役立たず!」
と思うけれど、清の役に立つ「自分の力がない」ことも、わかっている。
とにかく、悲しくて、無力で自分が、情けない。
その史は、由紀の表情には無関心、鼻をクンクンとさせている。
「なんとなく、香ってくる、わかった」
「清さん、あの椀物作るのかな」
そのマスターは、由紀を見ている。
「由紀ちゃん、下向かないでよ」
「清さんは、由紀ちゃんの大好物を作りたいって言っていたんだ」
「それでわざわざ、ここに来る前に築地に寄って来たんだよ」
「そして、由紀ちゃんと史君が来る時間前から、いろいろやっていた」
由紀は、それでハッとして顔をあげる。
そして、史と同じように、鼻をクンクンとさせる。
由紀は、わかったようだ。
途端に、うれしそうな顔。
「うわーーー!清さん、私の大好物覚えてくれていたんだ!」
「うれしい!何か、ドキドキする」
ただ、史は、そんな由紀に苦笑い。
「姉貴・・・京都とは水が違う、確かにここの店は良い水を使っているけれど」
「椀物にすると、本当に京都との水の違いがはっきりする」
「簡単に美味しいなんて言うと、清さん、ガッカリするかも」
大旦那もそれには頷く。
「まあ、清も、それをわかっていて、あえて作ってみたいんだろう」
「どこまで京都の屋敷と同じに作って違うのか、それを史君と由紀ちゃんにも、感じてほしいということさ」
マスターの顔も厳しい。
「これは、清さんにとっても、大事な勝負なのさ」
史も、かなり真面目な顔になった。
由紀も、少しずつわかってきた。
「とにかく、うわついている場合じゃない、清さんの気持ちに真剣に答えないと」
由紀は、背筋をピンと伸ばしている。
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