第89話史と里奈(2)
「え?私のために?」
里奈は、本当にドキドキしてしまった。
それに史にお礼を言われて、しかもケーキまで焼いてもらうなんて、全く考えていなかった。
そもそも、史が里奈と同じ柔道部の治樹に怪我をさせられ、その「罪滅ぼし」のために、史の登下校に付き合ったのだけど、本心は史のことが本当に好きなのである。
ただ、史は学園内でも超人気者、史をゲットしようと狙う女どもは、数え切れない。
そんな中で、登下校に付き合っている里奈は、「幸せの極み」なのであって、まさか「お礼」などは、考えていなかったのである。
「えっとね、母にも手伝ってもらってね」
「イチジクのパウンドケーキを焼いたの」
「一度、食べたことがあるかもしれないけど」
「フレッシュバターとシナモンの配分を少し変えたよ」
史が、そんなことを言っていると、洋子がケーキと紅茶を持ち、テーブルの上に置く。
「・・・史君・・・」
「うれしいよ・・・」
里奈は言葉の通りである。
本当にうれしかった。
涙も出てきてしまった。
フォークを持つ手も震えている。
涙でグジュグジュになりながら、里奈はケーキを一口食べる。
しかし、一口では、止まらなかった。
「え・・・マジ?」
「何?この美味しさ!」
「うーーー美味しすぎ!」
「恥ずかしいけれど・・・食べるの止まらない!」
結局、里奈はあっという間に食べ終えてしまった。
真っ赤な顔は、ますます真っ赤である。
「うん、私も少しもらったけれど」
「さすが、あの美智子さんの子供だね、味覚はすごいね」
「フレッシュバターを増して、生地全体のなめらかさと風味が加わって」
「シナモンの香りの、高貴さも加わった」
「絶妙です」
洋子も、うれしそうな顔である。
「・・・レベル高い・・・」
「超有名パテシィエの洋子さんが、そこまでほめる」
「私も、料理なんとかしないと」
里奈には、新たな不安が持ち上がっている。
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