第122話里奈にライバル出現(4)

史は、少し青い顔のまま、合唱部の練習に参加した。

青い顔の理由は、恵梨香のあまりにもすごいアタックで、食欲も何もない。

今日も、とうとう、おかずを三品だけ食べ、弁当箱を閉じてしまったのである。


「おかしいなあ、いつもの史君じゃないな、音に勢いがない」

合唱部顧問の岡村も首を傾げる。


史を見る合唱部員たちも、史の調子の悪さを、すぐにわかったようだ。

「なんか、すっごく悩んでいるし・・・」

「ねえ、由紀ちゃん、何かあったの?」

「また由紀ちゃんと史君って、ケンカしたの?」

「ダメだよ、由紀ちゃん、史君をそんなに叱ったら、私たちのアイドルなんだから」

「コンクールも近いしね、そんなに叱らないの」

合唱部員は姉の由紀にまで、いろいろと言ってくる。


しかし由紀としては「事情」がわかっているから、「うん、そうする」とは簡単に言えない。

「あのね、実はね・・・」

由紀は他の合唱部員からの「由紀への追求」が面倒になった。

寄ってきた合唱部員に、本当に小声で

「あいつだよ・・・恵梨香」

由紀は、史のことを「熱い眼差し」で見つめ続ける「恵梨香が原因」と教えてしまう。


「そうかあ・・・そんな噂も聞いたけど」

「そこまで悩むんだったら、キッパリ言えばいいのに」

「それが出来ないのが史君か・・・ああ面倒だなあ」

「私たちもコンクール近いし、もめ事もねえ・・・」

事情を知った合唱部員たちは、「うーん・・・」と考えてしまう。


「まあ、史はアホだけど、アホだけじゃないからさ」

「大丈夫、最近、たまに大人だから」

考え込まれてしまった合唱部員に、由紀は少し焦った。

さすが部長である。

コンクール前の部員の動揺や心配は減らしたい。

めったにないことだけど、少し史をほめたりもする。


そして、そんな少し不穏な状況の中、合唱部の練習が終わった。


途端に音楽室のドアが開いた。

里奈が大声で史に

「史くーん!」

「洋子さんが新作を作ったんだって!」

「ねえ、作りたてが美味しいから、ダッシュ!」


その声で史もいきなり元気。

「うん!行く!」

珍しく行動が速い。

あっという間に音楽室から出ていってしまった。



「ほーーー!」

「その手を使ったか!」

「何より里奈ちゃんを見た時の史君の顔の輝きさ」

「まあ、あそこまでなら、完敗だなあ・・・」

「公認カップルでいいかなあ」

「うーん、ちょっと悔しいけれど、里奈ちゃん以上には頑張れないって・・・」

合唱部員からは、「公認カップル発言」まで、出てきている。



「ふぅ・・・世話が焼ける、アホの史」

由紀は少しだけ、ホッとした。


「ふん・・・まだまださ・・・」

恵梨香だけが、なかなか諦めないようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る