第314話クリスマスコンサート(2)

史は、コンサートで弾くバッハのコンチェルトの練習を終えて、由紀を手招きする。

由紀も史の意図はわかった。

アンコールの練習をしようということである。

由紀も、素直に応じた。

これには由紀も逆らえない。

練習を終えた史が由紀に一言。

「今日はマジに弾く、想いを込めたい」

由紀は、ハッとした。

「ああ、そうだね、まずは聴きに来てくれる人たちに誠意だよね」

そこまで言って、愛華のことを考えていた「浮ついた自分」を恥じた。


さて、そんな経緯を経て、史の一家に加奈子を加えた一行は、タクシーを呼び、コンサート会場に向かった。

タクシーにしたのは、コンサートの打ち上げが、カフェ・ルミエールで予定されているため。

当然、酒類も出るし、飲むという判断である。


一行が会場に到着すると、楽団員や合唱団員も集まってきている。

ウォーミングアップをしている音や、発声練習をしている声も聞こえている。


史は両親と加奈子に

「じゃあ、行ってきます」

と頭を下げ、

由紀は、少し緊張顔で

「がんばります」

と同じように頭を下げた。


そして史と由紀が、ステージに向かって歩きだすと、どうやら先に到着していたらしいピアニストの内田先生が史を手招きする。

史は、小走りに内田先生の前に立った。

「内田先生、今日はありがとうございます」

とキチンと頭を下げる。

由紀も、史にならって頭を下げる。


内田先生は

「ああ、気にしないでいいよ、思いっきりやってちょうだい」

「すごく楽しみなの」

「榊原先生も岡村先生も、相当期待していいって、連絡があったから」

と、ニコニコしている。


史は

「はい、今日は気合を入れます」

と、また頭を下げる。


内田先生は、そんな史に

「いろんな先生が聴きに来るよ」

「私が声をかけた」

「ピアノ科の先生は全員来るかな、他の音大とか、プロのピアニストもね」

と声をかける。


由紀は

「うわ・・・史、大丈夫かな」

と、史の横顔を見る。


しかし、史は動じない。

「はい、僕は僕の演奏をするだけです」

「目一杯、ピアノを弾くだけです」

オットリというよりは、気合が入っている顔になっている。

そして、史は再び、内田先生に頭を下げ、ステージに向かって歩きだす。

由紀も、またそれにならう。


そんな史に、客席の後方から大きな声がかかった。


「史くーん!」

「聴きに来たよーーー!」

振り向かないでもわかる。

女子音大生の一群である。


史は、ここでも動じない。

それでも振り向いて、会釈をして頭を少し下げただけ。


由紀は驚いた。

「今日の史、すごい」

「いつもと違う、怖いくらいに気合が入っている」

ただ、そこまではいいけれど、由紀は、少々不安を感じている。


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