第114話史の合唱部練習参加(2)

元有名声楽家にして合唱部顧問の岡村に、音大行きを誘われてしまった史は、いつものごとく、ポカンというか優柔不断である。


「えーっと・・・新聞部とカフェ・ルミエール楽団と、この合唱部だけでも大変で・・・」

「試験勉強もありますし」

話している途中から、少しずつ後ずさり。

珍しく、史の優柔不断な態度に、由紀も同調した。

「すみません、史は、少し外に出かけると、必ず風邪をひいて帰ってきて」

「家族としても、本当に迷惑なほど、軟弱でひ弱でアホで」

まあ、アホは言葉のついでだったけれど、岡村は何も聞いていない。


「まあ、一日ぐらいはいいだろう」

「いろんな経験をするのは、史君のためになる」

結局、岡村は言い切ってしまう。

これで、案外、強引なところがあるようだ。


史も由紀も、何も反論できないでいると、岡村は史に新しい指示を出す。

「史君、一度指揮をしてもらえないか?」

またしても、信じられない話である。

それも合唱部全員に聞こえるような大声。


「え?マジ?」史

「やだ・・・史に指揮されるなんて・・・」由紀

うろたえる史と、文句顔の由紀であるけれど、他の合唱部員の歓声と大拍手が始まってしまった。


「史くーん!」

「指揮して!」

「ほら!早く早く!」

「史君見ながら歌いたいよーーー!」

どうもこうもない、史は顔を真っ赤にしながら、指揮台にのぼった。


「じゃあ、指揮なんて、中学以来で・・・」

「下手だったら下手って言ってください」

「すぐに降りますから」

当初は指揮台にのぼってからも、グチャグチャ言っていたけれど、由紀から、大声でお叱り。

「ほら!さっさと!」

その「お叱り」で、結局、史は指揮棒を振りおろしたのである。



「うん・・・思った通りだ」

「リズムのタメ、メロディの歌わせ方」

「各パートのバランス調整を、手の動きだけでスムーズに」

「・・・というか、史君の指揮に全員が集中している」

岡村は、腕を組み、舌を巻く。

そして、少し悩む。

「指揮者もいいし、ピアノもいいなあ・・・」


史は結局、その日の練習の最後まで指揮棒を振ってしまった。




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