第135話亜麻色の髪の乙女

今日は土曜日、午前中のカフェ・ルミエールに史が入ってきた。

洋子が史に声をかける。

「あら、いらっしゃいませ、一人?」

洋子は、姉の由紀も、ほぼガールフレンドの里奈も一緒でないことが少し気になった。

ただ、洋子としては「これは史君と久しぶりにお話できるな、シメシメ」である。

そんな思いなので、ついついニンマリである。

しかし、そんなニンマリも長くは続かない。

史の姿を見かけて、アルバイトの奈津美、結衣、彩まで集まってきてしまった。


「あら?どうしたの?由紀ちゃんとケンカ?里奈ちゃんと待ち合わせ?」奈津美

「何か飲む?それとも史君が淹れてくれるの?史君の珈琲美味しいから」結衣

「少し顔が青いよ、何か心配事?私が聞いてあげる」彩


洋子が「ムッ」とするほど、いろんな声をかけまくっている。


「えっと、そういうことじゃなくて」

引っ込み思案の史は、こうまでお姉さん連中に迫られると、少しカチンコチン。

それでも、何か鞄の中をゴソゴソとしている。

そして、洋子の前に。

「あの、この店のピアノで弾かせてもらってもいいですか?」

少し恐る恐る気味である。


洋子は

「え?もちろん!史君のピアノなら大歓迎」

奈津美も結衣も彩も、まさに大歓迎のようだ。

顔を見合わせてガッツポーズまでしている。


史は

「ありがとうございます、どうしても、ここのピアノで弾きたかったので」

キチンと頭を下げ、ピアノの前に座った。

そして弾き出したのはドビュッシーの

「亜麻色の髪の乙女」


「ほぉ・・・これもいいなあ」洋子

「すっごく繊細な音」奈津美

「あら・・・なんか、トロンってなる」結衣

「これは・・・お客様もうっとりです」

彩は、他の客の表情を見ている。


史が弾きおえ立ち上がると、店にいた客も全員立ち上がり、史に拍手。

そして史は、いつもの恥ずかしそうな顔、キチンと頭も下げる。


洋子は、少し考え、史に一言。

「ねえ、史君、弾きたかったらいつでもいいよ」

「お客様も喜ぶしね」

奈津美は

「史君がよければ毎週でもいいかな、ねえ、洋子さん」

洋子も、うれしそうに頷く。


史もうれしそうな顔をした。

「僕は、練習のためとかコンクールのためとか、音大とかのためにピアノは弾きたくなくて」

「楽しんで聞いてくれる人の前で、弾きたいんです」


ということで、カフェ・ルミエールでは「定例で」史のミニコンサートを開催することになった。

ただ、報酬は洋子の「特製ケーキ一つ」になるらしい。

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